日本政府が現金払いを減らしたい納得のワケ

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日本では「キャッシュレス化」が進んでいると思われているが、実際は…(写真:freeangle/PIXTA)

街ナカで、クレジットカードや電子マネーが頻繁に使われるシーンを見るので、日本では「キャッシュレス化」が進んでいると思っている人も多いだろう。しかし実態はまったく違う。

世界の国のキャッシュレス決済比率を見てみると、アメリカが45%、中国が60%、そして、韓国は89.1%。それに対して日本は18.4%と極めて低い。世界でも後ろから数えたほうが早いぐらいで、先進国で現金決済がいまだに主流の国は日本ぐらいなのである。

近年、こうした状況に日本政府は焦りを感じており、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催に向けて、キャッシュレス促進を国是にして邁進を始めた。

政府がキャッシュレス化を推し進める狙い

政府がキャッシュレス化を推し進める狙いは4つある。

第1は、まずは2年後に迫った東京オリンピック・パラリンピックへの対策である。

日本政府が打ち出している「日本再興戦略」(2014年、2016年)の中では、観光立国の実現のためには「キャッシュレス環境の飛躍的改善」を図り、「2020年までに、外国人が訪れる主要な商業施設、宿泊施設及び観光スポットにおいて100%のクレジットカード決済対応及び100%の決済端末のIC対応を実現するため、クレジットカード決済・IC対応端末の普及を促進する」と、外国人観光客への対応を強く促している。

東京オリンピックには外国人観光客が大挙して押し寄せてくる。彼らはキャッシュレス決済が当たり前なので、店舗のインフラ整備は急務である。

そして、2017年に日本再興戦略を引き継いだ「未来投資戦略」が発表されたが、その中でも、FinTech(フィンテック)の活用によるカード決済のコスト削減や消費者にとっての利便性の向上を図り、キャッシュレス化を後押しすると宣言され、引き続き「キャッシュレス化の推進、消費データの共有・利活用等」が謳われている。

こうしてまさに官民一体となったキャッシュレス化が推進されている。これによって、クレジットカードの取扱高や決済比率、電子マネーの決済金額、件数が増え、経済が活性化すると期待されているのだ。

「1万円札の廃止」がテロ対策につながる

第2は、現金のハンドリングコストの削減だ。紙幣にしても硬貨にしても、貨幣をつくって保管し流通させるには膨大なコストがかかる。国だけではなく企業にとってもそのためのコストはバカにならない。

日本の貨幣(銀行券)の1年あたりの製造コストは日銀によると約517億円だという。

また、われわれ国民は、稼いだお金をほとんど銀行のATMから引き出して使っている。銀行のATMは、信用金庫やセブン銀行、イオン銀行などを含めると全国で約20万台ある。

ボストン・コンサルティング・グループの推計によると、このATMの維持管理費に、現金の運搬にかかる人件費などを加えると、年間2兆円にものぼるといわれる。キャッシュレス化によって、この官民にかかる負担を軽減したいというわけだ。

第3は、犯罪抑止という観点から、現金の中でもダークマネー化する比率の高い高額紙幣を廃止しようという案が出ている。

2017年の日本の名目GDPは約546兆5000億円だった。このGDP比で現金がどれだけ流通しているかを調べたデータがある。それによると、日本は20.5%であるのに対して中国は9.7%、アメリカは8.3%、スウェーデンにいたっては1.3%でしかない(東短リサーチ調べ)。

ということは、日本では、GDP比で見ると外国に比べて一桁多い約112兆円の現金が流通していることになる。

このお金が脱税や違法行為にどれだけ使われているのかはわからないが、お金が民間消費を中心とした正しい経済活動に使われなければ景気は悪くなる。

しかも、日本では流通している紙幣総額の9割近くを1万円札が占めており、このことが国際社会で問題視されている。

1万円札などのような高額紙幣が、脱税や麻薬、武器の密売、贈収賄、売春などのいわゆる地下経済を支えるダークマネーになっているためだ。特に欧米では、テロ組織への資金提供やマネーロンダリングに高額紙幣が使われていることを重視している。つまり、テロ対策の一環として高額紙幣の廃止が浮上しているのだ。

すでに2000年にはカナダが千カナダ・ドル(約8万円)紙幣の発行を停止し、2013年にはスウェーデンが千クローナ(約1万2000円)を廃止し、イギリスが500ユーロ(約6万5000円)の取り扱いを禁止した。500ユーロについてはEUが2018年中に発行を停止するという報道もある。

アジアでも2014年にシンガポールが1万シンガポール・ドルの発行を停止した。2016年にはインド政府が千ルピーと500ルピー紙幣の廃止を突然宣言し、話題になったことは記憶に新しい。

こうして高額紙幣が次々と姿を消していき、残るのは香港の千香港ドル、アメリカの100ドル、EUの200ユーロ紙幣くらいとなり、日本の1万円札の廃止説まで出ている。いまのところあくまで噂にすぎないが、高額紙幣、ひいては現金に対する風当たりが強くなっているのは間違いない。

政府の本音は“税金の取りっぱぐれ”をなくしたい

第4は、お金の流れをきちんと捕捉して、徴税を徹底したいということ。言い方は悪いが、できるだけ税の取りっぱぐれがないようにしたいと考えるのは、国や役所の立場からすれば当然のことではある。

現金は匿名性が高い。つまり誰が持ち主かわかりにくい。動きを把握することも難しい。そのため、脱税を許したり、麻薬や違法賭博の取引に使われたりすることにつながる。それに対して電子マネーや電子決済は記録が残るので管理しやすく、監視も可能だ。その結果、脱税やマネーロンダリング(資金洗浄)などの犯罪を防ぐことができる。


政府にとってキャッシュレス化はこの4つの大きなメリットがあるのだ。

それはある意味で、政府がキャッシュレスを通じて国民を管理・コントロールしようとしているとも言える。その意味ではキャッシュレス化には十分注意が必要だ。

具体的には、個人情報、信用情報、返済情報などが、政府や企業に集まるようになっていく。情報の集中はキャッシュレス時代にある程度覚悟しなければならない。しかし欧州のGDPR(EU一般データ保護規則)のような個人情報保護法の影響で、日本でも個人情報に関する意識が高まれば、渡してもよい個人情報と渡してはいけない個人情報を各自が選別するようになるだろう。情報は自分で管理し守ろうという時代になっていく。

その一方で、キャッシュレスには、ポイントや割引、それにクーポンといったインセンティブが付いてくるのがメリットだ。同じ買い物をするなら、現金よりもキャッシュレスのほうが断然得をする仕組みになってくる。この傾向は今後ますます広がっていくだろう。これらの点をよく踏まえながら、各自が賢くキャッシュレスに対応していく必要がある。