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不動産や預貯金など1億2000万円以上の資産を持つ裕福な家庭。唯一の心配事は、父と不仲の48歳の長男だ。就職したことはなく、今後も就職は難しいとみられている。しっかり者の妹(長女)は兄(長男)が、「親亡き後」も生計を立てられるか、ファイナンシャルプランナーに助言を求めた。はたして妹の不安は解消されたのか――。

■「どうすればいいのでしょうか」途方に暮れる姉

「もう、どうすればよいのかわからなくて……」

途方に暮れた様子で相談に来たのは、すでに結婚し独立した長女(42)でした。

家族は父親(80)と長男(48)の3人。長男は中学校に上がるころから不登校になり、その後、発達障害と診断され、現在、障害基礎年金を受け取っています。障害等級は2級です。これは厚生労働省によると、「必ずしも他人の助けを借りる必要はないが、日常生活は極めて困難で労働により収入を得ることができない程度」とされています。

長男は、父親とおりあいが悪く、口げんかが絶えません。かろうじて、母親とは会話があったようですが、その母親も5年前に亡くなってしまい、現在は、父親と長男の2人の生活です。父親は一戸建てに住み、長男は父親が所有する雑居ビルで暮らしています。

▼働けない長男、持病が悪化し介護が必要な老父

長男は、今まで働いたことがなく、今後も働くことは困難ですが、洋服や本などの買い物に出かけることはできます。モノへのこだわりが強く、年に何度かお金の要求をするそうです。それでしばしば父親と口論になるので、近くに住む長女は心配で、時間を見つけては父と兄の様子を見に行くとのことでした。

そんな日々が続くなか、2年ほど前に父親の持病が悪化し、介護が必要な状態になりました。当然、長男に介護は託せません。長女も、自分の家族のことで手一杯。父親は、長女に迷惑をかけたくないという思いから、住宅型の有料老人ホームに住み替えることを決心したそうです。

■家族の資産は不動産や預貯金合わせ1.2億以上

長男はお金の管理ができないため、父親が老人ホームに引っ越してからは、所有する雑居ビルの管理を長女が引き受けることになりました。基本的に管理は、管理会社に任せているものの、築40年余りで老朽化が進み、修理や修繕のリクエストが頻繁にくるといいます。

また、税務処理のため税理士とのやりとりもあり、負担が大きい。これがいつまで続くのかと考えると精神的な苦痛を感じるようになったそうです。長女にも、まだ、手のかかる子ども(8歳、3歳の男児)がおり、近い将来、長女の夫が転勤になる可能性もあります。

今後、雑居ビルは大型修繕などによる大きな支出が予想され、不安がつのるばかりでした。そんな時に、不動産管理会社から雑居ビルの売却の話が舞い込んできたそうです。

長女は言います。

「長男の放っておくことはできません。ただ、私にも家族との生活があり、サポートできることには限界があります。私としては、雑居ビルは、手放してすっきりしたい。でも、雑居ビルから得られる賃料は、父親や長男の生活を支える収入源です」

「兄には、やや浪費癖あり、父親が家を出てからは私にもお金の無心をすることがあります。夫も、『将来、義兄への経済的支援が必要となるのでは?』と不安をもらしています。財産の相続は期待していません。兄が生きていくための生活費を確保できれば、それでいいと思っています」

何より、今の重圧から解放されたい。そんな悲痛な訴えでした。長女は、雑居ビルの保有は負担が大きくなるばかりで、このまま保有し続けるのは難しい、と考えています。父親も「ビル売却の判断は長女に任せる」と言っているようです。

▼所有する雑居ビルを売却すれば6500万円

ファイナンシャルプランナーである私は、雑居ビルの売却後、父と兄の生活に問題は出ないのか、確認する必要があると考えました。状況をまとめると以下の通りです。

<家族構成>
父親:80歳 年金受給者
長男:48歳 無職(障害年金受給)
長女:42歳 既婚 夫と子2人の4人家族

<父親の資産状況>
父親の預貯金:2500万円
長男の預貯金:2000万円(20歳〜障害年金を貯めてきたもの)
雑居ビル 1棟:6500万円(売却時の概算手取り額)
賃貸用ワンルームマンション:1300万円(売却時の概算手取り額)

<手取り収入>
父親:102万円(公的年金)
500万円(雑居ビル・賃貸用マンションからの収入 ※税金や経費引き後)
長男:78万円(障害年金2級)

■48歳長男が90歳まで生きるのに8000万円必要

◆父親の生涯必要な生活費を計算する

現状の生活費から、父親があと10年間、90歳まで老人ホームで暮らした場合、必要な生活費は計2220万円となり、父親自身が持つ預貯金(2500万円)でカバーできることがわかりました。

◆長男の生涯必要な生活費を計算する

長男は、現在、長女から毎月14万円の仕送りを受けて、雑居ビルの一室で生活しています。食事は、自炊ができず、ほとんどコンビニのお弁当や外食です。支出の内訳は不明ですが、おそらく5万円程度は、何らかの買い物に消えていると思われます。ビルを売却して引っ越した場合、近隣の家賃相場は共益費込みで6万円のため、毎月の生活費は20万円程度になります。

長男の生活費は、これから42年間、90歳まで生きたとして試算すると、実に6800万円が必要だということがわかりました。さらに、障害年金(現在、年間77万9300円)の支給額が減額されたり、将来、介護状態になったりした場合の備えとして、それぞれ500万円を上乗せすると、約8000万円が必要です。

一般的な家庭であれば、とうてい捻出できない金額です。しかし、この家族の場合、老朽が激しいとはいえ、雑居ビルを所有しているという強みがありました。

仮に雑居ビルを売却した場合、税金や諸費用などを差し引いた手取りは、概算で6500万円程度です。また、これまで、ほとんど手をつけずに貯めてきた長男の障害年金が2000万円ほどあるため、雑居ビルを売却した場合でも、長男の生活資金は確保できることがわかりました。

■長男「父がお金を確保しているか疑わしいですね」

雑居ビルは売却する方向で話を進めることを提案すると、長女は答えました。「はい。ありがとうございます。ようやく希望の光が見えてきました!」。声のトーンが上がり、重圧から解放されることへの期待から、安堵の表情がこぼれました。

なお、もうひとつの所有していた賃貸用ワンルームマンションについては、賃貸に出していて、その家賃収入約5万円が、長女への世話代として支払われていました。管理に手間もかからず、まだ需要も十分ありそうなので、将来、長女が引き継ぐことを想定し、売却タイミングを探りつつ、保有することを提案しました。

しかし、ここで私の頭に1つ疑問が浮上しました。お金の管理ができない長男は仕送りの14万円を自分で引き出して計画的に使っているのだろうか、と。長女は言います。

「いいえ。市の福祉サービスを利用しています。週に2回ほど、ホームヘルパーさんに来ていただき、掃除や洗濯に加えて、ATMからの生活費の払い出しなどをサポートしていただいています(※)。兄には収入がないため、費用はかかっていません」

※障害のある方が住み慣れた地域で安心して暮らせるよう、「障害者自立支援法」に基づき、介護や家事・掃除・買い物、日常的な金銭管理、就労支援などを受けられます。サービスを利用する場合、市町村の窓口に申請し、障害支援区分の認定をうける必要があります。利用料は有料ですが、月ごとの利用者負担には上限があり、生活保護や所得が低く市町村民税非課税世帯の場合、自己負担は不要です。

▼知られざる長男の胸の内とは

雑居ビルを売却することになれば、長男は引っ越す必要が出てきます。本人の意思を確認しておかないと、土壇場で引っ越しに難色を示す可能性もあります。

後日、自宅を訪問し、私から、雑居ビルの管理が長女にとって大きな負担になっていることや、維持管理にお金がかかることから売却を考えていること、そして、売却しても、長男が一生、食べていくための生活費は確保できることについて伝えました。

長男は、90歳まで生きていくために、8000万円もの大金が必要であることにひどく驚いている様子でした。そして、こうつぶやきました。

「父は、私のことをよく思っていません。本当にそれだけのお金を私のために確保してもらえるのか疑わしいですね」

私は、次の2点について説明しました。つまり、父親が、息子が寿命をまっとうするまで生きていくだけのお金を残していること。そして、相続が発生した場合、本来は長女が半分受け取る権利があるが、長男が生活できるお金を確保することを優先すると言っていること。さらに、私は最後にこう付け加えました。

「月額20万円の生活費を40年分、残してもらえるだけの資産をお持ちの方は、ほんの一握りです。相続でもめる家族は多く、お兄さんは本当に恵まれていると思います」

長男は終始だまって聞いていましたが、その表情からは、長女に迷惑をかけて申し訳ないという気持ちが感じ取れました。

■長男「お金を自分で管理できるようになりたい」

また、ビル売却にあたり、引っ越しする必要があることを伝えると、長男は「この家には、なんの思い入れもありませんね。住居スペースに住む子供の叫び声や騒音にもストレスを感じています。出かけるにも、ビルにいる人たちの目を気にしないといけないので、引っ越しについては何の問題もないですよ」とのことでした。

本人にとっては、いい思い出のない家。そこから出られるきっかけになると前向きに捉えているようで安心しました。

長男が望む「静かな場所」で新たに生活をはじめるため、月6万円程度の家賃を目安に住み替え先を探してもらうことになりました。

▼ライフプラン実行後、長男に見られた小さな変化とは

その後、しばらくして、この家庭を訪問しました。長男は「静かに暮らせています。広さも1人で住むにはちょうどよい」と語り、以前より目に生気があるような印象でした。また長女も、将来のお金の不安がなくなったことで、精神的に落ち着きが出てきたと感じているようです。

帰り際に、私は長男にこうアドバイスをしました。

「毎月の生活費が20万円あっても計画的に使わなければ、雑居ビル売却で手に入れた資金も途中でなくなってしまいます。これ以上、追加で支援できるお金はないことだけはどうかご理解くださいね。ところで、雑費やおこづかいで毎月6万円ほどお使いになっているようです。一般的には、2万〜3万円程度が適当かと思われます。何にお使いになっていますか?」

長男は次のように返答しました。

「これといって買い物をしている感覚はないんです。自分でも、何にお金を使っているかよくわかりません。そもそも、適正なお金の使い方がわからない。自分で管理できるようになりたいと思います」

自ら住む場所を選び、第2の人生がはじまったことで、長男に、ひとりで生きていくための覚悟と自覚が芽生えはじめたのではないかと思えるうれしい瞬間でした。

引き続き、お金の残し方を含めた相続対策プランの提案と、長男が自分でお金の管理ができるようにサポートしていく予定です。

(「FPオフィス ライフ・カラーズ」代表 薮内 美樹 写真=iStock.com)