この日、土屋太鳳は分厚い紙資料を大事そうに抱えながらインタビュールームにやってきた。話をし始めると、時折、きちんとビニール袋に入ったそれらを取り出しては、詳細を確認し、在りし日のことをかみしめる。佐藤健とW主演を務めた映画『8年越しの花嫁 奇跡の実話』で、両者は実在する中原尚志・麻衣夫婦に扮した。それは平々凡々な恋人同士だったふたりが、「抗NMDA受容体脳炎」という発症率が300万人に1人とされる深刻な病に麻衣が診断されたことにより、壮絶な闘病経験を経て、やがて非凡に満ちた幸せを手にするという“奇跡の実話”である。

22歳という年齢的にも、清廉なルックスからも、少女漫画の実写映像化作品や、青春色の強い作品のオファーが絶えず、これまで見事その期待に応えてきた土屋。本作では、それらの実績を気持ちよく裏切ってくれるような、なりふり構わない根性の芝居をみせ、麻衣の人生を強く生きた。先に述べた土屋が見せてくれた紙資料とは、台本や自作のメモに留まらず、撮影のスケジュールや進行表、そして中原夫妻からもらった手紙や、彼らを訪ねたときに撮った写真にいたるまで、大事にクリップされていた。それだけでも、役をどこまで掘り下げる女優か、何を大事に演じているかが見て取れる。「役作りがどうとか、こうしました、ということもおこがましい」ときっぱり言い切った土屋に、丁寧に向き合った作品との歩みを聞いた。

――実話を元にした映画への出演とあって、フィクションのときと作品への心構えは違いましたか?

自分が、その人の人生を演技で表現することからくる責任みたいなものは、普通の原作ものと比べて大きかった気がします。歴史上の人物をモデルにして、映画やドラマを作ることはよくあると思うんですけれど、『8年越しの花嫁 奇跡の実話』で私が演じた麻衣さんは、同じ時代を一緒に歩んでいる方なので。現に、麻衣さんはまだ35歳ですし、私が演じることによって、麻衣さんやご家族、周りの人たちに良くも悪くも影響がいくと思ったんです。いい影響があることを願って、撮影していました。

――中原さんご夫妻には事前にお会いして、お話も伺ってから撮影に臨まれたんですか?

そうです。原作を読ませていただいてから、麻衣さんたちがお住まいの岡山県に行き、ご家族も含めてお会いしました。一緒に麻衣さんのビデオを観ました。闘病生活のときのこと、あとは結婚式の様子も。麻衣さんたちを見ていると、すごく穏やかで笑顔もすごく素敵なんです。麻衣さんたちのために、自分を通してこの物語を伝えたいと思いました。今回、麻衣さんに会えたことが、演じる上で一番の支えになっていたと思います。

――実際、麻衣さんにどんな内容の質問をしたんですか?

麻衣さんは基本的にリハビリ中のことを覚えていないので、どこまで記憶があるかは聞きました。あと大事なことは、麻衣さんがこの物語で何を伝えたいかなので、それも聞きました。そうしたら「愛情を大事にしてほしい。こんなに支えてくれた人がいたから頑張れた」とおっしゃったんです。

――「愛情」という答えを聞いた時点で、演じることへの迷いなどはなくなった?

そうですね。それまでは、自分が演じることで、周りの麻衣さんへの見方とか評価や影響が絶対にあるので、その不安がとても大きかったんです。麻衣さんと尚志さんと、もちろんスタッフや演者の皆さんと、すごく尊敬して心を込めて作ったら、自分を通してもっと麻衣さんのよさを伝えられるかも、伝わったらいいな、と思うようになりました。

今日も、インタビューがあることを「たくさんの方に観ていただけるようにお話してきます!」と(携帯電話から)麻衣さんにメッセージを送りました。

――やり取りが続いていらっしゃるんですね。今回、W主演で佐藤健さんがお相手役です。

佐藤健さんとは17歳のときにご一緒してからすごく尊敬しているので、ずっと「健先輩」と呼ばせていただいているんです。台本を読んだ時点で、思ったことがあったら健先輩と「もっと台詞はこうしたほうがいいんじゃないか」という意見を出し合って、コミュニケーションをすごく取らせてもらってきました。ときには、「こういう台詞に変えたいと思っています」とプレゼンをしたりもして。

――「変えたい」とお話されたのは、土屋さんが麻衣さん自身にお会いしたから生まれた感情だったんでしょうか?

はい、麻衣さんに会ってからです。麻衣さんに近づけたいと思いました。麻衣さんって、とても器の大きい方なんです。すごくかわいらしくて女子力があるのに、その中に豪快さもある。常に相手を思いやってくださるような方で、携帯のメッセージの心遣いも本当に素敵で。そういうものが、しっかりと伝わったらいいなと思って提案させてもらいました。

――瀬々(敬久)監督も佐藤さんも、同じ考えだったんですか?

そうですね。ただ、違う場合もあり、「この場面は、これでいきたい」という瀬々監督の想いもありました。この作品は命のお話なので、すごく瀬々監督らしい優しい雰囲気の映画になったなあって思っているんです。

――温かい空気感も、佐藤さんと土屋さんの愛情の深さみたいなものごと伝わってくるような完成作ですよね。

健先輩は、本当に素敵で素晴らしい俳優さんです。キャリアも全然違うのに、私と同じ目線で練習に付き合ってくださったりして、すごく支えていただきました。健先輩が持つ作品や人々への愛情が、すごく伝わってきました。私がこんなことを言うような立場ではないんですけれど、ずっと台本のこと、尚志さん、麻衣さんのことを考えているんです。こんなにも、と思うくらい……。唯一無二の俳優さんです、本当に。

――そんな佐藤さん演じる尚志が心を痛める麻衣の闘病中のシーンは、言葉を失うような模写の連続でした。覚悟を持って、相当準備されたのではないですか?

闘病生活は、麻衣さんからDVDをいただいて拝見しました。本当に苦しく……、壮絶なものでした。しばらく寝たきりのところでは、4時間かけて特殊メイクをしてもらいました。2日間寝たきりで撮ったんですけど、口の中に管を通したり、鼻に管をつけたりもして。そうすると、やはり息もしづらいし、足も上げているから貧血気味になってきたりするんです。今回、本物の病院で撮影をさせてもらっていたので、実際にお医者さんもいらしてくださって、すごく心強い面もありました。自分の努力があったからできた役というよりも、いろいろな方、瀬々組の方々が自分を助けてくださって乗り越えられた、という気持ちなんです。麻衣さんたちの物語を、私たちの体を通してたくさんの人に伝えることが一番の支えになって、闘病生活のシーンを乗り越えることができました。

……だから、私はあまり「覚悟」という気持ちで臨んでいなくて。麻衣さんとして生きることだけを考えていました。麻衣さんとお会いしてお話をした時点で、この作品はただ感動するだけの物語ではないと思っていたんです。もちろん壮絶な闘いだったと思うし、その闘いは、私たちには到底理解できないことですよね。だからこそ、「役作りがどう」とか「こうしました」ということも、おこがましいと思っています。

――演じ終わった今、感慨みたいなものは生まれていますか?

麻衣さんを演じさせていただいて、「生きていることは素晴らしい」ということを一番感じています。今までも思ってはいましたけれど、生きていること自体が奇跡なんだ、と。私はお芝居としてやってはいるけれど、闘病中、目覚めてからリハビリをする、うまくしゃべれない、そういった一連のところまで、私自身もすごくつらかったと言いますか……。麻衣さん自身が、命をつかむために本当にされてきたことなので、想像すると言葉にならないんですけど。だからこそ、今回演じて生きていることが奇跡で、では自分はどうやって生きていきたいかな、とすごく考えるようになりました。

――想いが詰まった本作は、今の土屋さんにとって、どんな位置づけになりそうですか?

作品に対しての姿勢は、変わっていません。私よりもお芝居がうまい人やキレイな人、スタイルがいい人、うん、すごくたくさんいらっしゃいますよね。自分がこの作品をやる中で、何を伝えられるかと言ったら、やっぱり役として生きること。あとは、ひとつひとつの作品をいかに大事にするか。それは絶対に負けたくない、大事にしたいと思っていることなんです。

――ところで、ずっと気になっていたのですが、土屋さんが大切にお持ちになっているビニール袋に入った紙資料一式は、毎回お持ちになっているんです?

そうですね。台本も入っていて、外だけはカバーをつけてなるべく折り目がつかないようにしています。この中には、印象に残ったときのメモや思い出というか、役作りに使ったものとかも入れています。こちらの写真(※見せてくれる)は、麻衣さんたちと一番最初にお会いしたときに健先輩と4人で一緒に撮ったものなんです。この写真はすごく大事にしていて、ずっとお守りにしていました。あとは(香盤表の)裏に急いで書き込んだ、そのときの役の気持ちとかもありますね。この作品の撮影中、ちょうど2月3日に誕生日だったんですけど、東京でお仕事があって、その夜にまた移動して岡山に戻ったんです。新幹線の中で、スケジュールの裏に家族の皆に手紙を書いて、写真を撮って送りました(笑)。これなんですけど、その紙も入れていますね。

――そうやってきちんと整理されていると、思い出しますか?

すごく思い出しますし、「私、こんなことを思っていたんだ!?」という発見もあったりします(笑)。今回は「ちゃんと麻衣さんになれているのかな?」と思っているときに、いただいた言葉であったり、そのとき思ったことも書き留めていたんです。こうしてインタビューをしてくださるときに、きちんと伝えたいと思うので。

――あらゆる質問に的確に答えられている謎が、今ここで解けました。

いえいえ! だって……忘れちゃうじゃないですか? どんなにうれしかったことでも、「このやろう!」と悔しく思ったことでも、忘れていってしまうので。忘れるというのは記憶がなかったことと同じになってしまうから。なるべく心は整理できるようにしています。(インタビュー・文:赤山恭子、写真:市川沙希)

映画『8年越しの花嫁 奇跡の実話』は12月16日(土)より、全国ロードショー。


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