44歳ひきこもり「僕もお金を稼ぎたい」

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長年ひきこもっていた場合、いきなり就労するのは難しい。民間企業に問い合わせても、門前払いされるケースがほとんどだろう。就労を実現するため、自治体などではさまざまな支援制度を用意している。どこに、どうやって申請・説明すればいいのか。ひきこもり家庭のマネープランを手伝っているファイナンシャルプランナーの浜田裕也氏が解説する――。

■44歳ひとりっ子の長男 ひきこもり生活はすでに約30年

秋が深まりつつある頃、一本の電話がかかってきました。着信を見ると以前ご相談を受けた、埼玉県南部にお住まいのIさん(70)からでした。

「先生、お久しぶりです。Iです。前回のご相談では大変お世話になりました。実は困ったことになりまして……」
「えっ、どうされましたか?」

Iさん宅を初めて訪問したのは2カ月前のことでした。

30年ほど前、ひとりっ子の長男が高校2年だった時、勉強についていけなくなり、学校を休みがちになりました。結局、出席日数や定期試験の点数が足りずに留年。その後、高校を中退したのです。それをきっかけに長男はすべてにやる気を失い、自室に閉じこもるようになりました。現在は44歳。自室にひきこもり、昼夜逆転のゲームざんまいの日々を過ごしている、ということでした。

Iさんは、すでに定年退職し、奥さん(68)と年金生活をしています。ただ、「親亡き後」の長男を不安に思い、2カ月ほど前にご相談をいただきました。

「先生に相談してから、長男が前向きになって公的支援などを調べ始めたんです。でも、その仕組みがあまり理解できなかったようです。親としても長男を助けたい気持ちはあるのですが、私たちもどこから手をつけたらよいものかと途方に暮れてしまいまして……」

▼市役所に電話すると緊張で言葉が出なくて……

自宅を再訪すると、玄関でお母さん(68)が出迎えてくれました。リビングに向かうと、そこにはIさんと長男がいました。長男は私にこう語りかけました。

「先生との相談をきっかけに、自分もこのままではいけないと思い、どんな支援があるのか調べてみました。ただ、ネットで調べてもよくわかりません。市役所に電話で聞いてみようと決心したんですが、いざ電話をしてみると緊張のあまり言葉が出てこなくて、会話になりませんでした……。もう一度、電話をする勇気はありませんし、市役所の窓口に出向くことも考えられません……」

■長男の希望は「通院したい、年金もらいたい、働きたい」

困り果てたという表情でお母さんも言いました。

「私たちも何とか手助けをしてあげたい気持ちはあるのですが、あいにくパソコンがあまりできません。市役所に相談に行くといっても、どの課に行ったらいいのか。一体どうしたらいいでしょうか?」

ひきこもり状態の人への公的な支援制度はいろいろあります。しかし、数多くあるがゆえに、何をどうお願いすればいいのかわからなくなることもあります。まずは、目指すべき方向をはっきりとさせる必要があります。そこで私は長男に、「将来的にはどんな状態や状況になっていたいですか?」と聞きました。

答えはこうでした。

「まずは、精神的に安定したいので病院に通院したいです(*編注:情緒が不安定なときがあり、親に当たったり独り言を言ったりすることがあった)。あと、障害年金というものも調べてみましたが、僕は対象になるのでしょうか? そして何より、できれば働いてお金を稼げるようにもなりたいです。今は自信がないのですぐには難しいと思うのですが……」

ご家族のお話をじっと聞いていたIさんが質問をしてきました。

「通院したり支援を受けたりするとお金もかかりますよね? 前回の相談で支出の見直しをしていただいたのに、また赤字が膨らむんじゃないかと心配です」

お父さんのご心配もごもっともです。

▼親の心配は「通院などにお金がかかること」

家族のお話をまとめるとこうなります。

・通院したい
・障害年金も検討したい
・できれば就労もしたい
・支援の相談先がわからない
・通院や支援にいろいろとお金がかかるのではないか

そこで、私は長男の希望に沿えるような支援制度のあらましを説明しました。

長男は通院を希望していました。その長男が病気であるのかどうか、また、障害認定されるかどうか。この時点では不明ですが、Iさんはもし通院する場合、その費用が心配とのことでした。一般的に、長年引きこもり状態になっている人は精神的な疾患を抱えている場合が少なくありません。自宅での日常生活はできても、対人恐怖などで社会との交流が難しい場合、医療機関から治療の必要性を指摘されることもあります。

よって、Iさんの家庭のような状況の場合、まずは「自立支援医療(精神通院医療)」の利用を考えるといいでしょう。

■長男は年額約78万の障害年金の対象になるのか?

【自立支援医療(精神通院医療)】

自立支援医療(精神通院医療)は、うつ病など精神疾患の治療のため通院による精神医療を継続的に要する病状にある人に対して医療費の自己負担を軽減する制度です。申請することで、原則自己負担が1割になります。ただし、自己負担が1割になるのは通院費と薬代で、入院費は原則3割負担です。また、世帯の所得によって月額2500円まで、のように自己負担の上限月額が決められており、さらには自己負担額の援助(医療費助成)が受けられる場合もあります。

ただし、自立支援医療機関の指定を受けた医療機関や薬局でないと利用できないこと、更新の手続きは毎年する必要があること、その他にも細かい注意点があるので、必ず窓口で制度の説明を受けるようにしましょう。

自立支援医療の相談、申請先は、住所地の市区町村の担当窓口(障害福祉課など)、または保健所・保健センターです。相談に行く前には、必ず電話で必要なものを確認するようにしてください。なお、次に触れる「精神障害者保健福祉手帳」と同時に申請することもできます。

【精神障害者保健福祉手帳】

長男は就労についても検討したいとのことでした。いきなり就労をすることは厳しいでしょうから、まずは就労支援を受けることになります。就労支援を受けるつもりであれば、精神障害者保健福祉手帳を持っていたほうがいいでしょう。

手帳の交付を受けられれば、公営バスの運賃や自治体の各種施設の利用料が、無料または割り引きになります。相談・申請先は、自立支援医療と同じく、住所地の市区町村の担当窓口や保健所・保健センターです。

次は、長男が自分も該当するのかどうか気にしていた障害年金についてです。

▼統合失調症、うつ病、認知障害、発達障害などが対象

【障害年金】

障害年金は病気やケガによって生活や仕事などが制限されるようになった場合に支給される年金です。「ひきこもり」状態の子供も支給の対象になるケースがあります。

障害年金には「障害基礎年金」「障害厚生年金」があり、病気やケガで初めて医師の診療を受けたときに国民年金に加入していた場合は「障害基礎年金」、厚生年金に加入していた場合は「障害厚生年金」が請求できます。長男の場合は、認定されれば障害基礎年金の対象になります。

障害基礎年金は、障害の程度により2級と1級があり、2級の場合は年額77万9300円、1級の場合は年額97万4125円(いずれも2017年度)になります。

なお、障害基礎年金はすぐに手続きをすることはできません。障害年金の手続きは初めて病院の診療を受けた日(初診日)から原則1年6カ月後になると決められているからです。
長男の場合、これから通院することになります。国民年金加入中に初めて病院で診療を受けることになるので、条件を満たせば障害基礎年金が支給される可能性があります。

障害基礎年金にはその他にも注意点があります。

例えば、初診日のある月の前々月までの1年間に保険料の未納があると手続きできません。また医師との相性の関係で病院を次々と変えている場合、原則として最初の病院で証明書を書いてもらう必要があります。そのほか、法令により定められた障害状態にあることなど認定にはいくつかの基準をクリアしなければいけません(*)。*障害年金の対象となる病気やケガは、手足の障害などの外部障害のほか、精神障害(統合失調症、うつ病、認知障害、てんかん、知的障害、発達障害など)やがん、糖尿病などの内部障害も対象になる。

障害基礎年金を検討する場合も、必ず窓口で説明を受けてください。障害基礎年金の相談、請求先は、住所地の市区町村の担当窓口(年金保険課など)や地域の年金事務所です。

■長男の「お金を稼ぎたい」という希望はかなうのか?

最後は、長男の「自分もお金を稼ぎたい」という希望をかなえるための支援制度です。

【就労継続支援】

長男は就労も検討したいとのことでした。しかし、高校を中退した後、就労の経験がほとんどないため自信がないとも言っていました。そのような場合、「就労継続支援」を受けることも検討してみるとよいでしょう。

就労継続支援は、通常の会社に雇用されることが困難な障害者に対して、就労の機会を提供し、その仕事で求められる知識や能力の向上のために必要な訓練を行うものです。雇用契約を結び利用する「A型」と、雇用契約を結ばないで利用する「B型」の2種類があります。一部実費がかかることもありますが、原則として無料です。

就労継続支援B型では、軽作業を通して働くための体力作りやスキルを身につけていきます。事業所でご本人の体力や体調を考慮してもらえるので、例えば1日2〜3時間、週2〜3日から始めたい、というような希望を伝えるとよいでしょう。給料は工賃という形で出ますが、昼食代や施設利用料などで相殺されるケースがほとんどです。

一方A型は、B型に比べて作業時間や日数がやや多めに設定されています。事業所と雇用契約を結ぶ形で働くことになりますので、雇用条件を守って働くことが求められます。仕事内容は、パソコンを使ったデータ入力やデザイン作業、お弁当の製造、販売、宅配作業、製品の梱包作業など、B型に比べて少し複雑です。給料は働く時間や日数によりますが、月5万〜7万円ほどになります。

就労継続支援は国と自治体の税金で賄っているため、支援を受けるためには公的な手続きが必要です。就労継続支援の相談・手続き先は、住所地の市区町村の担当窓口(障害福祉課など)になります。

▼就業、就学していない30歳未満のニートは170万人

OECD(経済協力開発機構)が今春発表した報告書『若者への投資:日本 − OECDニートレビュー』によると、日本におけるニート(15〜29歳で就業、就学、職業訓練のいずれも行っていない)の人数は2015年で170万人でした。これは30歳未満の10.1%におよびます。

そして報告書が「深刻な問題」と指摘しているのが、「30歳未満の約1.8%(32万人)が、ひきこもり状態にある」という点です。ニートがそのままひきこもりになるとは限りませんが、何らかの原因で、一生涯にわたり経済的自立ができなくなるケースは少なくないのです。

その意味で、潜在的なひきこもり予備軍といわれるニートを抱える家庭は、万が一に備え、私がIさんの家族に伝えたような「支援制度」についての知識を備えておくべきでしょう。

さまざまな支援制度について伝えたところ、心の中のモヤモヤが少し晴れたのか、Iさん一家の表情もだいぶ柔らかくなってきました。でもここからが本番。ご長男のサバイバルプランの作成です。

後編に続きます。

(社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー 浜田 裕也)