朝日新聞の社説(9月4日付)。見出しは「核実験の強行 国際枠組みの対処急げ」。

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新聞の社説に一貫性がないことが、あらためて浮き彫りになった。9月12日、国連安全保障理事会が決議した北朝鮮への制裁措置に対し、新聞各紙は「評価できる」(朝日)「意義は大きい」(読売)などと褒めた。しかし9月3日、北朝鮮が6回目の核実験を強行したとき、各紙は社説で「最大限の言葉で非難をしたい」(朝日)として厳しい制裁措置を求めていた。ジャーナリストの沙鴎一歩氏が、そのぶれを指摘する――。

■核実験を過激に非難していた朝日新聞

9月4日付の朝日社説の見出しは「国際枠組みの対処急げ」と冷静だが、その書きぶりは朝日とは思えないほど過激だった。

「北朝鮮が通算6度目の核実験を強行した。『大陸間弾道ミサイル(ICBM)搭載用の水爆実験』だったとしている」と事実関係を述べたうえで、「先週、日本の上空を通過させた弾道ミサイルの発射につづく暴挙である。金正恩(キムジョンウン)政権の愚行に対し、改めて最大限の言葉で非難をしたい」と書いていた。

「愚行」「最大限の言葉で非難」と社説としてはこれ以上ない厳しい言葉が続く。さらに注目すべきは中国とロシアに対する注文である。

「中国とロシアは事態の深刻さを直視し、行動すべきである」

「直視」という言葉を使って中ロに要求するところなど、過去の紙面で中ロに好意的だった朝日新聞とはとても思えない。

朝日社説は「中国にとっても、国内の安定のために必要な経済発展を確保するうえで重大な懸案になろう」と中国をターゲットにする。

ロシアに対しても「紛争やテロの蔓延に頭を痛めるのはロシアも同じだ。北朝鮮の挑発は、国際社会全体への脅迫ととらえるべきである」と書く。

続けて「北朝鮮経済の生命線である石油の供給を止めたい意向だが、中国とロシアが反対している」と中ロの姿勢を批判し、こう注文していた。

「中ロと日米韓は、北朝鮮の行動を少なくとも一時的に停止させる外交的な措置をめざす必要がある」

■読売は「1本社説」で安倍首相の言葉も引用

4日付の読売社説は「脅威を具現化する金正恩政権 国際包囲網で解決の糸口を探れ」との見出しを掲げ、次のように書き出していた。

「国連安全保障理事会の数々の制裁決議や関係国の警告を無視する暴走は断じて容認できない」

「国際社会はこの現状を深刻に受け止め、圧力を強化しなければなるまい」

朝日社説と同様に読売社説も「暴走」「断じて容認できない」と手厳しく国際社会に制裁を強化するよう求めていた。ただ朝日社説は「対話」を念頭に置いている。さらに読売が1本という大きな社説であるのに対し、朝日は半本という短い社説という違いがあった。

安倍政権寄りの読売らしく、「より重大かつ差し迫った新たな段階の脅威であり、地域と国際社会の平和と安全を著しく損なう」との安倍首相の言葉を引用している。

■「米国の攻撃を招き、破滅につながりかねない」

読売社説の大きな特徴は、北朝鮮に対する牽制である。

まず「米政府は、北朝鮮が米国への核攻撃能力を持つことは、容認しない立場をとる」とアメリカの姿勢を示し、「北朝鮮の核ミサイル問題には、『すべての選択肢』を維持するとの方針に基づき、軍事作戦の実施も排除していない」と明記する。

そのうえで「北朝鮮は、このまま核ミサイル開発を進展させれば、米国の攻撃を招き、破滅につながりかねないことを認識すべきだ」と北朝鮮を牽制する。

中国とロシアに対しては次のように注文する。

「中国が供給制限に踏み込み、北朝鮮への厳格な制裁に舵を切ることが欠かせない」

「プーチン露大統領は、『北朝鮮に圧力をかける政策は誤りで、無駄だ』との考えも示す。日米韓との足並みの乱れを是正することが求められる」

中国は多少まともになってきたようだが、ロシアはどこまでもしたたかである。読売社説がそこを掘り下げないのは物足りなかった。 

■「大朝日」のぶれは見逃せない

このように朝日と読売は、社説で厳しい制裁措置を求めていた。ところが、制裁強化の後退が決まった翌13日付の社説をみると、そうした主張が大きくぶれていることがわかる。

まず朝日社説。

「北朝鮮による6回目の核実験を受け、安保理は新たな制裁決議を全会一致で採択した」と書き、「実験から1週間余りという異例の迅速さだ。これまで以上に厳しい制裁を盛り、早さと厳格さで国際社会の強固な意思を示したことは評価できる」と続ける。

確かに制裁決議の採択は早かったかもしれない。全会一致の採択でもあった。しかし、それを「評価できる」と新聞の社説として最高のほめ言葉を使って肯定するのはいかがなものだろうか。

前述したように朝日社説は、北朝鮮の6度目の核実験直後の社説で「北朝鮮の暴走を止めるために国際社会は新たな対処を急がねばならない」「中国とロシアは事態の深刻さを直視し、行動すべきである」と主張していたはず。その主張が大きくぶれて「評価できる」とは、開いた口がふさがらない。

■あの勢いはどこに消えたのか

朝日社説はそのぶれを隠すかのように「北朝鮮にとって大きな打撃となるのは間違いない」「北朝鮮経済を完全に窒息させる寸前の内容でとどめたのは、金政権に対する最終的な警告と受け止めるべきだろう」と書く。

当初の「最大限の言葉で非難したい」という勢いはどこに消えたのか。

だめ押しにこうも指摘する。

「『最高尊厳』とあがめる金正恩氏が名指しで制裁を受ける事態を避けたいなら、挑発行動を控えるしかない。戦争状態に近い『最強の措置』の一歩手前に立たされた重大さを、金政権は今度こそ悟るべきだ」

なるほど。朝日社説は金政権にとって「一歩手前」がどれだけ痛いか、そこを強調したいのだろう。しかし読者はだまされてはならない。その大きなぶれを見逃してはならない。

■読売も大幅後退の修正案を褒める

「スピード採択で包囲網狭めた」との見出しを掲げる読売社説(13日付)も、朝日社説と同様に大きくぶれている。

たとえばこんなくだりである。

「実験後1週間余りでの決着は異例だ。米国は、厳しい内容を盛り込んだ決議案を即座に作成し、採決日の宣言までしていた。中国と事前に草案のすり合わせを行わず、強気の姿勢で譲歩を迫る手法が功を奏したのではないか」

読売社説は「圧力を強化しなければなるまい」と強調していたはず。それにもかかわらず、決議案から大幅に後退した修正案の採決スピードとアメリカの対応を褒めるのだから読者は肩透かしを食らったのも同然だ。

おまけに「注目すべきは、決議が初めて北朝鮮への石油輸出制限に踏み込んだことだ」とか「米国は草案で原油や石油精製品の全面禁輸をうたったが、中露に配慮して後退させた。それでも、北朝鮮が軍事的挑発を続けた場合に、石油関連の制裁を強化する足がかりを築いた意義は大きい」とまで書く。どうして原案から大幅に後退した修正案を批判し、後退した理由を追及しようとはしないのか。

安倍首相の「これまでにない高いレベルの圧力をかけ、政策を変えさせることが大切だ」との言葉も引用し、「関係国は、制裁体制の抜け穴を塞ぎ、包囲網を狭めるべきだ」と訴える。

読売社説が後退理由を追及しない理由はこの辺りにあるように思える。つまり安倍政権寄りの読売新聞にとって、国連安全保障理事会の採決に賛成する安倍政権には反論しにくのだろう。

■執筆前の「議論」が不十分だったのではないか

朝日や読売以外の新聞の社説も後退した採決を評価するなどぶれているが、産経社説だけは「無謀な核・ミサイルの挑発をやめさせるため、金正恩政権にどれだけ直接的な打撃を与えられるかが問われていた。その意味で、迫力不足の印象は否めない」と書くなど、ぶれが小さくなっている。そこは評価できる。ただ見出しが「石油禁輸の必要性消えぬ」とおとなし過ぎた。

新聞の社説でどうしてぶれが生じるのだろうか。新聞社説は10数人の論説委員がひとつのテーマに対し、1時間ほど議論を重ね、その議論の流れを踏まえたうえでひとりの論説委員が筆をとる。

一般的に議論が十分尽くされないと、どうしても論調がぶれてくることが多い。今回はこれまでの国連安保理の採決から判断して、原案が後退することは各新聞社とも予想していたと思う。しかし予想に反したスピード採択だった。その速さに論説委員たちが付いていけず、議論が不十分になってしまったのだろう。

これが10年間以上、新聞社で社説を書いてきた沙鴎一歩の感想である。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)