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●買収目的はコネクテッドカー分野
サムスン電子は、11月14日、これまでにない大規模な買収を決めた。80億ドルに上る規模で買収した企業は、米国のハーマンインターナショナルだ。

ハーマンは音響機器で有名なメーカーで、JBLやAKGなどは、コンシューマー、プロフェッショナルから支持を集めるブランドだ。現在のサムスンの製品ビジネスの中心であるスマートフォンと、ハーマンのオーディオ技術が融合されることは想像に容易い。

ただ、今回の買収の目的は、自動車関連技術だ。ハーマンの売り上げの65%は、自動車に関する売上で占められており、フェラーリ、BMW、メルセデス、トヨタ、レクサス、スバルといったメーカーに、オーディオ機器を納入している。

サムスンによるプレスリリースからも、コネクテッドカー分野、つまりインターネットに接続しながら、センシングや安全性能を生かしたり、保険やエンタテインメント分野を強化することを目的としていることがわかる。

別の側面から見れば、サムスンによる「スマホの次」のビジネス領域の模索もある。先進国を中心にスマートフォン市場の飽和が伝えられており、中国市場は地元の低価格高性能な製品を提供できるメーカーの台頭により、アップルとともに、急速に中国市場から押し出されつつある。

加えてサムスンは、世界的に人気だった最上位機種であるGALAXY Note 7の発火による販売停止で、スマートフォンブランドとしての信頼性も毀損してしまった。

比較的潤沢な手元資金を、いかに早く次の領域に投資するか。これはサムスンにとってのテーマであり、その投資先がハーマン、カーインフォマティクスの領域だった。

●買収により生み出される効果は
○モバイルテクノロジーと自動車

モバイルテクノロジー企業と自動車は、現在最も注目を集める新しい領域の1つだ。アップルはすでに地図アプリを自社内製へと切り替え、自動車載デバイスとiPhoneを連携させるCarPlayを提供している。また「Project Titan」と呼ばれる自動車に関連するプロジェクトが走っていると言われており、中国最大のタクシー配車アプリ「滴滴出行」への10億ドルの投資や、インドにおける地図などを開発する拠点の開設、また噂レベルではあるが、今年9月にはF1カーでもおなじみのマクラーレンの買収などが報じられてきた。

グーグルは、早くから、レクサスをベースとした自動運転車の技術をテストしており、筆者が過ごすカリフォルニア州バークレーでも、街中で一般の車に混じって、華麗なドライブを見かけることができる。

ハンドルすらない小型の自動運転車の展示も開発者会議Google I/Oで展示してきた。カーシェアリングアプリ企業のUberやLyft、そしてボルボなどの自動車メーカーとともに、自動運転に関する連合作りを進めている。人工知能を用いた人の移動の最適化は、自動車の所有にかかわらず、今後の街のインフラへの昇華などの可能性を秘める期待の領域だ。

また、Androidをベースとした車載デバイス「Android Auto」を展開している。日本では、ホンダ、アウディ、フォルクスワーゲン、マセラティといったラインアップで、Android Auto搭載車種を選択することができる。

○サムスンが狙う自動車市場とは

スマートフォンとの連携は、生活必需品同士の融合によるユーザーのメリットをもたらすとともに、運転中のスマートフォン利用による危険を避ける効果も期待される。

また、移動に関して、アプリやその先でつながるクラウド、人工知能を活用したサービスの提供への道を開くものであり、アプリ経済が自動車に流れ込む突破口になる。

こうした環境の中で、サムスンがハーマンを買収することで得られるメリットは、既に培ってきた自動車業界におけるハーマンの各ブランドと、前述の自動車企業とのパイプと言えるだろう。

主要自動車メーカーの9社との取引を行っているハーマンは、3000万台近い自動車に製品を供給してきた。もしもサムスンが新しいテクノロジーやサービスを自動車に導入する際、実績のあるハーマンを通じることで、他社よりも有利に製品やサービスを展開していくことが可能になると考えられる。

●1つの懸念点
○自動運転の実現に向けてどう取り組むか

1つ懸念していることは、サムスンとハーマンの連合が、今後いかにして、今現在進んでいる自動車とテクノロジーのトレンドに関わっていくのか、という点だ。現在、自動車とテクノロジーが注目しているのは、自動運転の実現だからだ。

例えば、スマートフォンとの連携でいえば、世界的に普及しているモバイルOSを擁するアップルとグーグルと比べれば、サムスンが有利な位置にいるとは考えにくい。今後の自動車とテクノロジーの領域で注目される各種アプリケーションの前提となる自動運転についても、サムスンは2016年に本格的な開発をスタートした状況だ。

今後、更なる企業買収や技術提携などを通じた急速なノウハウ獲得を行っていかなければならないことが予測できる。その1つ目のマイルストーンは、2018年の平昌冬季オリンピック。韓国政府はオリンピックにおける試験走行を実現し、2020年に実用化する計画を打ち出している。

○自動運転の体験

カリフォルニア州ではすでにテスラに実装されているアダプティブクルーズコントロールでの運転を体験することができる。いわゆる「レベル2」、加速・ブレーキ・ハンドル操作の複数の作業を自動的に行うことができる。

高速道路における自動追従等、機械に運転を任せることに対して、最初は非常に大きな不安もあった。ただ、安全運転支援システムの延長としてとらえ、システムの特性などを理解しながら、自分も周囲の状況に注意していくと、非常に快適な移動体験をもたらしてくれると感じた。

サンフランシスコやシリコンバレー周辺の朝夕の大渋滞においては、レベル2の自動運転は絶大な効果を発揮しており、ユーザーに話を聞くと、口々に「もう自分で運転なんてしたくない」と言う。

まだまだステアリングから手を離すには至らないが、これも時間の問題ではないか、と思えるほどに、走行距離に比例する知見がテスラに蓄積されていることが分かる。段階的にでも、早く実用化していくことが重要な世界だと感じさせてくれる。

サムスンが今後、どれほどのスピードで、この業界にキャッチアップしていくのか分からないが、いずれにしても素早い動きが求められる。

(松村太郎)