“クレーマー老人”化する高齢者をなくすには|May_Romaコラム
ワタクシは日本と欧州を行ったり来たりしております。行ったり来たりしている中で日本と欧州の違いに気がつくことが多いわけですが、最も大きな違いのひとつが「クレーマー老人」の存在であります。
日本では少子高齢化が話題になっておりますが、日本はすでに老人大国です。首都圏・郊外の都内通勤圏には日本の高度成長期やバブル時代に一軒家やマンションを買って住み着いている人々が大勢おります。
かつて子供が溢れていた地域には、かつての熱血サラリーマンや、かつては子育が忙しかった主婦、仕事と家庭をジャグリングしていた職業婦人が大量に住んでいます。同居を嫌がる子供達はとっくに引っ越してしまいました。
世界とは真逆……死と孤独の空気が支配する国いまや公園やスーパーに溢れるのは、ヤンキー中学生ではなく老人です。
そういう町をフラフラしておりますと、目に入ってくるのは墓石の宣伝、葬儀屋の宣伝、デイケアセンターの宣伝や看板、有料老人ホーム、巨大な介護用品の店、老人に羽毛布団を売りつけている業者の事務所です。
警察署は「オレオレ詐欺に遭わない!」という垂れ幕が占拠しています。親切すぎる市役所が放送する市内放送では「本日も市内でオレオレ詐欺が発生しました」という長閑なメッセージが垂れ流され、スーパーの耳障りなBGMと混じりあって、猥雑な町の景観に寂しさを付け加えています。
かつては賑やかだった新興住宅地やマンションを訪問するのは、子供達や孫達ではなく、腐りかけた果物を売りつけるホストの様な見た目の詐欺業者です。
老人の家の留守番電話には友達や親戚からのお茶のお誘いの代わりに「オレオレ詐欺に注意しましょう」「互助会に入りませんか」というメッセージが残されています。すこし痴呆が入りかかった老人達はその留守電を聞くことができないのですが。
人口が増加しているイギリスの大都市や、観光客や移民や大量にやってくるパリやフランスの大都市、チュニジアの町中、ハンガリーやブルガリアの通り、イスタンブールでは見かけない光景です。
人口が増えている都市では、墓石の代わりに赤ん坊のオムツやジュースの宣伝が溢れ返り、墓地の代わりに保育園が溢れ返り、オレオレ詐欺の注意放送の代わりに子供の騒ぐ声が町のBGMです。介護用品の店の代わりに巨大な育児用品の店があり熾烈な競争が繰り広げられています。
欧州の大都市や、様々な人種の行き交うイスタンブールの様な町で、そういう音に混じって聞こえてくるのは様々な言葉です。杖をついた老人の代わりに、通りを占拠するのは、ブルカを被ってシャネルのサングラスで決めた湾岸諸国の女性、プラダを持った中国人、大きな荷物を抱えた西アフリカの人々、筋肉隆々の若者が運転する自転車タクシー、占い師、焼き栗の行商です。
騒がしくて、雑多で、無秩序で、決まりも礼儀もありませんが、死や孤独な老人とは無縁な空気が支配しています。
リタイヤ後も「競争・指導」する相手を求める老人この様に、欧州の大都市や、様々な人種の行き交う町と、今の日本の風景が決定的に違うわけですが、その違いをさらに際立たせているのがクレーマー老人の存在です。
日本にはクレーマー老人という人々がおり、社会おける一大勢力、圧力団体と化しています。
彼らは地元や時々出かけて行く都会の店で、自分の孫や子供達ぐらいの年齢の店員に
「おつりの渡し方がなってない」
「お前の店で買ったクーラーを付けていたら熱中症になったから返品したい」
「この試供品をビニール袋一杯にくれ」
「お惣菜のパックに割引シールを貼ってくれ」
「この店の設計が悪いから足をぶつけた。痛いだろう!」
「サービスがなってない」
と怒り散らしています。
週末も出勤で、毎日夜9時まで残業しているあなたは、毎日やってくるクレーマー老人の対応で疲弊し、抗鬱剤が手放せません。マトモに対応しても、これは規則でこうなっていると説明しても、クレーマー老人達にはあなたの悲痛な叫びは通じないのです。
しかし、派遣社員のあなたは、鬱を理由に休むことも、病院に行くこともままなりません。国民年金はもらえそうにないし、健康保険料は年々上がっています。バス代と電車代も値上げだし、お昼の楽しみだった牛丼だってとうとう値上げです。
しかし、昨夜炊飯器の件で2時間文句を言っていた老人は、企業年金と厚生年金の受領額が、あなたの給料の2倍だということを、会話の節々から知ってしまいました。2時間絞られた後に、トイレで男泣きしましたが、どんなに泣いても、来年度の契約更新がどうなるかはわからないし、新しいスキルを付ける時間もお金も、今の自分にはないのです。
親は最近ゴミの出し方も留守番電話の聞き方も分からなくなってしまった様ですが、ゲームの中のあの娘は親の面倒を一緒に見てくれるわけではないのです。
人口の増えている欧州の町にはこういうクレーマー老人はおらず、トイレで男泣きしなくてはならない派遣社員もいません。なぜなのでしょうか? それは老人の絶対数が多いというのが第一の理由ですが、もうひとつ日本の老人達があまりも急激な生活の変化に耐えられず、自分の怒りをどこに持っていていいのかわからないからです。
クレーマー老人と化した人々はかつて猛烈サラリーマンであり、子供の教育に命をかけていた主婦でした。同世代の人々は多く、常に競争を強いられ、良い家、良い車、良い食事、良い服を追いかけ、新しい車や海外旅行のことを近所と張り合っていました。
当時の日本はアジアいちの豊かな国であり、誰もがもっと豊かになると信じていたのでした。そんな空気の中で、彼らは社会の強者で、頑張れば欲しいものが手に入り、豊かな中で社会を動かすのは自分達だと言う自負がありました。
しかし退職した途端に役割がなくなってしまった老人達は、自分が何であるかを見失っています。仕事や子供の教育が人生の中心であり、それが自分の自尊心を支えていたからです。
指導する対象、競争する対象、話す対象が欲しい彼らは、派遣社員のあなたに怒りをぶつけます。かつて部下や子供を怒鳴り散らして指導していた様に。
欧州人は人生を楽しむことに忙しくクレームする暇がない欧州の老人たちは日本ほど激烈な社会の変化を体験しませんでした。急激に豊かになることもなく、仕事は人生を生きるための手段に過ぎなかったのです。仕事は自尊心を維持するためではなく、お金を稼ぐためでありました。
いち早く退職したいと考えていた彼らは大変怠惰です。しかし怠惰だからこそ仕事しない生活を楽しんでいます。
町には様々な人種や子供が溢れているので退屈することはありません。
広くて快適な公園、無料のコンサート、無料の博物館、歴史的建造物に足を運びます。老人や子供や失業した人のためにそういうものが税金で提供されています。それに文句をいう人はいいません。
楽しくて快適なことに税金を使うことは良いことだからです。その代わり天下りの団体はあまりありませんし、官庁や市役所は質素です。
電車やバスには段差がなく、車椅子や老人用スクーター専用の場所があるので一人でも外出することが可能です。町の設計や乗り物の設計により自由と自立が保障されているので、おしゃれして出かけようと言う気分になるのです。楽しむのが忙しいので店員にクレームをつける暇がないのです。
日本に溢れるクレーマー老人を破壊するのにはどうしたらよいのでしょうか?
それは彼らの心の中の葛藤を見抜き、共感し、本当は何を求めているのかを理解することです。寂しさ、葛藤、怒り、無力感、そういう物を理解しなければなりません。
そして、税金の正しい使われ方を若い人も監視しなければなりません。それは自分のためでも、年老いて行く自分の親がクレーマー老人にならないためでもあります。
さらに、自分が年をとった時にクレーマー老人にならないように、仕事や子供など、いずれ自分から去って行くものを生きがいにしてはならないのです。
人生を楽しくするのは自分自身なのですから。
著者プロフィールコンサルタント兼著述家
May_Roma
神奈川県生まれ。コンサルタント兼著述家。公認システム監査人(CISA) 。米国大学院で情報管理学修士、国際関係論修士取得後、ITベンチャー、コンサルティングファーム、国連専門機関、外資系金融会社を経てロンドン在住。日米伊英在住経験。ツイッター@May_Romaでの舌鋒鋭いつぶやきにファン多数。著作に『ノマドと社畜』(朝日出版社)、『日本が世界一貧しい国である件について』(祥伝社)など。最新刊『添削! 日本人英語 ―世界で通用する英文スタイルへ』(朝日出版社)好評発売中!
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