30年後も専業主婦がいるのか?/日野 照子

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NHKスペシャル『NEXT WORLD』の描く2045年が、サラリーマンと専業主婦、子供二人というステレオタイプ家庭だったことに驚く。もっと多様性を考えよう。

 2015年正月に放送されたNHKスペシャル『NEXT WORLD 第1回 未来はどこまで予測できるのか』『第2回 寿命はどこまで延びるのか』を観た。結論から言えば、がっかり感が半端なかった。未来予測の技術にではなく、この番組が描く2045年の「近未来ドラマ」の作りにである。

 AI( artificial intelligence)による未来予測システム、フィルムタイプのウェアラブル端末、犬型執事ロボットに美人アンドロイド。番組に出てくる技術的なことは、すでに開発が始まっているものばかりでさほど違和感はない。今現在すでにそれらが使われ始めている現場を描いたドキュメンタリー部分は、それなりに面白かった。

 AIによる犯罪予測に従ってパトロールをする警官や、ヒット予測システムで発掘され、AIに採点されて売れる曲を作ろうとがんばるシンガーソングライター。AIの出した判断と一致するかで人事評価される弁護士。いずれも、今の現実であり、なるほどなあと思わせられる。けれど、それらが普及しているはずの2045年の日本社会を描いたドラマ部分は、まったくいただけなかった。要するに技術的進歩以外の設定があまりにも旧時代的なのである。

 まず、主人公の神木隆之介くんは自転車で「通勤」する。通勤路には今みたいなオフィスビル街に向かって、たくさんの人がスーツを着て、ネクタイをして、ミニスカートにハイヒールを履いて、歩いて「通勤」している。30年後もホワイトカラーがこんなにたくさんいて、ネットが普及しつくしているはずのデジタル社会で、「通勤」するのだろうか。

 今でさえ、会社に行くことの必要性は薄れる一方だ。仕事はPCに向かって資料を作り、メールをやりとりすることが大半で、必要な打ち合わせはネット会議や電話会議で十分。時間をかけてどこかの場所に集うために毎日通う、などということが果たして必要だろうか。

 しかも、通勤してきたそのオフィス内で働いているのが、男性と若い女性ばかりときている。NEXT WORLD第2回に出てきた「若返り治療」をした人が働いているから若いのだという言い訳もあり得るが、結局のところオフィスにいるのは、若返りだろうが、アンドロイドだろうが、「若くてきれいな女性」がよいという、ある意味男の願望丸出しのステレオタイプなだけである。

 極め付けが、主人公の家では「専業主婦」らしき母親が料理をして、「夫と二人の子供」が食卓で食べるのだ。2014年ですでに全世帯の半数が単身、もしくは夫婦二人家庭なのに、30年後の2045年に、子供二人のサラリーマンと専業主婦の家庭を描く。ダイエットと恋愛しか頭にない「女子大生」設定の姉と、「出世が頭打ちの予測が出ている」と夫を責める「専業主婦」設定の母親。このような旧態依然の固定観念で「近未来ドラマ」を作ってしまう度胸が逆に素晴らしい。

 しかし『第2回 寿命はどこまで延びるのか』では、ナノマシンでがん治療をして、それでもだめなら再生医療で臓器を取り換える。若返りの薬ができて、70歳でも80歳でも子供が産めるようになる。そんな世界を描いている。平均寿命が100歳を超える時代に、人はいったいどう生きるのかと問いかける。もしも、それがこの番組のメッセージなのだとしたら、こんな固定観念満載の近未来ドラマをなぜ作ったのだろう。

 100歳まで若く健康で生きられ、ホワイトカラーの仕事の大半をAIが担うとしたら、会社に何十年も通勤するだろうか。出世するかどうかで汲々としたりするだろうか。生涯一人の相手と家庭を築いたり、成長した子供のために専業主婦を続けたりするだろうか。まったく別の生き方を考えるのではないだろうか。

 テクニカル・シンギュラリティを越え、人間より賢いAIができても、社会生活が今の延長でしかないのなら、なんのためのAIだろう。これではAIは、社会を変えるイノベーションではなく、ただのインベンションになってしまう。人知を越えるのだから、可能性は無限にあるはずだ。AIもナノマシンも再生医療も、基本的に人間が幸せになるために研究されている。その幸せの形は、もっと様々な形であっていいと思う。

 大多数の視聴者には、これくらいのステレオタイプの方が受け入れやすいだろうと考えたのであろうNHKの制作スタッフの皆様にはぜひ、もっとまじめに多様性を考えて欲しいものである。