“脱北者ギタリスト”の李氏

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 米ソニー・ピクチャーズエンタテインメントへのサイバー攻撃を仕掛けた疑いが濃厚になっている北朝鮮。金正恩第1書記の暗殺を題材にしたコメディー映画「ザ・インタビュー」が、北朝鮮当局との関連が疑われるハッカー集団からの爆破テロ予告を受け、一時公開中止に追い込まれるなど波紋を広げた。

 自国のみならず、他国の「表現の自由」をも脅威にさらし、改めてその異常性を浮き彫りにさせた北朝鮮だが、金日成、金正日、金正恩と3代続く「金王朝」は、これまで独裁国家と相容れない自由を掲げる文化・芸術をことごとく弾圧してきた。その一方で、体制礼賛一色に染まった独自のカルチャーも形成してきた。

 独裁国家の正当性を訴えるためだけに製作された映画や歌劇、楽曲の数々。そんな「韓流」ならぬ「北流」の担い手の1人だったのが、ここに紹介する李相峯(イ・サンボン)氏(仮名・年齢非公表)だ。

党専属の楽団でギタリストとして活動

 十代半ばで北朝鮮に渡り、2000年代末期に脱北するまで、朝鮮労働党員として金日成国家主席、金正日総書記の両政権に仕えた。

 李氏は、そこである特殊任務に従事していたという。

「北には党専属の複数の楽団があります。私はその楽団のひとつでギタリストとして活動していました。演奏していたのは、金日成、金正日両首脳を讃える歌や、革命の偉業をアピールする宣伝歌、軍歌などです」

 李氏が暮らしていたのは、工業地帯が広がる中朝国境の町。楽団には「声楽部」と「楽器部」、「演劇部」があり、何も娯楽のない世界で、李氏らが奏でる革命歌や軍歌、独裁体制を称揚する演劇が北朝鮮国民の唯一の娯楽だったという。

 だが、党員でもある彼ら楽団員は、もうひとつの役割も担っていた。

「独裁体制の理論的支柱である『主体(チュチェ)思想』を末端の国民にまで浸透させることです。プロパガンダですね。各地方や職場にわれわれのような楽団が配置され、労働の合間に政治宣伝の歌や演劇が繰り返し演じられる。そうやって国民を洗脳していくのです」

「金正日は人民の洗脳をより重視していた」

 楽団のレパートリーには、『どこにいますかお目にかかりたい将軍さま』『あなたがいなければ祖国はない』など、あからさまに?将軍さま?をヨイショするタイトルの曲が並ぶ。

 こうした宣伝活動は金正日政権下で、より先鋭化していったという。

「金正日はもともと宣伝部に所属していたこともあって、国民の洗脳をより重要視していました。対外宣伝にも熱心で、周囲に『我が国の黄金のような芸術を世界の芸術にしろ』と指令を下し、『スポーツ王国になるべく努力せよ』と厳命しスポーツ振興も奨励しました」

 その影で国民生活の窮乏は加速度的に増していき、国民への弾圧も強化されていった。見せしめのための公開処刑が日常的に行われ、李氏が脱北を果たす直前には「資源不足のため、役人が墓石を削り出すこともあった」のだという。

 今も多くの国民が圧制に苦しむ北朝鮮。名も無きギタリストが奏でる調べには、独裁者の欺瞞と国民の慟哭が刻み込まれているのだ。

 DMMニュースでは、“脱北者ギタリスト”の李氏に北朝鮮を象徴する楽曲をいくつか、弾き語りで歌ってもらった。次回配信にて、順次公開していきたい。



(取材・文/浅間三蔵)