老舗の「たれ」が腐らないのはなぜ?「焼けた具材をたれにひたす際に起きる低温殺菌」

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日本人の大好きな「たれ」。焼き鳥やうなぎなど、しょう油ベースのたれの煙だけで、おなかがグゥーっと鳴った経験は誰でもあるだろう。

創業以来「継ぎ足し」続けている老舗(しにせ)のたれは、なぜ腐らないのか? 塩分や糖分濃度が高まると防腐剤の役割を果たすが、焼き鳥/うなぎのたれではどちらも少なすぎる。ポイントは、焼けた具材をたれにひたす際に起きる低温殺菌で、客入りの良いお店でないと、たれの継ぎ足しは成立しないのだ。

■「たれ」はしょっぱいのに傷みやすい

たれの成分を調べてみよう。「うなぎ」「たれ」「レシピ」で検索すると、ベースとなる材量は、

・砂糖 … 250g
・しょう油(こいくち) … 350cc
・みりん … 300cc
・酒 … 100cc

ぐらいが一般的なようだ。しょう油の塩分を17.5%、しょう油、みりん、酒の比重を順に1.15、1.18、1で計算すると、

・たれ … 1,108g
・砂糖 … 22.6%
・食塩 … 6.5%

となる。業務用として販売されている「うなぎのたれ」の塩分が約8%なので、少し煮詰めれば同程度になるはずだ。

食塩はもちろんのこと、砂糖を大量に溶かすと防腐剤の役割を果たす。フルーツの砂糖漬けやジャムが傷みにくいのも、砂糖が水分をうばい、菌が繁殖しにくいためだ。だが殺菌効果があらわれるのは、塩分は10%、砂糖は65%以上が目安となる。

つまり、うなぎのたれの塩分/糖分濃度では、十分な防腐効果が得られないことになる。同様に、市販の焼き鳥のたれの塩分は6.7%程度で、こちらも充分な濃度とは言えない。つまり継ぎ足しただけでは、創業以来どころか、あっという間に傷んでしまうのだ。

■低温殺菌は、日本古来の技術!

傷みやすいたれが、継ぎ足しながら使えるのは、焼いた具をひたすことによって温度が上がるためだ。定期的に火にかければ菌の繁殖を抑えることができるが、高温になると煮詰まって濃くなってしまうだけでなく、タンパク質が変性してしまい味が変わってしまう。

ところが、焼き鳥やうなぎは焼けた具をたれにひたすため、低温殺菌がおこなわれているのだ。

温度によって変質してしまう食品の代表が牛乳で、殺菌方法、温度、時間をあげると、

・低温殺菌 … 63〜68℃ / 30分
・高温殺菌 … 75℃以上 / 15分以上
・超高温殺菌 … 120〜150℃ / 1〜3秒

で、低温でも時間をかければ充分な殺菌効果が得られる。日本酒も同じ原理で、熟成を止める、雑菌を退治し保存性を高めるため、60〜65℃に加熱する「火入れ」がおこなわれている。

細菌学者・パスツールが低温殺菌法を見つけたのが18世紀なのに対し、火入れは15世紀にはおこなわれていたので、日本では300年以上も前から低温殺菌技術が確立していたのだ。

焼き鳥やうなぎのたれを、長年継ぎ足しながら使うためには、少なくとも

・高温の具をひたして、たれの温度をあげる
・たれの容器を火の近くに置く

が必要で、容器の清掃、ときどき火にかけるなどの手入れもなされているだろう。

焼けた具材による低温殺菌は、ときどきおこなうぐらいでは効果を発揮しない。つまり客の少ない店では、残念ながら期待できない方法なのだ。逆に考えれば、商売繁盛→たれにつける機会が多い→低温殺菌→具の成分が混ざりおいしくなる→商売繁盛、の図式となるので、歴史とおいしさは比例するとも表現できる。

■まとめ
・殺菌作用の目安は、塩分は10%以上、砂糖なら65%以上
・うなぎ/焼き鳥のたれには、殺菌が期待できるほどの塩/砂糖が含まれていない
・焼けた具をひたした際に、たれの温度が上がる
・時間をかければ、65℃程度でも殺菌できる

文字通り継ぎ足しただけでは、たれが傷んでも不思議ではない。

「創業以来継ぎ足し」は、たれの手入れが行き届いていることを意味するので、おいしくて当然と言えるだろう。

(関口 寿/ガリレオワークス)