『サンドラのドラゴンズ論』若狭敬一著、CBCサンデードラゴンズ編集/中日新聞社

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プロ野球は間もなく前半戦のヤマ場、交流戦がスタートする。セパ両リーグとも戦前の予想を覆すペナントレースになっており、今後も目が離せない展開が続きそうだ。

さて、落合博満GM、谷繁元信兼任監督を迎えて話題の我らが中日ドラゴンズはというと、4位という強いのか弱いのかよくわからない成績でここまで推移している。とはいえ、ファンはそれほど悲観していないようだ。選手たちの頑張りもさることながら、やはり新首脳陣への期待の大きさとそれに応える采配ぶりがファンの信頼につながっているのだろう。昨年はそんなことはなかった。

谷繁新監督の目指す野球をより深く知りたければ、今年3月に刊行された『サンドラのドラゴンズ論』(中日新聞社)を読むべきだ。

サンドラといっても金髪美女ではない。東海地方在住のドラゴンズファンなら誰でも知っているドラゴンズ専門の情報番組『サンデードラゴンズ』のことだ。放送が始まってから今年でなんと30周年。それを記念して刊行されたのが『サンドラのドラゴンズ論』である。

著者は同番組のメインキャスターを務めるCBCの若狭敬一アナウンサー。2011年、ドラゴンズ優勝のビールかけで退任が決まっていた落合監督(当時)に「若狭、(ドラゴンズOBの解説者らがドラゴンズは優勝しないと言っていた中で)お前最後まで言い張ったらしいな。ウチが優勝するって。お前エラい!」と言われた人物である。つまり、とてもドラゴンズ愛の深い人物だということだ。

とはいえ、『サンドラのドラゴンズ論』は、ローカル番組の歴史をまとめたバラエティ本ではない。カラーページには“ドラゴンズファンが選んだベストナイン”のような企画があるものの、本書のほとんどを占めるのが若狭アナによる本格的なドラゴンズ論だ。蓄積されたデータとその分析、豊富な取材経験をもとに、ドラゴンズの過去、現在、未来を解き明かしている。1章のタイトルが「理念」というのだから、その力の入り具合がよくわかる。

特に注目したいのが、谷繁新監督の目指す野球について論じている部分である。

「守りの野球」「野球はやはり投手」と繰り返し語り、ディフェンス重視を打ち出していた落合監督と、かつて「落合野球は普通の野球」と語っていた谷繁監督。両名の野球観がよく似ていることを示した上で、「攻撃は最大の防御じゃなくて、防御は最大の攻撃だと思いました」という谷繁の言葉を引き出している。

補強に関する考え方も落合と谷繁はよく似ている。補強の必要性について著者に問われた谷繁は「どこのポジションが手薄ですか? たくさんいるじゃないですか」と答えている。監督就任時、落合は現有戦力の底上げによって優勝を宣言、実行したことは有名なエピソードだが、谷繁もまた現有戦力の底上げを図っている。これは大きな補強に頼らず、競い合った仲間同士で日本一を勝ち取った、かつて谷繁が在籍していた横浜ベイスターズでの経験が大きく影響しているという。

「悔しい思いをして、練習して、食らいついて、レギュラーをもぎ取る喜び。そして、そんな仲間と優勝する喜びを味わって欲しい」

これが谷繁監督の思いである。

現在のドラゴンズの戦いぶりを見ると、打線の軸となる四番には平田良介を固定。井端弘和が抜けたショートは堂上直倫が務めている。ベテランのレフト・和田一浩が欠場する試合には野本圭を起用、自らのポジションであるキャッチャーには松井雅人を積極的に起用している。いずれもここ数年くすぶっていた“期待の若手”たちが目の色を変えて戦っている。まさに現有戦力の底上げの真っ最中といったところだ。

チーム防御率4.22(5月17日現在)はリーグ4位と、こちらもまだまだ発展途上。エースの吉見一起、浅尾拓也らを欠く中、2年目の濱田達郎と福谷浩司の活躍、ここ数年にわたって不振をかこっていた朝倉健太の復活などでやりくりしているのが現状だ。投手陣の整備に関しては、名参謀・森繁和ヘッドコーチらコーチングスタッフの手腕の見せどころだろう。また、本書ではドラゴンズの強力投手陣の礎となるスカウトに関しても1章を割いて詳述されている。まさしくドラゴンズファン必読の書であることは間違いない。

プロ野球本は出版界の地方戦略

ところで、筆者は昨年『中日ドラゴンズあるある』『中日ドラゴンズあるある2』(TOブックス)というドラゴンズ関連本を2冊出版させていただいた。ドラゴンズの根強いファンは東海地方を中心にとても多いのだが、それまで関連書籍がほとんど出ていない状態だったため、この2冊に関しては当初想像を上回るスコアを残すことができた(感謝!)。

それがきっかけになったのかどうかはわからないが、2013年は本当にドラゴンズ本がたくさん出版された。山本昌『継続する心』(青志社)、『ドラゴンズの職人力』(ベースボールマガジン社)、井端弘和『勝負強さ』(角川Oneテーマ21)、英智『英智スタイル48』(ベースボールマガジン社)、小田幸平『ODA52』(洋泉社)などなど……。これでもほんの一部である。

いまや書籍は1万部売れればヒットの世界。ならば、ナゴヤドームへの主催試合への年間有料入場者数がのべ200万人にのぼるドラゴンズファンに限定して販売すればいいのではないか? そんな発想に基づいて作られているのがプロ野球の地方球団本である。

100万部のベストセラーは無理かもしれないが、1万人に愛される本を作ることはできるはず。しばらく前の“広島カープ本ブーム”も同じ方法論である。たくさん刊行されたドラゴンズ本は、いずれも名古屋の書店の店頭の一番いい場所に華々しく平積みされていた。これなら名古屋のドラゴンズファンに確実に届けることができる。読みたい読者にうまく届く本が、一番幸せな本だ。

30年続くローカル局の名物番組と地方球団の雄・中日ドラゴンズの組み合わせという“ローカルの2乗”のような『サンドラのドラゴンズ論』は、まさに出版界の地方戦略の決定版とでも言うべき存在である。この本がもっともっと売れて、もっともっとドラゴンズ本がたくさん出せるようになれば、ドラゴンズファンの筆者としてもこれ以上うれしいことはない。あと、話題の新サービスnoteで「中日ドラゴンズあるある2014」を書き始めたので、それも見ていただけるとうれしいです!
(大山くまお)