桐山秀樹『M&A残酷物語』(中公新書ラクレ、2008年刊)
M&A(企業の合併・買収)の実態を、多くの事例とともに解説する一冊。そのタイトルからちょっと誤解されそうだが、本書はM&Aを悪いことだと決めつけているわけではない。たとえば、M&Aのイメージについて、《買収企業が被買収企業を「支配する」ように思われているが、実際には、自社の長所と他社の調書の相乗効果で企業価値を高めるのが目的であり、社員の融和による組織の活性化に経営者は腐心する》などといった一文も見逃せない。

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立川談春がもはや悪人にしか見えない。それもこれも、現在、TBSの日曜劇場で放送中の「ルーズヴェルト・ゲーム」のせいである。おかげでドラマ放送の翌日、月曜深夜にフジテレビでやっている「噺家が闇夜でコソコソ」でも、今田耕司と壇蜜と一緒に司会をしている談春が、何か腹に一物を持っているように見えてしかたない(どうでもいいけど、立川流にまだ著名人コースがあって壇蜜が入門していたのなら、きっと「立川談蜜」と命名されていたに違いない)。

昨晩放送の第4話では、談春演じるイツワ電器社長の坂東と、結託して策略を進めていたはずのジャパニクス社長の諸田(香川照之)とのあいだに隙間風が吹き始め、坂東のヒールぶりがますます際立っていた。策略はけっきょく失敗に終わり、諸田は「この不始末、どう納めるおつもりか!」となぜか時代劇調に責めるも、坂東は「要はカネだよ、カネ!」と開き直る始末。それに対し諸田が言い放ったセリフ「たしかに世の中はカネだ。しかし君が言うカネの意味と私が言うカネの意味は180度、いや、540度違います!」も、なかなかの珍言であった(やや狙いすぎの感もあるが)。安田大サーカスの団長にもぜひ真似していただきたい。

さて、第4話の最大のキーワードは「対等合併」だろう。諸田と坂東は、経営危機に瀕した青島製作所を救うとの名目で、同社の社長の細川(唐沢寿明)にイツワとの合併話を持ちかける。諸田いわく、日本の電子機器メーカーが市場で外国企業に押される昨今、しかし青島の技術力とイツワの営業力を合わせれば、その荒波もきっと乗り越えることができるウンヌン……。つまりは、これはあくまで対等合併として、それにともなう人事統合も青島とイツワから半分ずつ役員を出し合うようにするからと、話を切り出されたのだった。しかし細川はどうにも釈然としない。

そこで細川は、創業者で会長の青島(山崎努)のもとへ相談に赴く。話を聞いた青島は、自分も社長時代にはオイルショックやバブル崩壊で、経営危機を何度か体験し、その際、合併を持ちかけられたこともあったと打ち明ける。しかし結局、それに乗らなかったのは「相手のことが嫌いだったからだ」という。青島はまた、「この世に対等合併などない。必ずどっちかがどっちかを飲みこむ形になる」と言い切った。

対等合併というのはきわめて日本的な理想論である。桐山秀樹『M&A残酷物語』によれば、欧米では一般的に対等合併はありえないらしい。《当初、対等合併を唱えていても、比較的短期間にどちらかの企業の経営者がリーダーシップをとり、スピーディに経営統合効果を生み出すよう努力するのが普通だ》というのだ。それに対し、日本企業は「合併時の衝撃」を和らげるため、合併後の人事をバランスよく配分し、そのあとで長期間かけて、ジワジワと主導権争いを行なう、というのが通例となっている。

しかしバランスよく人事統合を行なったからといって、うまくいくとはかぎらない。むしろ失敗例のほうが多かったりする。よく引き合いに出されるのが、1971年に実施された第一銀行と日本勧業銀行の合併だ。

第一銀行ではその少し前、当時の頭取の独断で一時、三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)との合併話が進められていたものの、行内や取引先の企業からの「三菱グループに飲みこまれてしまう」との反対で立ち消えとなっていた。そこへ来て日本勧業銀行との合併話に踏み切ったのは、同行となら対等の立場で合併できるとの考えからだった。

こうして新たに誕生した第一勧業銀行では、いわゆる「たすき掛け人事」が上から下まで徹底して行なわれた。これは合併したうち一方から頭取が出れば、もう一方から会長を出す、あるいは一方の出身者が部長になれば、もう一方の出身者から次長が出るというものだ。しかし普通の会社とくらべて社内での派閥争いが激しいとされる銀行のこと、合併した銀行の内部では、旧第一銀行出身者と旧勧業銀行出身者が激しく対立した。一見すると公平に見える人事も、じつは昇進するポジションは旧第一系の行員に独占されているともいわれていた(桐山、前掲書)。なお第一勧銀はその後、富士銀行と日本興業銀行と経営統合し、何度かのグループ再編を経て現在はみずほフィナンシャルグループとなっている。

ところで現実にも、ドラマのなかでの青島製作所とイツワ電器の合併交渉のようなケースは存在するのだろうか。両社の合併は先述のとおり、経営危機に陥った青島の救済策として持ちあがったものだった。じつは1990年代以降、日本でも急増したM&A(企業の合併・買収)の多くは、「救済型」とも呼ばれるこの手のケースだったりする。

ふたたび『M&A残酷物語』から引用すると、「救済型」のM&Aでは《経営を苦境に陥らせた事業を切り離し、技術やブランド力を持った事業だけを残して、統合することが多い》ようだ。救済するとの名目で青島製作所に歩み寄り、そのじつ、技術力だけまんまとせしめようとするイツワ電器のやり方は、まあこれに当てはまるといってよいだろう。イツワの思惑は、坂東から細川に渡された合併後の人事統合シナリオ案がじつはダミーで、本当の新会社の人事案には、青島側からは開発部長の神山(山本亨)の名前しかあがっていなかったことから、あかるみとなるのだが。

合併合意式の席上、細川はすんでのところで基本合意書へのサインをとりやめ、「青島の技術は青島製作所という社風のなかでこそ活かされる。イツワのやり方では死にます」と言い放つ。「イツワのやり方」というのは、効率を第一に掲げコストを極限までカットするといったことだろう。企業風土や文化の違いはいかんともしがたい。たしかに、持ち株会社をつくることで両社を存続させ、社風を残すという道もあったかもしれない(たとえば関西私鉄2社を中核とする阪急阪神ホールディングスのように)。だが、救済する・されるという立場がはっきりしている以上、前出の場面での青島会長のセリフにあったとおり、たとえ「持ち株会社をつくって、その子会社をウンヌンといっても、得する側と損する側が必ず出てくる」のがオチだった可能性は高い。

細川が合併を反故にして、自社の救済策として選んだのは、東洋カメラとの業務提携だった。彼は坂東と諸田を前に、すでに新たな技術開発を条件に、先方の尾藤社長(坂東三津五郎)から10億円の融資の約束をとりつけたことを明かす。そして、諸田たちがどんな好条件をつけても技術は売らない、「あなたが嫌いだから」と捨てゼリフを吐いてその場を立ち去るのだった。

だが坂東はなおもあきらめない。ここで、もう少しいまっぽい感覚を持った経営者であれば、相手企業との話し合いが失敗したところで、TOB(株式公開買い付け)あたりの手段で合併をはかるところだろう。だが坂東は、青島製作所の専務の笹井(江口洋介)に接触して、青島側の切り崩しをはかる。このあたり前時代的というか何とも泥臭くエグい。

第4話では、敵役であるイツワ電器から社長の坂東だけでなく、野球部のエース・如月が、因縁のある青島製作所野球部の沖原(工藤阿須加)に対し悪態をつきまくり、胸糞が悪くなるほどだった。もちろん、これは演じる役者に対する最大の褒め言葉である。彼らがヒール役を演じ切れば演じ切るほど、それぞれの鼻っ柱がどうやってへし折られるのか、がぜん期待は高まるというもの。立川談春に加え、如月を演じる鈴木伸之に今後も目が離せない。
(近藤正高)