醒めながら見る夢
監督 辻仁成
出演 堂珍嘉邦 高梨臨 石橋杏奈 村井良大 松岡充 高橋ひとみ ほか
5月17日(土) 新宿武蔵野館ほかにて全国順次ロードショー

写真拡大 (全2枚)

「醒めながら見る夢」に出演している村井良大インタビューの後編は、緊縛師の弟子の役として緊縛の精神を学んだり、京都の川縁で恐怖体験を味わったりしたエピソードを聞く。
映画の中で、主人公が鴨川で行うことは、個人的な喪失のためだけでなく、多くの喪失と祈りの表れに思える。作家・辻仁成と何度も仕事をしている村井は、辻の意外とお茶目な一面も教えてくれた。
前編はこちら

───村井さんが演じる文哉の暮らす庵みたいなところも雰囲気のある屋敷でしたね。あれはどの辺なんですか?
村井 あれは東京から近いです。木更津だったかな。
───京都じゃないんですね。
村井 縄師のお家ですよね。心縛庵。
───そうそう、文哉は緊縛師の弟子の設定なんですよね。いかがだったでしょうか?
村井 縄の世界というのは、僕も今回の作品に出るにあたって初めて知った世界ですけれど、何というか……全然いやらしくないというか。本当に芸術性のあるものだなと思います。「心の解放」という言葉が、セリフの中でよく出てきます。僕は実際に縛られたことはないので、わからないのですが、聞くところによると、縛り終えて、解いた時に……感情がすごく出るそうですよ。本当に泣いちゃったりするんですって。安心なのか、安堵なのか分からないですけど。少しずつ囚われの身からはがされていくというか。一枚一枚、皮をめくられていくような感じで。すごく不思議な世界ですよね。「縛られたい」とか「縛りたい」とかいう感情は、僕にはわからないですが、実際縛っているところを見ている時には、非常に神秘的に感じました。女性は、「心の場所を知りたい」ということで縄を縛ってもらうのだと思うのですが、文哉も誰かを縛ることで、自分の心の場所を知りたかったのかなと思います。それで、陽菜を縛ろうとするわけですが、意外な結末に……。文哉がどういうことになるか、映画を見ていただきたいと思いますが、文哉のラストカットの表情は、現場で監督が変えたんです。あれ、撮影初日だったんですよ。
───いきなり最後を撮ったんですか。
村井 はい。僕は、感情がなく、漠然と生きているという状態の役作りで、クランクインしたのですが、そうではない表情を要求されて、戸惑いました(笑)。
───今まで、ラストシーンを最初に撮ったという経験はありましたか?
村井 あんまりないですね。監督にも「ごめんね」ってすごく謝られました(笑)。
───ですよね(笑)。やっぱりちゃんと時間の流れで撮りたいものですよね。
村井 まあ、それが一番うれしいですけど、映画では、なかなかそうはいかないですよね。でも、逆にあれが一番最初で良かったという気もします。役に入り過ぎてからだと、意外な表情は出せなかったかもしれないので。
───これもまた、偶然にいい効果がもたらされたのかもしれませんね。他には何かやっていて、とまどったところはありますか?
村井 陽菜と川辺に脚を浸している場面がありますよね。見た目は、いかにも夏の京都という、いい風景ですが、足下にゴキブリがいたんですよ。
───それはイヤですね(笑)。
村井 普段の僕だったら「わー!」って騒ぐのですが、役に入って、あまりにも心を殺しているから無言でバッと払ったんですよ(笑)。で、それは笑い話で済ませて、撮影に戻ったんです。そしたら、また出てきて(笑)。またパッとはたいて、「2匹もいたよー。この辺ゴキブリ多いんじゃない?」みたいな話になったんですよ。ロマンチックなシーンなのに、なんかやだなーと思いながら、本番が始まったら、今度は石橋さんが「キャーッ」って。3匹も出てくるなんて「ちょっとおかしいから出ましょう」と、いったん川から出たんですよ。それでスタッフさんが殺虫剤をまいたら、隠れていたものすごい数のゴキブリが出てきちゃったんです。
───うわあ、恐怖!(笑) それはとまどいじゃない、恐怖体験(笑)。
村井 恐怖でしたよ、もう(笑)。
プロデューサー 本当は知っていたんですけど。
村井 え、知ってた?
プロデューサー ここで撮らざるをえないから(笑)。俳優が来る前に殺虫剤をまいたんですけどね。
村井 わあ、知ってたんだ(苦笑)。
───大変な目にあいましたね(笑)。
村井 石橋さんもすごいへこんでて。「もう無理! もう無理!」みたいに。辻さんも「そうだよね……こんなところでできないよね。俺がやれって言われてもできないもん」って(笑)。
───俳優って大変ですね。いろんな制約があっても、それを感じさせないという。
村井 本当に最近思いますね、「俳優さんって大変だな」と。例えば、心霊物だと、そういう場所に行かないといけなかったりするじゃないですか。忍耐力が必要ですね。
───辻監督の演出はいかがでしたか?
村井 楽しかったですね、本当に。何度もいっしょに作品をやらせていただいていますが、辻監督はいつも笑わそうとするんですよ。今回は、感情が出ない役にも関わらず、やっぱり笑わせようとして。「何としても笑わせたい」って(苦笑)。辻さん自身は、現場を楽しくしたいのでしょうね。現場のことをよくわかってのことだと思います。シリアスな作品だからと言って、ピリピリしても、良いものが撮れるわけじゃない。辻監督は、心の余裕を持ちつつ、かつ共演者ともコミュニケーションをとりながらやってくださる方なんです。
───そんな方なんですね。意外だった(笑)。
村井 本当に純粋無垢な感じですよ。
―辻さんとは何が最初になるんですか?
村井 「醒めながら見る夢」の舞台版が昔あったんですよ。音楽劇で。何年前だろ? 3〜4年前ぐらいかな。……2011年ですね。そこで初めてお会いしました。堂珍さんともそれが初めましてなんですよ。
───そのままのキャストが映画に。
村井 はい。でも、舞台の「醒めながら見る夢」は、出演者が少なくて、メインキャストが4人しかいないんです。僕は、4人の人間たちを茶化す「天使と悪魔」の悪魔役でした。人間たちに皮肉ばっかり言って帰っていく、でも、実は、お客さんにメッセージを伝えるというような役回りで。
───その時の悪魔的なものと、今回の文哉には全然関係なく?
村井 ああ、全然関係ないですね。
───悪魔も映像で見たかったですね。
村井 すごいメイクでやりました。
───いわゆる悪魔的な?
村井 中性的な感じでした。
───映画版には、優児が劇団の演出をやっているというエピソードもあるし、どこか演劇的なところもありますよね。
村井 辻さんって、舞台の良さというか、「人間の肉体ひとつで表現すること」を大切にしていて、映画でもそういうところを取り入れてくれるのがうれしいですね。舞台って、作家のメッセージ性をダイレクトに伝えてくれる場なので、辻さんの書く小説とも似た雰囲気を持っているのかなと思うんですよ。映画は、ストーリーを純粋に楽しんだり、物語の登場人物たちが会話しているところをお客さんが見て、人と人とのつながりを感じたりするもののように思いますがが、舞台はどっちかというと、登場人物が直球でお客さんにメッセージを投げてくるようなことも多いですよね。そういう意味で小説と舞台は何か似ているのかなと思います。
―受け手と送り手が、1対1の関係にあるかもしれないですね。
村井 そうかなと思ってやっています。
───舞台の辻さんの演出はどんなふうなんですか?
村井 いきなり通し稽古(本番のように最後から最後までやること)をやるとか言い出します。
───それはこわいですね。
村井 でも、そっちの方が良いものにはなると思います。何というか、大失敗できるので。小失敗ばかりだと良いものができないんですよね。
───なんて強い方なんでしょうか。そう思いながらずっとやっているんですか?
村井 いや、今ようやく、そう感じられているだけです。
───それは何がきっかけだったんですか? 
村井 何というか、稽古場って「恥をかく場」だと思っているので。お客さんの前に立つ前に失敗して恥をかいた方が良いですよね。「なぜ失敗したか?」、「なんで恥をかいたのか?」を知らないと、本当にお客さんの前で恥をかいちゃうので。稽古場でちゃんと間違えて恥をかいた方が良いなあ、と。むしろ、恥をかける人はすてきだなと思うぐらいです。
───すごいですね。やっぱり舞台で主役を張っていると違いますね。
村井 いやいや、それは関係ないです(笑)。
─── 村井さんは舞台をいっぱいやってらっしゃいますが、もともと舞台をやりたい人だったんですか?
村井 いや、映画をやりたい人でした。
───そういう方が多いですよね(笑)。
村井 けれど、今は舞台も楽しくやらせてもらっています。両方できたら良いなと思いながら。
───今は両方やる人が増えましたよね。
村井 舞台にはまる人が多いのだと思います。映画だとカットされてしまうこともありますが、舞台は出ずっぱりで、体力的にも大変ですが、その分「やった感」があるんですよね。ライブっぽいというか、パッションみたいな感じがありますね。舞台には。
───『醒めながら見る夢』の舞台をやった時には、ライブっぽい充実感はありましたか?
村井 ありました。舞台上で舞踏をやったんです。舞踏って、お客さんに想像させる力を、肉体を使って与えるという作業です。映画でも亜紀(高梨臨)が踊っていますが、独特の伝わるものがありますよね。
───では最後に、今後の目標を教えてください。
村井 恥ずかしくて自分の口から言いたくないですが……いつか、もし、奇跡が起きたら、助演男優賞を獲りたいな、と。
───助演ですか?(笑) 主演はもう獲ったんですか?
村井 いや、そういうわけではなく。僕は助演を獲られる役者さんってすばらしいなと思うんですよね。主役はたいてい、台本の中にいっぱいヒントがあるんです。でも、脇役には情報が少ない。情報がない中でやるのって、すごく難しくて。ワンシーンやツーシーンくらいしか出ないにも関わらず、存在感がある俳優は化け物ですよね。僕には絶対できないと思いながら、そういう役者さんになれたら良いなあと、憧れています。
(木俣冬)