『辞めたくても、辞められない!』(溝上憲文/廣済堂新書)。副題は“一度入ったら抜けられないブラック企業の手口”

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「会社を辞めたいのに辞められない、辞めさせてもらえない」という相談が急増している。
東京都労働情報センターの「労働相談Q&A」には、こんな項目が掲載されていた。
「退職したいと思い、上司に相談しましたが、『忙しい時期だから、だめだ。』と言われてしまいました」
ほかにも、「同業他社に転職したら退職金をくれない」「『研修費用を返せ』と言われた」といった項目もあった。

『辞めたくても、辞められない!』(溝上憲文/廣済堂新書)によると、"辞められない”相談は2007年頃から増え始め、2010年にさらに増えているという。同書は「辞めさせない企業」と「労働者を使い捨てにするブラック企業」の類似性を指摘する。
“相談者のほとんどが、低賃金と苛酷な長時間労働にあえぎ、時にパワハラ行為も辞さない上司や経営者の下で働かされている。その違いはブラック企業が利用価値のない者を使い捨てにするのに対し、「辞めさせない企業」の場合は、辞めさせないで「使い潰す」というだけの違いにすぎない。”

ある人は「業務中のミスで被った損害を賠償しろ」と迫られ、「辞めたら二度と転職できなくしてやる」「懲戒解雇にするぞ」などと脅されていた。ウソの借金の保証人に仕立て上げられた人もいる。他の社員の前で無能呼ばわりされ、「どこに言っても使い物にならない」と暴言を吐かれたり、殴る、蹴るといった暴力をふるわれるケースもある。

誰がどう見ても「今すぐ逃げて!」という状況だ。
でも、彼らは逃げ出さない。
"それでも本人としては一方的に退職届を突きつけるのではなく、できれば会社の同意を得て円満に退職したいという心情が読みとれる”という。

ちょっとわかる。わかってしまう。
私自身もかつて、「目が覚めたら、世界が終わっていますように」と毎晩お祈りしながら働いていた時期がある。通勤電車の中で、悲しくもないのに泣けてきたり、駅のホームで入ってきた電車に吸い込まれそうになったことも何度もある。そんなに切羽詰まるぐらいなら、辞めてしまえばいいようなものだが、当時は「辞める」という選択肢すら思いつかなかった。

"会社を辞められない、辞めさせてもらえないといっても、本当に今の仕事が嫌なら逃亡を企てれば、辞めることはできるだろう”というのは正論だ。でも、"そういう行動をとれない人もいるのも事実”なのだ。何が行動を起こすことを阻むのか。

『辞めたくても、辞められない!』の中で、東京東部労組の須田書記長がこうコメントしている。
"辞められない労働者に共通しているのは、労働者に与えられた残業代の未払いを要求したり、有給休暇などの権利を行使しないでがまんする。そして経営者の言っていることが絶対だと思って、従うところです。”

また、"「ルールの基礎知識」が欠けていることも辞められない人の共通点として挙げられる”という。"労働法の知識がほとんどないため、経営者から「うちの規則はこうなっている」と言われれば、それが正しいのだろうと受け入れてしまう。社会のルールとしての知識がなければ、社内で勝手に作った規則すらも絶対視されてしまう”という。

興味深かったのは、"賃金不払いや解雇に関する相談の場合は、具体的な解決方法を教えてほしいと何度も連絡してくるケースが多いが、辞めたくても辞められないという相談者は、直接、相談コーナーに足を運ぶ人は少ない”というエピソードだ。本書では"すでに度重なるハラスメントを受け、半ば洗脳状態のなかで辞めることは会社に迷惑をかけるという罪悪感を抱いている”のではないかと、推測していた。

辞めたいけど、辞められない理由はたくさんある。でも、辞めさせたくない側の勝手な都合につきあう理由はない。「辞めたいけど、辞められない」に出くわしたら、逃げるが勝ちだ。「そんなバカなことがあるか」と笑い飛ばす気力があるうちに、猛ダッシュで逃げだそう。
(島影真奈美)