NPB-BALL

昨夜、駆け回った「プロ野球は今季開幕前にこっそりと使用球を変更し、メーカーに口止めしていた」と言うニュースは、NPBの信頼を根幹から揺るがすと思う。当たり前のことをおさらいしておきたい。

スポーツは、アスリートが同一条件で体力、知力、精神力、技術力を競うものである。ルールはもとより、用具や競技場、施設なども同一であるべきだ。

また、スポーツは、歴史を刻むものであり、継続性も大事だ。先人が樹立した記録を打ち破るのはスポーツのだいご味の一つだが、記録を尊重するためにも、できるだけ同一の条件であることが求められる。
同一性、公平性は水平軸だけでなく、時間軸でも尊重されるべきだ。
スポーツのルールや施設、用具などは、軽々に変更することがあってはならないのだ。

変更をする場合には、それ相応の理由が必要だ。そして競技に関わるすべての団体、競技者の同意が必要だ。

さらに、プロスポーツは、ファンに対して開かれていなければならない。重要な変更がある場合には、事前にそれを発表しなければならない。またその理由もわかりやすく説明しなければならない。
ファンにはその決定に参加することはできないが、ファンあってのプロスポーツであり、十分に尊重されなければならない。

今回の統一球の「すり替え」事件は、こうした要件をほとんど満たしていない。

一番重要な用具である「公式球」を軽々しく変更しているし、それを公表していなかった。
さらに、競技者に対してそれを伝えていなかった。

下田邦夫NPB事務局長は「選手会から『試合が面白くない』と統一球を変更するよう申し入れがあったため」とあたかも選手会が変更に責任があるようなことを言ったが、変更したことを選手会に事前に通達していなかった。
使用する当の選手さえ、知らないうちに公式球が変更されていたのだ。
さらに、その変更を隠ぺいするために、メーカーのミズノまで巻き込んでいた。

隠ぺいをしたのは、変更の手続きが正当なものではなく、発覚すれば世間の非難を浴びるとの認識があったからだろう。確信犯だったのだ。

NPB機構は、世間を欺いた。嘘をついたのだ。
そして選手の存在を無視した。プレイヤーファーストの原則はかけらも見当たらない。
「黒い霧」に匹敵するような事件ではないだろうか。しかも当事者は、NPB機構なのだ。

ファンは、片隅に追いやられたままである。尊重されるどころか、あたかも存在しないかのような扱いを受けている。
「これによって本塁打がたくさん出て、試合が面白くなるからそれでいなじゃいか」という向きもあるかもしれないが、試合の裏で行われたことをファンもしっかり認識すべきだ。
そしてファンや選手が知らない間に競技の重要な部分が勝手に変更されていることに、怒りを覚えるべきである。

NPB機構には、スポーツが内包する公正さ、純粋さ、真摯さを全く理解しない人物がいるのは明らかである。

それは加藤良三コミッショナーなのか、他の人物なのかはわからない。しかし「客が入ればいいじゃないか」という品性のかけらもない動機でこのようなことをしたとすれば、プロ野球は、社会から尊敬されなくなるだろう。
スポーツビジネスの当事者が、スポーツに対する敬意を失えば、そこから生み出されるものは、ただの「見世物」に過ぎなくなる。

昨日は、もう一つニュースがあった。加藤良三コミッショナーが強く要望していたアメリカでの巨人阪神による開幕戦の実施が暗礁に乗り上げているというものだ。
もともとこのプランは、「なんのためにやるのか?」が全く不明な、奇怪なものだった。
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なじみのない土地で、単発でスポーツイベントを打つことに何の意味があるのかわからなかった。
加藤コミッショナーは「プロ野球80年の記念イベントにしたい」と意気込んでいたが、結局、周囲も動かず、賛同も得ることなく、立ち消えになりそうだというのである。
コミッショナーの権威も、権力も、ティッシュペーパーのように軽くてはかないのだ。

加藤良三コミッショナーは当事者能力もなく、その権限も無きに等しい。
その下で、良からぬ輩が小細工を弄して、プロ野球を私しているのである。NPBは今こそ解体して出直しを図るべきだろう。社会の信頼を再び取り戻すことなく、公共財たるプロ野球はこの先やっていくことはできないと思う。