『Young,Alive,in Love』西島大介/集英社
ぼくの町には3つの大きな湯沸かし器がある。あれやべーって。放射能、絶対漏れてるから。西島大介『Young,Alive,in Love』は幽霊が見えるという少女と、放射能の危険に不信感を抱いている少年の恋物語。この作品に描かれている不安は、ネット時代の日本が今抱えている原発への不安でもあるんだ。

写真拡大

「311」って単語はなんだかちょっと見た目がいい。
226とか515とか911とか009とか。何かの暗号みたい。
でもこの言葉が持っているのは決してかっこいい意味じゃない。
「東日本大震災」「福島原子力発電所事故」、それにまつわる数多くの感情や考え方全てが詰まった単語。
非常に使いやすすぎて、そんな軽い言葉でいいのか?という声もあります。
同時に「何も言わないよりはるかにいい」という声もあります。
むつかしいね。
2011年にはみんなが現実に起きている映像を見てパニックになって。
2012年には毎日話題にするほどではないけど、ぼんやりと不安を抱えている。
今はそんな時代。
原発の話は、不安と、知識的な問題と、答えのない問いの連続で、話題にするのが本当に難しい。地雷にすらなりうる。

西島大介『Young,Alive,in Love』は、思春期の少年少女の恋愛と、精神的な不安定を軸にして原発問題を描いた、変わった切り口の物語です。
原発を訴えるマンガ、ではないです。
でも原発を受け入れるマンガ、でもないです。
原発がすぐそこにあるのが当たり前の世界で抱く不安と、少年少女の思春期の不安がリンクした不思議だけど身近に感じられる物語。

主人公早川真が住む街、東京都M市中区一丁目には、3つの大きな「湯沸かし器」が建っています。
街中の人も、昔から有るもんだから全然気にしていない。当たり前の存在なんです。
そもそもあれなんなのよ?
湯沸かし器だよ。
いやいや違うでしょ、あれは……。
言えない。怖いから。
町の人も誰も話題にしません。

ある日、真はスピリチュアルに傾倒している不登校の少女稗田真奈に出会います。
幽霊が見えるんだってさ。なんだろうこの子?
出会った瞬間、彼女は急に気持ちが悪くなって、真にゲロを吐いてしまいます。
そしてその時、湯沸かし器の一部が、爆発しました。

でも誰も何も言いません。テレビにも何も出ません。
真奈は、あの湯沸かし器の下にはたくさんの霊がいる、と言います。
だから除霊をしなきゃ。そしてあの湯沸かし器をどけなくちゃ!
真はそんなことは信じていませんし、当然見えません。
それどころじゃないよ! 爆発してるんだぞ! やべーって! 
湯沸かし器湯沸かし器っていうけどさ、あれは……あれは、原子力発電所だ。
この街やべーよ。放射能絶対漏れてるよ、ほら、スマホのガイガーカウンターアプリだって、こんな数値に。
ネットでも言ってた。やばい。絶対にやばい。

あれ?
霊って、見えない。もしかしたらいるかもしれないし、いないかもしれない。
真には幽霊は見えません。だから真奈が除霊の話をしても胡散臭くしか感じない。
放射能は見えない。もしかしたらすごい汚染されているかもしれないし、漏れてないかもしれない。
真奈には放射能は見えません。だからどんなに真が騒いでもよくわからない。
でも、見えない物ほど不安なものはありません。

どちらにしても、もう学校にいくどころじゃないでしょう、と二人とも思っています。
特にこの物語は真主観で描かれますし、今現在の現実として放射能はすぐそばにある問題です。
もし自分の家の近くに原子力発電所があったら?
原子力発電所が爆発をしたら?
そりゃあ、学校どころじゃないよ。

ところが、メディアは全然話題にしないんですよ、このマンガの中では。
Twitter(らしきもの)を観ても、どうでもいい話か、陰謀論ばかり。
何を信じればいいのかわからない彼の視点が詳細に描かれ始めます。
真奈の父親はこの湯沸かし器……原子力発電所の会社の重役。
その父の話によると、爆発した一号機は冷温停止状態らしい。だから大丈夫らしい。らしい。
あれ?「お父さんは専門家。専門家の言うことに間違いはない。うん、きっと」

真はかなり行動的です。真実を見極めるため、身の危険を冒して一号機に忍び込んだりまでします。
しかし、決定的に色々な部分でかけているんですよ。
そもそもスマホアプリのガイガーカウンターなんて信じていいのか。
知っている知識は基本ネットの知識で、大丈夫かどうかの保証もない。
真奈のお父さんが専門家だからとほいほい聞いてしまう。
幼いんです。子供の視点でこの原子力発電所問題を見つめます。
だから空振りもします。不安は山ほどあるけど、見えないものはどうにもならない。
……それって幽霊も同じかもね。

真と真奈は全然違う目的で動いては居ますが、やることは同じ。
真奈の「私たち気が合うと思うの」の一言で、彼氏と彼女として付き合うことになりました。
だからこの作品はラブコメディです。
キスもしちゃうしね。キャー。
まあ、そのあと、湯沸かし器大変なことになっちゃうけどね。

「湯沸かし器さえなければ、世界は平和」という真の発言が非常に興味深い。
この作品は、真と真奈という二人の、見えないものを追う少年少女の恋愛の物語です。
「この世界は間違っている」というのを、真は放射能を、真奈は幽霊を見て、考え、出会う物語。
あえてふたりの恋愛物語にすることで、難しい原発問題についてのこじれを一切排除し、「不安」を集中的に描くことに成功しています。
どこまでも、徹底的に真と真奈の主観なんです。

そうだよ。
不安ですよ。不安なんですよ、今の日本も。
論理的な話とか、数値とか、経済とかさ。
すごく大事だけど、それよりまずは「不安」なんだ。
この「不安」をうまーくファンタジーと、思春期の視点で包んで描いちゃったから、この作品は読みやすい。

原子力発電所。放射能。
とっても不安です。
そう言ってもいいんだよ、と感じさせてくれるんです。
知識不足だけど不安を感じている真の姿は、あまりにも等身大。
そんな時に、よくわからない不思議ちゃんだけど一緒にいてくれる真奈の存在が癒してくれる、という少年の感覚もいいんだー。
男の子にとって、女の子は謎に満ちていて、だけど憧れる究極の存在だもん。
恋!
恋なのかな?

二人の恋の行方も、爆発しちゃった湯沸かし器も、どうなるのか続きが気になる作品。
思春期の不安と原発への不安をリンクさせながら、幽霊・除霊という見えないものをミックスすることで、非常に読みやすく、誰かと語りやすい作品に仕上がっています。
原発の話が不安なら、二人の恋愛の話でも、幽霊の話でもいい。そこから原発の不安の話になればちょっとだけいい。

ところで、この作品の帯と、表紙をめくったところには、100人のコメントが寄せられてます。多いな!
基本的には絶賛が多いんですが、個人的に好きだったのはこれ。
「原発あきた!(西島ねり(小5))」
わはは。
そうですよね。こういう感想だって、感想ですよ。これが今の日本の感想の一つなんです。
すごくいい。
巻末ではふみふみこがコラボマンガを描いているのですが、これがまた原発とか幽霊とかと全く違う方面での極まり過ぎた不安を描いています。
もんじゅ君が書いた感想ですが「原発についてもっともっと話しやすい空気をつくれますように」というのは、まさにこういう作品から始まるんでしょう。
恋でもいいじゃん。幽霊でもいいじゃん。不安だ、の一言でも、あきた、の一言でもいい。
もっと気軽に。

個人的には、かわいい女の子がゲロを吐くのっていいよねのブームが来ないかな、とこのマンガを見て思いました。
『Young,Alive,in Love』。フリッパーズギターのこの曲って、1990年。もう20年以上前なのね。ポール・アンカだったらもっと前ですね。

西島大介『Young,Alive,in Love』
(たまごまご)