『覚悟〜理論派新人監督はなぜ理論を捨てたのか〜』(栗山英樹/KKベストセラーズ)
今季から北海道日本ハムファイターズで指揮を執る栗山英樹が、 紆余曲折の1年目を振り返る。20年間取材者として生き、野球理論を確立した男が直面した現場の壁とは。

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球界のエースはいなくなった。
期待のドラフト1位には振られてしまった。
将来のエース候補は覚醒しないまま1軍と2軍を行ったり来たり。
悲運のキャプテンは昨シーズンに引き続いての骨折で今季絶望となった。
そんなチームの指揮を執るのは、指導者経験が一度もない新米監督……

勝てる要素が見当たらない。
事実、開幕前にこのチームの優勝を予想した解説者・評論家は皆無だったはず(OBの岩本勉、大島康徳ですら3位予想。去年までチームを率いていた梨田前監督に至っては4位予想だった)。そんな周囲の予想を裏切ってレギュラーシーズンを1位で抜け、今まさに頂点を目指し日本シリーズに挑んでいるのが今季の北海道日本ハムファイターズだ。
なぜ、今年もファイターズは強いのか。その秘訣を具体的な選手名を挙げながら、実際の試合展開を振り返りながら、監督・栗山英樹自らが綴った本『覚悟〜理論派新人監督はなぜ理論を捨てたのか〜』がペナントレース終了とともに刊行された。

長いペナントレースを戦い続けて結果を出すためには、理論や確率を越えた先にある感覚こそが大事であると語り、泥臭いまでの勝利への執念を大切にする姿は、まさに『覚悟』の現れだ。解説者・スポーツコメンテーター時代には想像し得なかった監督としての辛い経験、敗戦や失敗に何度もぶつかった上での結論であり、重みがある。

だが、その『覚悟』以上に印象深いのが、栗山監督の根底に流れる「伝える姿勢」(タイミング・場所・方法)、そして選手やコーチの意見に「耳を傾ける姿勢」を大切にする、徹底したコミュニケーション術だ。それこそが、選手としては一流になれずとも、長い解説者生活を経たからこそ身につけることができた、他の監督にはない個性であり長所なのではないだろうか。
それを証明するように、本書の中には昨年末の監督就任以降、選手やチームスタッフと交わした様々なコミュニケーションの内容と方法論が登場する。

・監督就任後、まず最初に行った主力メンバーとの直接面談
・斎藤佑樹に開幕戦先発を告げたタイミングと手段、そしてその理由
・ダルビッシュと交わしたファイターズ論
・田中賢介へのキャプテン就任要請の電話
・開幕の日、選手・裏方全員と結束を高めるために行った「水杯」の儀式
・2番稲葉起用の理由、そして選手への説明責任
・4番中田翔にこだわった理由
・斎藤佑樹2軍降格の理由と期待したいこと
etc.

特に象徴的な事例を挙げるとすれば、やはり物議を醸した「開幕投手・斉藤佑樹」についてだろう。本書の中でも10ページ以上の紙幅を使ってその意図、斉藤本人への告知方法、本来開幕投手を務めるべきエース武田勝への配慮、そしてチームに及ぼす影響を考えて斉藤よりも先に主力メンバーに「開幕・斉藤」を伝えたことなど、事細かに記されている。
(この辺、ファンに対しての説明責任を果たそうとする意図がうかがえる。これもまた「チームをどう見せるか」という視点に立った栗山流コミュニケーション術のひとつだろう)

ダルビッシュが抜けたことで失う「勝ち星」よりも「投球回数」を埋めるため、そして斉藤自身の自覚を促すための開幕起用という大ばくち。
「今年、1勝もできないかもしれないからね」と斉藤自身に伝えながら、長いイニングを投げ続けることでいろんなことを学んでほしいという親心。
《重要なことは穴を埋めることだけではない。全体のバランスのなかで、大きな穴をカバーできているかどうかなのだ》
《自分が監督としての本当の怖さを知らないということを、僕は自覚していた。怖さを知らないからこそ、できることもある》
という確信犯的思惑があっての「開幕投手・斉藤佑樹」だったことがわかって来る。
結果的に2軍生活が長くなり、「投球回数」という期待に斉藤は応えることはできなかったわけだが、開幕戦に勝利したことでスタートダッシュに成功したチームは、一度もBクラスに落ちることなくペナントレースを戦いきることになる。

このように、ある時は直接面談時間を設け、またある時は手紙や電話を介し、時には小道具も使うなどその手法はまさに千差万別。プロの世界の現役の監督が、これほど赤裸々に選手とのコミュニケーションを明かした例は珍しいだろう。
その過程では何度となく後悔の弁や失敗エピソードが登場し、「監督」という言葉から連想する強烈なリーダーシップやカリスマ性はない。
あるのは悩み、迷う、正直な男の姿だ。
「頭の中が真っ白になった瞬間が何度もある」と告白するなんて、監督としてはあるまじき行為だ。
とても頼りなく感じる反面、それこそが今の時代に求められるリーダー像のようにも思えてくる。

勝つためには「自分色」なんて必要ないと語り、コーチを信頼し、選手の能力を最後まで信頼する。
リーダーがすべきことは目標設定であり、必要なときに決断すること。
その手段として必要な要素が、周りの声を聞く力であり、自分の意見をわかりやすく説明する力なのだろう。

日本シリーズは東京ドームでの2連戦を終了し、いよいよファイターズの本拠地・札幌ドームでの戦いへと移行する。
2連敗というスタートになってしまったファイターズだが、それでも当然、栗山監督は諦めていないはず。その決意の表れが本書の冒頭で記された「ある吹雪」への願望だろう。

1966年のワールドシリーズで快進撃を遂げた「ミラクル・メッツ」の優勝パレードの日、天気予報が発した「晴れ、ところにより紙吹雪」という粋なコメントを引き合いに出し、《監督就任が決まって以来、ずっと雪化粧した北海道の大地に、カラフルな紙吹雪が降り積もる光景を夢見て来た》と綴る。
その雪を実現するために必要なこと……それこそが栗山監督の『覚悟』に裏打ちされた言葉なのだ。
日本シリーズ終了後にはドラフト1位指名した大谷翔平(花巻東)との交渉も控えており、ますます栗山監督の「言葉の力」の真価が問われるのは間違いない。

「皆さんの愛したファイターズの選手たちは、最高です。」
クライマックスシリーズを制した際の勝利監督インタビューで栗山監督が発した言葉だ。
日本シリーズを闘い終えてどんな言葉を残し、来シーズンにつなげていくのかも、せひ注目していきたい。
(オグマナオト)