■小島が消えた
「小島がいない」

ミックスゾーンを取り巻く取材陣が、小島秀仁の姿がないのに気付いたのは、ロッカールームへとつながる通路に人影がみえなくなってしばらくのことだった。自分を含め取材者にとって、敗北の十字架を背負った“主役"のコメントは欠かせない。だが、その本人が消えた。ミックスゾーン通過をだれも気付かなかったのか、それとも別口から引き上げたのか。取材陣が気をもみ始めたころ、小島はすでに選手バスの最後列にいた。

全国高校サッカー選手権3回戦・前橋育英-流通経済大柏(1月3日)の試合は80分を終えて決着せず、準々決勝への扉を開ける勝負の行方はPK戦へと持ち込まれた。コイントスで勝った前橋育英の主将・小島秀仁はいつものようなポーカーフェイスで何のためらいもなく先行を選択した。

「最初のキックを決めて相手にプレッシャーを与えようと思っていた」

しかし、ファーストキッカーとしてペナルティアークに立った背番号14の背中には想像をはるかに越えた重圧がのしかかっていた。

■プラチナ世代屈指のボランチ
喜怒哀楽を内に秘めるプラチナ世代のボランチだ。ピッチ内外でみせる冷静沈着な言動は、ゲーム全体を俯瞰しピッチ全域に長短の高精度パスを配給するプレースタイルにもつながっている。09年のインターハイで全国優勝を成し遂げたときも、今年度の全国選手権出場を決めたときも、浦和の入団内定会見でも、小島は常に冷静だった。このPK戦でもペナルティアークでGKと対峙しながら静かに呼吸を整える表情は、普段と何ら変わりないようにみえた。

だが最後の選手権、そしてPK戦という特別な舞台は18歳の高校生の心を大きく揺さぶった。「周りの声がまったく聞こえなくなって、これを決めなければいけないという気持ちだけが大きくなっていった」。その緊張感がキックに影響を及ぼすことになる。ゆったりとした助走から蹴り出されたシュートはバーを大きく越えていった。

■心の中がぐちゃぐちゃになった
「左に蹴ろうと思って助走に入ったけど、蹴る前にGKが左に飛ぶのが分かったので咄嗟に上にコントロールしようとした。でもうまくボールを捕らえきれなくてああいう結果になってしまった。選手権の3試合を通じて納得できるプレーができなかったのに最後まで足を引っ張ってしまった。キャプテンとしての責任が果たせなくて……、もう心の中がぐちゃぐちゃでした」

前橋育英は小島を含めた4人中3人がPKを外して3回戦敗退となった。流通経済大柏の選手たちが歓喜に沸いていたとき、小島はセンターライン付近に呆然と立ちすくみ、人目もはばからずに涙をこぼした。バックスタンドへ挨拶に出向くときもベンチコートのフードを深く被っていた。チームメイトが駆け寄り言葉をかけるたびに右腕で顔を覆った。感情をコントロールできない小島をみたのは、これが初めてだった。

「3年間、選手権で勝つために努力してきたのに自分がPKを外したことでチームが負けてしまった。ベンチに入れない3年生とかみんなに申し訳なくて顔を上げることもできなかった」

ロッカールームから出た小島はミックスゾーンを通過せず大会関係者の誘導によって裏口からスタジアムを出て、選手バスに乗り込んでいた。小島が車内にいることに気付いた取材陣はバスの周囲に集まり出した。学校関係者の配慮により、小島はバスを降りて取材に応じた。バスの出発直前だっただけに断ることもできたはずだが、勇気を持ってバスを降りた。

「負けたあとだったし気持ちも滅入っていて何を話したらいいか分からなかったけど、バスを降りて話すことも自分の責任だと思った」

小島は約10分間、記者からの質問を受けてから学校関係者の車で会場をあとにした。最後の選手権はこのような結末で幕を閉じた。