“にわかファン”まで熱狂させた「ラグビーW杯」の夢よ、もう一度…「2035年大会」招致活動でラグビー人気再燃なるか
アジア競技大会の運営に関して数々の不手際が指摘され、国内外から批判が渦巻く中、9月30日の読売新聞朝刊の片隅に「ラグビーW杯招致議連」の見出しで次の記事が報じられた。【小林信也(作家・スポーツライター)】
【写真】パシフィックネーションズカップ2026王者になったラグビー日本代表の姿
みんなが“にわかファン”だった2019年
<2035年ラグビーワールドカップ(W杯)の日本招致を目指す超党派の有志議員が29日、議員連盟(議連)を設立した。国内の機運醸成や招致活動の支援に取り組む。議連は29日に国会内で役員会を開き、「国会ラグビークラブ」で会長を務める自民党の武田良太元総務相に役員人事を一任した>
一読して、あの“にわかの夢”をもう一度、そんなフレーズが頭に浮かんだ。

2019年に日本で開催されたラグビーW杯は、大会前の不安を吹き飛ばすどころか、日本スポーツ史上においても「燦然と輝く」と表現していいほどの大成功を収めた。日本中が、それまでなかなか“メジャー”とは認識されなかったラグビーの話題で持ち切りになり、確かに日本全体がラグビー日本代表の活躍によって“ワンチーム”になったような一体感を醸しだした。
誰もが「にわかファン」を公言した。「これまで全然興味がなかったけど、見るとラグビーって本当に面白い!」、ほとんどみんながそうだから、急に騒ぎ出したことが恥ずかしくない、そんな開き直りともいうべき熱狂が、日本列島に充満した。
大会の盛り上がりには日本代表の快進撃が必須。これは関係者のみならず誰もが予想していたが、果たして期待どおり日本代表が旋風を巻き起こしてくれるか。期待と不安が強く渦巻く中で、日本代表は初戦でロシア代表を30対10で破る。ここはひとまずクリアし、問題は次の強豪アイルランド戦。序盤最大の試金石である。この難敵相手に19対12、ジャイアントキリングを起こした頃から日本列島に火が点き始めた。3戦目、これも本来は難敵のサモア代表を38対19で一蹴した。3戦全勝でプールAの最終戦、対スコットランド戦に臨む展開は、ファンなら誰もが夢見てはいたが、現実にそうなるなどと確信していた関係者がどれほどいただろうか。
完成度の高いスポーツ
開始6分、フィン・ラッセルのトライとグレイグ・レイドローのコンバージョンキックでスコットランドの7点先制を許す。だが、それで意気消沈する日本代表ではなかった。17分に松島幸太朗、25分に稲垣啓太、39分に福岡堅樹がトライを奪い、キックもすべて田村優が決め21対7。リードを奪って前半戦を終えた。
後半も福岡のトライと田村のキックで加点。2トライを返されたものの、28対21で逃げ切り、決勝トーナメントへの1位通過を決めた。
この時の興奮状態、お祭りムードは他の方法で作り出そうとしてもできるものではない。それこそが、スポーツこそが生み出せる国民的高揚感そのものだった。
私は、20代の頃からラグビーとの縁が生まれ、かつてプリンスと呼ばれた本城和彦選手(早大出)が所属するサントリーラグビー部に長く取材を重ねた。その関連から、ゲームの影の演出家とも呼ばれるレフリーたちと親しく交流するなど、他の競技とは異なるラグビーの魅力を体感していた。野球出身の私とすれば悔しい思いもあったが、人間が秘める心身の機能や可能性を最大限に引き出せる、持ち味の違う15人が見事に個性を発揮し、これを統合してチームという結晶になる。その競技性の完成度の高さに感服していた。
肉体と肉体が激しくぶつかり合う。一見、野蛮なようでいて、整然とした規律に貫かれ、勝負が終わった時には、きれいごとでなく、大半のラガーマンたちが清々しい思いに包まれる。これもまた人間社会に必須の闘争的な調和だと感じ入った。
だから、ずっとマイナー扱いされていたラグビーが2019年W杯によって熱く認知され、いよいよ日本のナンバーワン人気スポーツになる時代が到来した、と感じたときには、これで世の中が少し良くなるのではないか、とさえ期待した。
日本代表は決勝トーナメント準々決勝の対南アフリカ戦で苦杯をなめた。3対26。ワンチームの快進撃はそれで終わった。だが、日本列島に巻き起こったラグビーの熱気は次の行き場を求めていた。年が明けて2020年1月。トップリーグの会場にあふれ返るほどのにわかファンが押し寄せた。
開幕戦当日、秩父宮(東芝対サントリー)には2万1564人、神戸製鋼対キヤノン戦には2万3004人が集まった。翌週の豊田スタジアム(トヨタ自動車対パナソニック)には3万7050人、翌々週の神戸製鋼対サントリー戦には2万6312人。W杯前には見られなかった熱狂がスタジアムで再現された。にわかファンたちは、自分の推しがプレーするトップリーグの各チームの試合に足を運ぶようになったのだ。
コロナ禍が消した熱波
この勢いなら、野球も、サッカーもしのぐ国民的人気スポーツになるのではないか。ラグビー関係者はもとより、古くからのラグビーファンも、少し複雑な思いを抱えながらも淡い期待を抑えられなかったに違いない。
ところが、コロナ禍が、木っ端みじんに、その熱波を雲散霧消させてしまった。トップリーグは中断され、それから長い自粛の期間が続く。1年以上が経って、新しいシーズンが始まった時、もはやあの華やかな空気は失われていた。観客数も千人単位となり、千人に満たない試合さえもあった。あの熱と勢いはコロナ禍で消滅したのだ。
それから5年以上が過ぎた今、まるでW杯2019の感動などなかったかのように、ラグビーをめぐる状況は静かだ。
トップリーグは「ジャパンラグビー リーグone(ワン)」と名前を変え、プロとしての組織充実を図るなど、関係者は改革の努力を続けている。
そんな中での「2035年W杯招致」の報道。あの夢の再来に思いがふくらむ一方、9年も先か、とのため息も漏れる。いまやれること、いまやるべきことは当然あるはずだ。
2035年が決まるにしても、その時の日本代表には期待できるのか?
リーグワンは来季からの選手登録制度の見直しを発表した。海外出身選手の出場枠を狭め、日本出身者の出場機会を増やすことにより、日本人選手のレベルアップを期待する方針と言われる。2019年のラグビーワールドカップでは、海外出身選手を日本代表に積極的に採用し、彼らとのワンチームで快挙を成し遂げたにもかかわらずだ。
ある意味、スポーツ界に新たなムーブメントを巻き起こしたラグビー界が、他の競技と同様の方向性に後戻りする判断。外国出身選手に依存しない決意の表れとも理解できるが、かつてのにわかファンたちはどう考えるだろう。
2035年大会の日本招致も含め、相変わらず一般ファンの声が届かない奥の院ですべてが決められるスポーツ界の体質には疑問を感じるばかりだ。
スポーツライター・小林信也
デイリー新潮編集部
