9月場所が行われる両国国技館

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“横綱は負けてはいけない”“横綱が休場を重ねたら進退を問われる”--相撲ファンの間では、そんな常識がまかり通っている。9月場所前は休場を発表した横綱・豊昇龍に対して冷たい非難が浴びせられた。怪我をして、7月場所後に右膝の手術を受けた横綱になぜそんな心無い言葉を平気で投げつけるのか、腹立たしい思いで一杯だった。批判する人は、横綱という地位に過剰な思い込みを抱き、「横綱は休んではいけない」との妄想にとりつかれているのではないか。【小林信也(作家・スポーツライター)】

【写真】力士の像やのぼりが旗めく両国の街並み

横綱は休みがち

 そもそも、横綱は本当に休場していないのだろうか。調べてみると、興味深い事実が浮かび上がった。“常識”とは裏腹に、横綱は、大関以下のどの地位の力士よりよく休場しているのである。

9月場所が行われる両国国技館

 第74代豊昇龍以前の10人の横綱の記録を見てみよう。第64代の曙から第73代の照ノ富士まで、横綱在位合計は366場所。場所中の引退もあるので、在位合計日数は5442日となる。このうち休場の合計は1394日。「休場率」を計算すると2割5分6厘の数字が浮かび上がった。

 データで見れば、横綱は4日に1日以上、あるいは4場所に1場所以上休んでいるのだ。

 休場日数だけを比べると、10人の中で最多は白鵬の232日。横綱在位も84場所と歴代最長だから休場率は低い(1割8分4厘)。2007年7月に横綱昇進後、始めの8年48場所は一度も休まず土俵に上がり続けたのは見事だ。が、2015年9月場所で途中休場してから休場が増えた。

 次いで多いのは鶴竜の227日、3位は貴乃花で201日。いずれも大きな怪我で長く土俵を離れた印象が残っている。

 遡って第44代栃錦、第45代初代若乃花、いわゆる「栃若時代」を調べると、栃錦は横綱として292勝84敗、休場は32で休場率は1割以下の7分8厘だ。初代若乃花は254勝66敗1分、休場54。休場率は1割4分4厘だから、最近の横綱よりは遥かに「休まず土俵を務めた」と言えるだろう。だがこの時代も栃若以外はよく休んでいる。

 第46代朝潮は在位16場所で休場80日、休場率3割7分3厘。小兵横綱で知られた第49代栃ノ海は在位17場所で休場84日、休場率3割2分9厘。

 栃錦以降、照ノ富士までの30横綱のうち休場率が3割以上の横綱が8人いる。2割以上が7人だ。つまり昭和の時代から、横綱はよく休んでいたのだ。だから「横綱は休んではいけない」という決めつけは、“強い要望”ではあっても、義務でも不文律でもないのだ。

 当然と言えば当然だが、横綱に昇進する前は、朝潮、栃ノ海にしても休場率は1割前後で、たいていの力士は1割以下だ。休めないのは、休場すれば番付が下がる横綱以外の力士であって、負け越しても地位の変わらない横綱だけが「休む特権」を与えられている。横綱昇進までに年齢も重ね、古傷のような怪我も抱えがちなのだろう。若い頃よりずっと怪我で土俵に上がれない確率が高まるのも仕方がないのかもしれない。

 データを見直して驚嘆させられた横綱がいる。生涯通算成績は619勝305敗。横綱在位10場所の成績が130勝20敗。10場所中9場所で12勝以上を記録。日本相撲協会によれば、勝率8割6分7厘は「昭和以降の横綱では、双葉山の8割8分2厘、白鵬の8割7分5厘に次ぎ、大鵬の8割5分8厘を上回る」、抜群の安定感を誇ったこの力士は第51代玉の海だ。

 玉の海は土俵人生を通じて一度も休場したことがない。初土俵から横綱時代まで、1日も休まず土俵に上がり続けた。北の富士のライバルと言われ、「北玉時代」をファンが楽しみにしていた矢先、玉の海は突然病気でこの世を去った。中学時代、「横綱・玉の海が盲腸で亡くなったぞ」、唐突なニュースを午後の授業中に技術家庭科の教師から聞かされた時の驚きをいまも覚えている。不死身と思われた無休の横綱・玉の海が病魔に命を奪われた。あまりに信じられない出来事だった。

正しい相撲の楽しみ方

 さてもうひとつ、「横綱は本当に強いのか」を検証してみた。もちろん強くあってほしいのだが、現実はそうとも限らない。

 年6場所になった1958年1月から1961年11月(大鵬新横綱優勝)までの4年間24場所中、横綱の優勝は14場所。つまり他の10場所は大関以下が優勝している。その後は「横綱・大鵬の時代」となり、横綱が優勝する場所が続く。

 2000年1月から2003年11月までの24場所を見ても、横綱の優勝は11場所、大関以下が13勝と横綱は旗色が悪い。その後は横綱に昇進した朝青龍が強さを発揮する。歴史に名を残すような「強い横綱」が登場するまで、角界は群雄割拠、「下剋上さながらの戦いが展開されるからこそ面白い」「横綱が優勝するか、大関以下がこれを阻止するかに面白味がある」と理解する方が「正しい相撲の楽しみ方」のように思う。

 豊昇龍が横綱昇進後まだ優勝がないことを嘆くファンや関係者も多いが、怪我が癒えたらきっと賜杯を手にするだろう。その日をジッと待ち望むことがなぜ出来ないのだろう。

 在位中に優勝できず引退した横綱は過去にもいる。一番印象深いのは第66代3代目若乃花だ。小結で1回、大関で4回の優勝を経験しているが、11場所の横綱在位中は優勝できなかった。それでも今なおAbema TVの解説者として人気抜群だ。

 やはり解説でしばしば登場する芝田山親方(第62代大乃国)も、昇進3場所目に優勝したが、以後3年間(計20場所)は優勝に届かないまま引退した。

「横綱は10勝以上が最低の責任」と決まり文句のように言われる。日本相撲協会にそんな決まりはないのだが、「10勝できなければ進退問題になる」と、これも相撲ファンの了解事項のようになっている。栃錦以後、平均勝率を一場所の勝利数に換算して10勝に達しない横綱は6人存在する。この中で最低勝率は第72代稀勢の里で36勝36敗、休場97で勝率は5割ちょうど。次いで栃ノ海の8.95勝、3代目若乃花の9.24勝と続く。

「横綱は最低10勝」「常に優勝を争うべし」と期待されるが、実際にはそうとも言えない。

 9月場所はこの記事の配信当日(27日)に千秋楽を迎える。この原稿を書いている時点で横綱・大の里が久々に優勝争いのトップに立っている。大の里が自分の相撲を取り戻し、朝青龍、白鵬らに続く大横綱になり、豊昇龍がライバルとして「大豊時代」を築いてくれれば「強い横綱」の時代は復活するだろう。だが、大関・安青錦がいる、熱海富士が強くなっている、藤の川の強さも驚きだ。こうした力士たちと横綱との優勝争いが展開されるからこそ、大相撲は面白い。

スポーツライター・小林信也

デイリー新潮編集部