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「5,000万円の財産があると聞いても、相続したいとは思いません」。亡くなったのは、広島県で一人暮らしをしていた西本義信さん(仮名・78歳)。生前より家族とは距離を置き、困ったときに頼っていたのは地元のお寺でした。相続人となった75歳の妹もまた、兄である義信さんとの間だけでなく、生まれ育った家そのものに複雑な思いを抱えていました。「お金よりも、もう関わりたくない」。そう決断させた家族の過去と、おひとり様が最期を託す相手について考えます。※本記事は、終活支援専門の行政書士である伊藤昌陸氏が解説します。また、プライバシーに配慮して、登場人物の情報に一部変更を加えています。

「5,000万円あっても相続したくありません」75歳女性の意外な答え

広島県で一人暮らしをしていた西本義信さん(仮名・78歳)が亡くなりました。配偶者も子どももいない「おひとり様」でした。

亡くなったあとに確認された財産は、預貯金などを合わせて約5,000万円。決して小さな金額ではありません。

義信さんの相続人を調べると、妹と異母姉がいることがわかりました。妹の年齢は75歳。一般的に考えれば、5,000万円もの財産が残されていると知れば、相続を希望しても不思議ではありません。

しかし、妹の反応は意外なものでした。

「私は相続したくありません。できれば、兄とはもう関わりたくないんです」

話を聞いていくと、兄妹だけの問題ではないことがわかってきました。

妹が育った家庭では、長男が特別な存在だったといいます。

「すべては長男のためという感じで、私は大学に進学したくてもその機会を与えてもらえませんでした」

家族のなかで自分よりも長男が優先される--。そんな環境で積み重なった思いは、何十年という時間が経っても消えることはありませんでした。妹にとって、今回の相続は「兄の遺産5,000万円を受け取るか」というお金の問題だけではなく、かつての家族との関係にもう一度向き合うことでもありました。

だからこそ、

「財産が欲しいかどうかではありません。もう関わりたくないんです」

という結論に至ったのでしょう。

家族ではなく「お寺」を頼った兄--その背景にあった孤独

一方、亡くなった兄にも、家族とは距離を置いて生活してきた長い年月がありました。

配偶者も子どももいない兄は、年齢を重ねるにつれて

「自分が倒れたら誰を頼ればいいのか」

「亡くなったら誰が葬儀をしてくれるのか」

「お墓には誰が骨を納めてくれるのか」

といった問題が現実味を帯びてきたのです。
 

そこで兄が頼ったのが、地元のお寺でした。お寺とは、単にお墓がある場所というだけではありません。家族とは疎遠でも、ご住職とは顔を合わせる。法要や供養の相談だけでなく、生活のことや将来の不安についても話をする。そうした一つひとつの関わりが、身寄りのない兄にとって大きな安心につながっていたのだと思います。

そして兄は、生前にお寺と死後事務委任契約を締結しました。

「自分に何かあったときは、お寺にお願いしたい」

そこには、葬儀や納骨をしてほしいという希望だけではなく、自分の最期を自分が信頼できる人に託したいという思いがあったのでしょう。血縁関係があるから信頼できるとは限りません。反対に、血縁関係がなくても、長年の付き合いのなかで家族以上に頼れる存在になることがあります。

おひとり様の終活に携わっていると、こうした場面に出会うことがあります。今回の兄にとって、その存在がお寺だったのです。
 

「相続放棄すれば終わり」のはずが…財産に手を付けてしまった

妹と異母姉は、兄の相続を放棄する方向で手続きを考えました。しかし、ここで新たな問題が判明します。

この時点で、相続財産の一部を使ってしまっていたのです。

相続放棄は、「財産はいりません」と家族同士で話し合えば成立するものではありません。原則として、自分のために相続が始まったことを知ったときから3か月以内に、家庭裁判所へ申述する必要があります。

さらに注意しなければならないのが、亡くなった人の財産をどのように扱ったかです。相続財産を処分した場合、その行為が「法定単純承認」に該当し、相続放棄が認められなくなる可能性があります。

「相続するつもりはなかった」「しかるべき理由があって使っただけ」といった場合でも、自己判断で財産を動かすことには注意が必要です。5,000万円を相続したくないという意思があっても、その意思だけですべてが解決するわけではないのです。
 

「誰に財産を残すか」だけではない--誰に最期を託すのか

この事例から見えてくるのは、おひとり様の終活には2つの準備が必要だということです。

一つは、亡くなったあとのことを誰に託すのか。もう一つは、残った財産を誰に託すのか。

今回、兄は生前にお寺と死後事務委任契約を結び、自分の最期を託す人を決めていました。しかし、死後事務委任契約だけでは、約5,000万円の財産を最終的に誰へ承継させるのかまでは決まりません。

もし「疎遠になった親族には財産を残さず、自分がお世話になった人や団体へ託したい」という意思があるのであれば、遺言などを組み合わせ、元気なうちに財産の行き先までを設計しておく必要があります。

一例として、寺院や社会福祉団体、自然保護団体など、自分の価値観に合う相手へ財産を遺す「遺贈寄付」という選択肢があります。もちろん、相続人の範囲や遺留分など、個別の事情を確認したうえで設計することが必要です。

今回の事例で印象に残ったのは、5,000万円という金額ではありません。相続人である妹が選んだ、「お金よりも家族との関係を終わらせたい」という決断です。そして、亡くなった兄が家族ではなくお寺を頼ったという事実です。

2人の選択は、一見すると別々のものに見えます。しかし、その背景にはどちらも「家族との長い歴史」が関わっていました。

家族がいるから、最期を任せられるとは限りません。相続人がいるから、財産を残したいとも限りません。

だからこそ、おひとり様の終活では、誰か相続人になるかだけではなく、「自分は誰を信頼し、誰に最期と財産を託したいのか」までを考えておくことが大切なのです。

伊藤 昌陸

AOMA行政書士事務所

代表