【松田 聡子】デフレ期は「年収600万円」でも買えた東京23区の2LDK…いま必要な年収は「1963万円」

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「デフレからの脱却」は長く日本経済の課題とされてきました。しかし、FPとして家計相談をしていると疑問を感じます。物価も給料も上がった今のほうが、本当に暮らしやすくなったのでしょうか。

デフレ期に年収600万円の会社員が4800万円で買えた東京23区の2LDKマンションは、いまや1億円を超えています。給料も13年で1割以上は上がりましたが、それでは到底追いつきません。

では、2012年と同じ負担感で同じ家を買うには、いくらの年収が必要なのでしょうか。試算してみると、実際の年収とはあまりに遠い数字が浮かび上がりました。

前編記事から読む→デフレ期なら4800万円だった東京23区の2LDK…いまや「1億円超」、年収690万円では「審査も通らない」

給料はいくらになれば「2012年並みに買える」のか

では現在のマンションを、デフレ期終盤の2012年と同程度の負担感で購入するには、どれくらいの年収が必要なのでしょうか。

2012年のモデルでは、年間返済額約173万円は年収600万円の約28.8%でした。

2026年の年間返済額約565.2万円を同じ28.8%程度に抑えるには、単純計算で必要な年収は約1,963万円です。賃金の伸び率を加味した年収690万円の約2.8倍にあたります。13年間で年収が90万円増えたとしても、2012年並みの負担感を取り戻すには、さらに1,200万円以上の上積みが必要だということです。

反対に、年収690万円のまま返済負担率を約28.8%に抑えると、借りられる金額は約4,000万円となります。頭金を10%用意するとしても、購入できる物件価格は約4,440万円です。つまり、13年間の賃金上昇を反映して年収が90万円増えても、2012年に約4,800万円で買えた住宅より安い物件でなければ、同程度の返済負担には収まりません。

もちろん、「年収1,963万円なければ絶対に東京23区でマンションを買えない」という意味ではありません。エリアや築年数、面積、頭金、住宅ローンの金利タイプなどの条件を変えれば購入できるケースもあるでしょう。

重要なのは、同じ条件で比較したとき、住宅を買うために必要な所得の伸びに、実際の賃金上昇がまったく追いついていないことです。

「賃上げのニュースが続いているのに、なぜ豊かになった実感が乏しいのか」という問いに対する答えの一つがここにあります。収入の伸びは数%から十数%の単位にとどまる一方、暮らしの土台となる資産の価格は、それをはるかに上回る速さで動いているからです。

もちろん東京23区の平均価格は都心の高額物件に押し上げられています。周辺区や中古マンション、より小さな物件を選べば価格は下げられます。

ただ、それは「2012年と同じ家を同じような所得層が買う」ということではありません。

地方でも「2,000万円台」が「5,000万円近く」に

そして、地方もこの問題と無縁なわけではありません。

筆者は群馬県でFPとして住宅購入の相談を受けてきました。デフレ期には、県内でファミリータイプの新築マンションを2,000万円台で購入できることも珍しくありませんでした。

それが現在では、5,000万円近いマンションを目にすることもあります。

東京ほど極端ではありませんが、「以前と同程度の所得では、以前と同じ住宅を選びにくくなった」という変化は、地方でも感じます。

また、所得が追いついていないのは住宅だけではありません。

最近の家計相談では、夫婦と子ども2人の4人家族で、食費が月10万円程度でも、私は特に「使いすぎ」と感じなくなりました。

総務省の「家計調査報告/家計収支編」では、2025年の二人以上世帯の食費は9万4,895円でした。平均世帯人員は2.87人です。ここからも食費10万円が特に改善の必要な金額とはいえないことがわかります。

家計を圧迫するのは住宅や食費だけではありません。光熱費、日用品、教育費など、暮らすうえで簡単には削れない支出もあります。

名目の賃金が増えていても、こうした費用がそれ以上に膨らめば、自由に使えるお金は残りません。貯蓄や教育、余暇に回せる余力が細れば、人生の選択肢も狭まります。

本当に怖いのは「デフレ」ではない

デフレ期には、十分な所得を得ること自体の難しさがありました。

一方、現在の家計が直面しているのは、一定の所得を得ていても、その伸びを住宅や生活必需品などの価格上昇が上回るという、別の難しさです。

生活者にとって本当に厳しいのはデフレそのものより、生活に必要なモノやサービス、住宅などの価格上昇に所得が追いつかない状態ではないでしょうか。

デフレ期には、給料は上がりにくかったものの、住宅をはじめとする価格も上がりにくい環境でした。少なくとも価格面では、将来必要になる金額を見通しやすく、一定の所得を得ている世帯にとって生活設計を立てやすい側面もあったと考えられます。デフレは経済全体から見れば克服すべき課題でしたが、家計にとっては、目に見えにくい恩恵もありました。

これから見るべきは賃上げ率ではなく、自分の購買力

物価も所得も動く時代には、家計の物差しも変える必要があります。

「今年は給料が3%上がった」といった数字だけではなく、生活に必要な支出を差し引いたあとに、住まい、教育、老後、余暇などへどれだけのお金を振り向けられるかを見ることが大切です。

仮に年収が10%増えても、住宅費や食費などがそれ以上に上がれば、できることはむしろ減ってしまいます。

筆者もこれまで、「インフレに負けない運用をしましょう」とアドバイスしてきました。余裕資金を長期・分散投資に回し、資産の実質的な価値を守ることは重要です。

しかし、運用益だけで生活コストの上昇を補うには限界があります。

必要なのは、もっと根本的なマネープランの前提の見直しです。

住宅、教育、老後といった人生の大きな支出について、デフレ期の相場感を前提にせず、現在の所得と価格の関係から計画を組み立て直す必要があります。

デフレかインフレかだけで、私たちの暮らしの豊かさを測ることはできません。

生活者にとって重要なのは、今の所得で人生に必要なものをどれだけ無理なく手に入れられるかです。

デフレ脱却後の今、家計に求められているのは、「物価が上がれば経済は正常」というマクロの物差しとは別に、自分自身の購買力を見直すことではないでしょうか。

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松田聡子

ファイナンシャルプランナー / 群馬FP事務所代表

群馬県前橋市出身。明治大学法学部卒業。大学卒業後、IT企業でエンジニアとして15年間勤務し、金融システムや物流システムの開発に従事。その後、国内生命保険会社へ法人コンサルティング営業職に転身し、2009年に独立系ファイナンシャルプランナーとして開業。以後、個人向けマネー相談や企業向けコンサルティングの他、企業型確定拠出年金導入企業向け従業員研修の講師などに携わる。2020年より金融経済ライターとしても経済メディア、メガバンクオウンドメディアなどに実務経験を活かした記事を寄稿。著書『60分でわかる!住宅ローン超入門』(技術評論社)。日本FP協会認定CFP。

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