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ホンモノのクルマがいない世界

『ニワトリが先か玉子が先か』みたいな話ですが、それをクルマ好きの子供にあてはめてみると『実車が先かおもちゃが先か』といったことになりましょうか。

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ちなみに自分自身はどうだったかと振り返ってみると、やはりおもちゃが先だったかもしれません。というのも、両親や親戚にクルマの免許を持っている者がまるでいなかったこと。まだ、カローラやサニーが生まれるマイカー時代以前で、自宅が比較的街中にあって公共交通機関で用が足りていたこと。


今回は10年ほど前に衝動買いした、このプラモデルの話です。何だかわかりますか?    長尾循

そういった諸々の理由が重なって、自分が子供の頃は身近で触れることができるホンモノのクルマがいない世界で暮らしていました。当時は図鑑や雑誌で見る写真とイラスト、そしてティントーイやミニカーなどのおもちゃが、憧れの自動車の全てだったのです。

そんな子供だったものですから、実車は見たことがなくてもモデルカーを通してなら知っているぞ、というクルマは徐々に増えていきました。小学校に入学する頃には「世の中に自分の知らないクルマなぞない」と思うほど。もちろん無敵感に溢れた無邪気な子供の勘違いです(笑)。

逆に還暦を過ぎた今では、次々に登場する新車の名前をなかなか覚えられず、さらに昔はよく知っていたクルマのことを忘れてたりするので、今や『世の中は自分の知らないクルマが増え続けている』という状態になっていますが……。

実車とモデルカーの間を行ったり来たり

ともあれ、そんな実車とモデルカーの間を行ったり来たりする日々は生活は大人になってからもあまり変わらず。そしてつい先日、今まで『模型でしか見たことのなかったクルマ』を実際にヒストリックカーイベントで見かけたので、今回はそんな話から。

さる9月13日、新潟県は糸魚川市で開催された『第35回日本海クラシックカーレビュー』。これは上信越、北陸エリアを代表する歴史あるイベントで、毎回100台以上もの粒ぞろいのヒストリックカーが集まることで有名です。


『ヴェロレックス・オスカー』あるいは『ヴェロックス16/250』と呼ばれるクルマに出会いました。    長尾循

毎回お馴染みの常連エントラント、そして初の参加となるフレッシュなクルマとオーナーがバランス良く集まった当日の会場で、一際目を引いたクルマがこちら。ご覧のとおり奇妙な姿のスリーホイラー、『ヴェロレックス・オスカー』あるいは『ヴェロックス16/250』と呼ばれるクルマです。

馴染みのない車名ですが、このクルマの生まれ故郷は東欧は旧チェコスロバキア。東西冷戦終結までは旧共産圏を代表する工業国として知られ、チェコとスロバキア、ふたつの国に別れた現在でも、スコダやタトラといった彼の地ゆかりの自動車メーカーは今なお盛業です。

始まりは戦前、1936年のこと

このヴェロレックス、一見すると第二次世界大戦後に世界各国で雨後の筍のように生まれた、戦後窮乏期のバブルカーの一族にも見えますが、ヴェロレックスの始まりはもっと古く戦前の1936年のこと。

人々に軽便で安価なモビリティをと目論んだフランティシェク・ストランスキーとモイミラ・ストランスキー兄弟によってチェコスロバキアのソルニツェで創業されたメーカーで、そのお手本となったのは英国のモーガン・スリーホイラーだったと言われています。


ヴェロレックスの始まりは古く、戦前の1936年のこととなります。    長尾循

しかし1938年にはナチス・ドイツによるズデーテン地方の併合、さらに1938年から1939年にかけてチェコスロバキアの解体、そして第二次世界大戦の勃発……と歴史は大きく動きます。

戦時中も細々と車両の開発を続けていたヴェロックスでしたが、自動車メーカーとして本格的に稼働し始めたのは、第二次世界大戦が終わった1945年以降のこと。当初は手作りに近い規模での小ロット生産だったようですが、1950年代半ばには月産40台のペースとなっていたと言われます。

搭載されるエンジンやホイールサイズなどの変遷、改良はありつつも、パイプフレームの後方にオートバイのエンジンを搭載する2シーターの無蓋車という構成は同社の歴代モデルに共通。なんと言ってもユニークなのはボディ外板に合成皮革を用いていることで、このことがヴェロックスの外観上の大きな特徴となっています。

目の前にいるのが俄には信じ難い

かつては鉄のカーテンと呼ばれ、得られる情報も限られていた旧共産圏の軽便なスリーホイラー。そんなヴェロレックス16/250が目の前にいるのですから俄には信じ難い。それまで自分にとって最も身近なヴェロックスといえば、チェコの模型メーカー『エデュアルド』からリリースされていた1/48スケールのプラモデルだけだったのです。

今から10年ほど前、都内の模型専門店で見かけその奇妙なデザインに惹かれ衝動買い。それ以来ずっと自宅の机上に手付かずで置いてあったのですが、まさか新潟の糸魚川でその実車に出会うとは。これを機にプラモデル作ろうかな……。長いこと『自動車好きの子供』を続けていると、時としてこんな素敵な出会いもあるわけで。


まさか新潟の糸魚川で実車に出会うとは、驚きました。    長尾循