※画像はイメージです。生成AIを使用しています

写真拡大

-[東大卒作家・布施川天馬の教育キャリア通信]-

 みなさんは普段からどれほどAIに頼っていますか?
 または、AIにどれほど仕事や居場所を奪われたと感じるでしょうか。

 アメリカではすでに反AIの活動が激化しており、データセンター建設への反対運動が起きたり、反AI団体が立ち上げられたりと、一概に肯定的な感情をもって受け入れられているわけでもなさそうです。

 AIの良いところは、素人でもそれなりの結果が出るところ。悪いところは、それなりの結果しか出ないところ。逆を言えば「それなり」でいい人にとっては、欠点が認められない最高の相棒になります。

 AI時代で問われる本当の価値について考えます。

◆「AIっぽいデザイン」が何かわからなかった

 私は、今でも毎週のように高校現場にお邪魔して読解力の養成講座を行っています。

 もちろん高校生の彼らが退屈しないように色々な例を織り交ぜながら話すのですが、それだけではきっと退屈になってしまう。だから、手を動かしてもらうためにワークシートを作成して送ります。

 ですが、私にはデザインセンスがない。やりたいとも思わない。

 なので、先日はGoogleが提供するGeminiに頼んでワークシートの枠組みを作ってもらいました。

 自分が作るよりは遥かにカラフルで、満足のいく出来。早速社内に共有したところ、思いがけない一言をもらいます。

「布施川さん、これちょっとAIくさすぎませんか?」

 私は、その資料がAIくさいと感じられませんでした。むしろ手作りよりよっぽどマシでいい出来だとすら考えていた。それが「AIくさい」と一蹴されてしまった。

 これは、私の能力の低さもさることながら、「デザイン」への造詣の浅さが如実に出た出来事だと感じます。

 例えば、私は現在、ライター志望の大学生の面倒を見ていますが、彼らは臆することなくAIを利用して記事を仕上げてくることがあります。

 もちろん、こんなものは文筆を仕事にしている人ならば、一瞬で見抜ける。

 でも彼らは「このタイトル・構成・文章って、おかしいですか?」と、何がおかしいかすら気付いていないのです。

◆AIはその人の「審美眼」を浮き彫りにする

 AIの作る成果物は、いつでも65点にすぎません。

 だからこそ品質が安定しているともいえますが、逆に言えば「65点でいいや」と感じる人にとっては、自分で作業するより、それどころか、下手なプロに依頼するより優れた選択肢に見えてしまいます。