介護疲れの末に家族を手にかける「老老介護」の事件が相次いでいる。2015年7月、千葉県船橋市で当時80歳の夫が、認知症の妻(当時73歳)の首をタオルで絞めて殺害した。なぜ50年連れ添った妻を殺めたのか。ノンフィクションライターの高木瑞穂さんが、夫の自宅で犯行の一部始終を聞いた--。

※本稿は、高木瑞穂『殺め人』(鉄人社)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/PonyWang
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PonyWang

認知症の進行で「排泄障害」が始まった

健二郎はその後の介護疲れについて「排泄障害」をあげる。

認知症は、いったん進行すると、「機能性尿便失禁が必発する」と医学博士・榊原隆次は日本創傷・オストミー・失禁管理学会誌に発表した論文で記している。

機能性尿便失禁とは、尿や便を漏らす症状で、トイレで排泄する意思がない、トイレの場所・容器が判断できない、衣類の着脱の仕方がわからない、などのために失禁してしまうものであるという。同時に、失禁をしても無関心で、臭気を意に介さないこともあるという。

「一気に、という感覚じゃないですね。ごく自然に。だから、何ができて、何ができないっていう、極端な例はないです」

富子さんは、一つひとつできることが少なくなっていくと同時に、「決められた場所で排尿や排便もできなくなった」と健二郎は苦悩した日々を振り返る。

--なにより奥様がお漏らしするようになったことにショックを受けた。

「寝室でしちゃったりね。そのころには当然、オムツをしていました。でもオムツを脱いじゃう。そしてお風呂用のタオルを2枚重ねて敷いて、その上にとか」

■「オムツを脱いでタオルの上で」ほぼ毎回

--トイレだと思い込んでいる。

「そう。ほぼ毎回、タオルの上でしたから。臭いで気づいて風呂から出て2階に上がる。やはり排泄物がある。あ、やったな、と。それが私に見つかると、タンスから衣服を取り出しその中に丸めて隠しちゃう」

--いけないことをしたっていう自覚はあった、と。

「でしょうね」

--見つかったら怒られる、と。

「うん。でも怒ったことなんてないよ。私がすることは、女房の洋服を脱がせて、淡々とシャワーの水で排便したものを流すだけ。すると、最初はシャワーもお湯になってないから、『冷たい!』なんて逆に怒られたりね」

老老介護でつまずくのは、介護する側が「介護うつ」に陥ったり、自殺や要介護者への「虐待」などにつながったりする可能性がある、という点である。超老老介護になれば、さらにそれは加速すると言われている。

背景にあるのは加害者の「不眠」だ。調べると、多くの加害者が四六時中、介護に追われて睡眠不足に陥っている、という報告があった。健二郎の場合は、どうか。

--睡眠不足で「介護うつ」になり、介護者がついカッとなって声を荒らげたり、暴力を振るったりするなどの虐待事件も少なくありません。

「私はやったことないね」

■「怒ったのは1回きり」その日が最後に

--怒りのような感情も湧かなかった。

「ないです。それが湧いたのはいちばん最後だけ。(犯行時の)夜8時、私はちょうど風呂から出たところでした。臭いで勘づき2階の寝室へ続く階段を上がりました。見れば、オムツのなかにしたウンチをね、オムツを外して手でかき回した後でした。かき回して四方八方に散らばしていました。おそらく、さらに病気が進行していたのでしょう。トイレ代わりのようにタオルを重ねてすることすらもなかったのです。

『何でやったんだ!』。あまりの惨状に、なぜかこのときだけは声を荒げていました。初めてのことでした。けれど、反応がないから、怒ったのは1回きり。女房は、布団に寝たままきょとんとするだけで、何をしたのかもわかってない様子でした。

実は、前にも何回か同様のことがありました。そのたびに私が『こういうことしちゃいけないんだよ』と優しく諭すと、女房は『私のこと嫌いになったんでしょう。邪魔なら殺しなさいよ』と。そう言われても、もちろんこれまでは相手にしていませんでした」

■1階の座椅子で就寝したが、再び2階へ

夫婦の寝室を排泄物まみれにされたことでついに逆上した健二郎は、「これじゃあ寝られない」と思い、1階の居間の座椅子を布団代わりにして、窮屈な体勢で一旦は床についた。寝室の惨状はそのまま、この出来事を忘れるように。明日も仕事だ。寝ないと仕事にならない。

写真=iStock.com/ES3N
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「でも、10時半ごろ、すぐに目が覚めちゃって。やっぱり布団じゃなきゃ熟睡できないと思って2階に上がったんだけど、臭いが強烈でね。ほら、女房は認知症の薬を飲んでるでしょう。そのせいもあってね」

問題は、寝室の畳の上に広範囲に散らばる排泄物群である。タオルをトイレ代わりにしていたならいざ知らず、さすがに畳の取り替えが必要になるほどまでの惨状になると、簡単に清掃が終わるとは思えない。悪臭は、もう階段を上る途中から漂ってきた。

いつしか居間の椅子にかけてあるタオルを手にしていた。その刹那、健二郎は自分でも思ってもみない行動に出る。

■「首にかけていたタオルで首を絞めちゃった」

「それで……。それで、首にかけていたタオルを手にして、首を絞めちゃった」

健二郎は能面のような表情のまま言った。夫婦の絆が惨劇に変わる瞬間だった。

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--首を絞めたとき、奥様は?

「布団で、仰向けで寝たままぜんぜん動かない」

--そのタオルは……。

「いつも仕事場で使ってる、汗拭き用のタオルです」

--使い慣れたタオルで。

「タオルでもね、旅館で配られるような、あれ。生地の薄いやつね。よく旅行へ行きましたから、そういうタオルがいっぱいあり普段使いしていたんです」

--奥様の顔を見て首を絞めようと思ったのか、それとも階段を上っているときから「殺してやる」と考えていたのか。

「いや、無意識。殺そうなんて考えてない」

--それは1回目、夜8時の時点でもですか?

「なかった」

--どうタオルを首にかけて絞めたんですか? そのときの状況は。

「女房が仰向けで寝ているでしょう。私は枕元に座り、手で女房の首と頭を持ち上げ、下からタオルを入れて首に一巻きして、交差したタオルの左右の端と端を持って、ギュッと」

■妻は身動きひとつしなかった

--頭を持ったときの奥様の反応は。

「全然ない」

--では、首を絞めたときは。

「苦しむような表情をすることはなかった。いまでも不思議に思うんだけど、首を絞めても、もがきもしない。両手を胸の上で拝むように合わせたまま、身動きひとつしなかった。首を絞める直前に女房と目があった。瞳孔が開いてました。白目がなく黒目だけで、目がぜんぶ真っ黒。何も言いません。お互いに」

--健二郎さんの心中は?

「もう死んじゃってるんだなって」

--絞める前に?

「そう。こういう死に方ってあるのかなって。うちの女房の兄が田舎にいるんだけど、その兄から聞いたおふくろさんをみとったときの状況と似てましたね。だから、親子で同じような死に方をするのかなと」

--足をばたつかせるとかも。

「ない。静かでしたよ」

--奥様もそれを望んでいるようだった。

「かもしれないね。そう思う。不思議ですよ。少しでも抵抗すれば、また違ってたんだろうと思うんだけど。抵抗は一切なかった」

■罪の意識は「あんまりなかった」

--力を込めて絞めないと死ぬまでには至らないかと思います。もし奥様が抵抗していたら、力を緩めたかもしれないっていう思いが。

「力はそんなに入れなかったよ」

--加減をしていた?

「加減……、どこかでそういう気持ちがあったのかな」

--殺意はなかった。

「『殺したい』って思ったことなんて、ない」

--では楽にしてあげたい、というような……。

「そっちの方が強いかな。女房は女房で苦しんでいたからね」

--罪の意識はありましたか?

「あんまりなかった」

--病気はどんどん進行する。なのに施設にも入れない。この生活を早く終わらせるにはこれしかなかった、と。

「そこまで断言はできないけど。ただ、はっきり言えることは、私が先に逝って、女房だけになったら、女房は大変だったろうなとは思います。私以上にね」

--奥様が亡くなった直後から逮捕に至るまでっていうのは、自宅でずっと一緒にいた?

「私は殺したその晩に、すぐに警察署へ連れていかれました」

■憎いのは妻ではなく認知症だった

--どなたが通報されたんですか?

「最初、私が110番と119番を鳴らした。でも通じない。だから、近くに住む姉へ電話した。そしたら5分ぐらいで飛んできてくれた。姉がすぐに警察と消防署に電話して、すぐにパトカーが来ました。11時45分ごろのことです」

--犯行は10時半ごろですよね。絞めてからどのくらい経って亡くなったのがわかったのか。

「2分後ぐらい。顔がうっ血してきましたから。それでタオルを外して体を触ったら、もう冷たくなってました。で、あっ、死んじゃったな、と。

最初に救急車が来ました。応急処置で一度息を吹き返したらしいですね。で、死亡推定時刻は翌朝の8時すぎでした。私は警察署の取調室でそれを知りました」

高木瑞穂『殺め人』(鉄人社)

--その2分間は何を考えていた?

「何も考えてないね。ただ、様子をじっと見ていた」

--いったん「息を吹き返した」と聞いたときは?

「良かったなと思いました」

これまでずっと妻の認知症に悩まされ続けてきた健二郎は、よかったなと思った理由を「認知症より後遺症のほうが介護は楽そうだからね」と話した。殺したかったわけではない。憎いのは認知症--そんなことを思わせる言葉だった。

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高木 瑞穂(たかぎ・みずほ)
ノンフィクションライター
1976年生まれ。月刊誌編集長、週刊誌記者などを経てフリーに。主に社会・風俗の犯罪事件を取材・執筆。著書に『売春島「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ』『東日本大震災 東京電力「黒い賠償」の真実』『覚醒剤アンダーグラウンド「日本の覚醒剤流通の全てを知り尽くした男」』(彩図社)、『裏オプ JKビジネスを天国と呼ぶ“女子高生”12人の生告白』(大洋図書)、『日影のこえ』(共著、鉄人社)ほか。
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(ノンフィクションライター 高木 瑞穂)