値上げしても客が離れない「日本路線」を自ら手放した…中国航空3社が2000億円赤字に沈んだ習近平の大誤算

■日本路線の切り捨てが赤字転落の決定打に
2026年の第1四半期(1~3月期)、中国の「ビッグ3」と呼ばれる国有航空大手の収支合計は、黒字を確保していた。中国国際航空、中国東方航空、中国南方航空の3社だ。春節(旧正月)の旅行需要に支えられた。
ところが8月末に出そろった決算では、3社の上半期の最終損益は合計で約82億元(約1890億円)の赤字となった。ロイターによれば、上半期の赤字はこれで7年連続だ。春節需要に支えられた第1四半期の黒字から一転し、4~6月のわずか3カ月で急激に悪化した。
通年でも赤字は避けられない。香港上海銀行(HSBC)のアナリストは3社合計で168億元(約3860億円)の最終赤字を見込む。市場が織り込んでいた13億元(約299億円)の黒字から、一気に不採算に沈んだ。
原因として、イラン戦争でコストが膨らんだことが大きい。アメリカとイスラエルが2月にイランへの攻撃に踏み切ると、燃料価格は跳ね上がった。米ビジネスニュース専門局のCNBCによると、指標となるシンガポール市場の航空燃料価格(プラッツ)は、2月下旬の1バレル93ドル(約1万4300円)から3月下旬には過去最高の242ドル(約3万7200円)へ、2.6倍に急騰した。
中国国有3社はこれまで、燃料価格のヘッジ(先物などで調達価格を固定する措置)をほとんどかけてこなかった。
そこへ決定打となったのが、運賃の引き上げを比較的受け入れやすい顧客層が揃う日本線を、政治的な理由から手放していたことだ。習近平政権が放った訪日自粛要請で、中国の国営航空会社の苦境は深刻化した。
■約2万7000席を削られた路線も
きっかけは、ある答弁だった。
昨年11月7日、高市早苗首相が国会で、中国が台湾に武力侵攻すれば日本の存立が脅かされる事態になりうるとして、台湾有事に日本が介入する可能性に言及した。
自衛隊を動かす根拠になりうる答弁だと捉えた中国政府は、激しく反発。日本への渡航を控えるよう自国民に促し、中国の航空各社は日本路線を相次いで減便した。
日本路線といえば、中国の航空各社にとってドル箱だ。その生命線から各社が距離を置くようになるまで、1カ月もかからなかった。
米航空宇宙専門誌のアビエーション・ウィークは、英航空データ情報会社のOAGのデータをもとに、急激な減少ぶりを報じている。昨年12月の中国系航空会社の日本発着便は11月3日時点の計画数が185万席・9813便だったのに対し、12月1日には142万席・7432便まで減った。わずか1カ月で、座席数の23.2%、便数の24.3%が消えた計算になる。
日本と中国を結ぶ直行便は、長沙-関西、北京大興-新千歳、福州-名古屋など12の区間で姿を消した。当初12月に運航予定だった97路線のうち、実際に運航されたのは85路線にとどまり、減便を免れたのはわずか20路線だった。残った路線も、上海浦東-新千歳が約3万3000席(43%)減、南京-関西が約2万7000席(73%)減と座席数が削られた。
■書き入れ時の春節に49路線を運休
今年2月、日本発着の49路線で、予定されていた便がすべて運休となった。
中国国営英字紙のチャイナ・デイリーによると、中国国際航空、中国東方航空、中国南方航空の3社は1月26日、日本路線の航空券について、便変更または未使用区間の払い戻しに応じると発表した。各社は書き入れ時の春節(旧正月)に、大きな損失を被った。
中国の航空各社が手放した日本路線は、2025年に成長を牽引した国際線の中でも、最大の市場であった。
中国国営3社は、収入のおよそ3割を国際線に頼る。国内線が伸びない以上、立て直しの余地は海外にしかなかった。
OAGによれば、中国東方航空の国際線の供給座席数は前年比13.5%増えた。牽引したのは日本で、座席数は240万席、伸び率は27%に達した。同社の国際線で最も混雑する上位5路線には、関西-上海浦東と成田-上海浦東が入っていた。
中国南方航空も日本が最大の市場で、座席数は130万席、伸び率は前年比45%増を記録していた。2位は韓国の100万席で、距離の近い韓国を上回っていたことになる。
ただし、国内線は伸び悩んでいた。東方航空の座席供給は全体で2.2%増にとどまり、国内線は0.1%増と伸び悩んだ。南方航空は全体で0.1%増、国内線は2.3%減だった。中国国内で拡大する高速鉄道網の存在が、国内線の重荷となっている。
北米も、米中間の便数制限が響き、中国東方航空の供給座席数は2019年比75%減の状態が続く。
■値上げできる市場は日本と欧州だけ
そもそも大手3社の財務基盤は弱い。中国の英字経済メディアの財新グローバルによると、国際航空運送協会(IATA)のウィリー・ウォルシュ事務局長は今年6月、中国はコロナ後も財務を立て直せていない数少ない航空市場の一つだと指摘した。2025年は3社のうち2社が赤字だった。
各社は値上げで収益を改善したいが、日本路線を縮小した今、それも厳しい。
中国の航空各社は民航当局の規定上、燃料費の上昇分を8割まで運賃に転嫁できる。だが、顧客がそれを受け入れるかは別問題だ。
HSBCの試算では、実際には6割ほどにとどまる。同行の運輸・物流調査部門グローバル責任者であるパラシュ・ジェイン氏は、CNBCの取材に、「上限まで使えば需要を大きく損ないかねない」と話す。競争が激しく、顧客が価格に敏感な路線では、値上げすればチケットは売れない。
例外的に値上げが通るのが、日本や欧州だった。CNBCは、日本と欧州は鉄道網が発達しているものの、消費者の購買力が強く路線の採算性も高いため、航空会社の価格決定力が保たれていると指摘する。
日本側の決算を見れば、この傾向は明らかだ。日経アジアによると、ANAホールディングスと日本航空は5月1日以降に購入する国際線航空券の燃油サーチャージをおよそ2倍に引き上げ、7~8月購入分は欧米線で6万5000円と過去最高を記録した。燃料価格の落ち着きを受け、9~10月購入分はANAが5万5000円、JALが5万円に引き下げられている。
それでもANAの4~6月期の国際線旅客収入は前年同期比20%増の2476億円、売上高は22.6%増の6727億円と、第1四半期として過去最高を更新した。燃料費増などで純利益は15.4%減の194億円、営業利益は43.5%減の207億円と減益にはなったものの、需要は底堅く推移している。

■韓国で急増する中国人観光客
3社は、こうした値上げの通る数少ない市場から自ら撤退あるいは減便した。ブルームバーグが取り上げた航空データ企業シリウムの集計では、今年の春節連休に中国から日本へ運航予定の便は前年比48%減の800便強にとどまる。
中国の顧客層は価格に敏感だ。国内線は高速鉄道に価格で押され、運賃を上げれば客はたやすく鉄道を選んでしまう。
国際航空運送協会(IATA)の集計では、5月の中国の国内線旅客需要は前年同月比6.2%減と、すでに主要市場のなかで最も弱い。
一方、国際線はどうか。シリウム調べでは、今年の旧正月連休期間の中国-韓国便は前年比約25%増の1330便超に伸びるなど、日本に代わる近距離の渡航先として韓国が人気だ。
韓国のシンクタンク、ヤノルジャ・リサーチは、同国を訪れる中国人が今年700万人を超え、前年比15%増になると予測する。昨年10月には中国の習近平国家主席が11年ぶりに韓国を訪問し、相互のビザ免除も動き出した。

チャイナ・トレーディング・デスクは、今年の旧正月連休の1週間で、中国人の韓国での消費額が3億3000万ドル(約507億円)を超えると予測する。日本での2億5000万~3億ドル(約384億~461億円)を上回る水準だ。
ただし、客を呼び込んでいるのはウォン安の割安感であり、したがって利用者は航空券自体の値上げに敏感だ。
■収益改善の機会を自ら手放した
フランスの投資銀行ナティクシスでアジア太平洋を担当するシニアエコノミスト、ゲイリー・ン氏は香港英字紙のサウスチャイナ・モーニングポストに、「中国の消費者はコロナ危機以降、いっそう価格に敏感になっている。国内のインフレ率が世界の水準よりはるかに低いことも大きい」と語る。
旅行分析・マーケティング会社チャイナ・トレーディング・デスクのスブラマニア・バット氏も、通貨の割安さが「価格に敏感な層の買い物や美容、医療目的の旅行を後押ししている」とし、ビザ緩和やK-カルチャーの吸引力に加えて、韓国の伸びの一定部分を説明すると分析する。
手軽な韓国行きチケットが売れる反面、値上げの余地が大きかった日本路線から離れたことで、収益の改善は難しくなった。
現状、座席あたりの単価は厳しい。ロイターによれば、7月1~14日のエコノミークラスの平均運賃は831元(約1万9100円)で、前年同期を1.2%下回り、コロナ前の2019年比では6.1%下回った。燃料費が7月時点でもイラン情勢前と比べ約5割高い水準にとどまるなか、運賃本体はむしろ下がっている。
さらに、リスクヘッジを行わなかったことで、不振は大きくなった。
3社のうち2025年に燃料高騰を睨んだヘッジをかけていたのは東方航空だけで、範囲も限定的だった。3月31日締めの前会計年度下半期に2億1800万シンガポールドル(約264億円)のヘッジ益を計上したシンガポール航空とは対照的だ。
■中国客56.3%減でも全体は1.7%減
ブルームバーグによれば、7月中旬時点で3社の株価はいずれも年初来42%以上下落していた。
一方、香港のキャセイパシフィック航空は旅客数を伸ばし、同時点で年初来6%近く上げるなど好調だ。同社は8月5日に公表した上半期決算で、旅客収入が前年同期比26.3%増えたと発表。要因として、堅調な旅行需要に加え、中東情勢を受け香港経由の乗り継ぎ客が増えたことを挙げた。
訪日自粛要請により、日本側にも一定の痛手が生じている。
JTBは1月時点で、2026年の訪日外国人数が2.8%減の4140万人となり、コロナ禍後で初めて減少に転じると予測した。同社が運営する訪日客向け宿泊予約サイトでは、1~4月の予約件数が中国本土で前年同期の5割、香港では1割にとどまっていた。
しかし、空いた穴は思いのほか浅い。日本政府観光局(JNTO)の集計によると、訪日自粛要請の直後の昨年12月、中国本土からの訪日客は前年同月比45.3%減の33万400人に落ち込んだが、訪日客全体はむしろ3.7%増えた。
今年1~7月の累計でも、中国本土からの訪日客が56.3%減った一方、訪日客全体の減少は1.7%にとどまっている。7月単月では総数が344万人と前年同月比0.1%増えた。4カ月ぶりに前年を上回り、7月として過去最多を記録している。

ジェームズ・クック大学で観光・ホスピタリティ経営を教えるジルミヤ・カンブル上級講師は、CNBCで中国客の減少を「重大ではあるが、壊滅的ではない」と評した。客層が分散していたぶん、日本の観光は持ちこたえている。
マスターカードのアジア太平洋担当チーフエコノミスト、デービッド・マン氏によれば、訪日客数はコロナ前を34%ほど上回る水準にあり、円安で1人当たりの支出が増えたことで、観光収入は客数の伸びを上回って増えている。
中国政府は、日本への経済制裁を意図して訪日自粛を勧告した。だが、結果として誰よりも不利益を被ったのは、他ならぬ中国の航空各社だったようだ。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
