萩本欽一〈43〉欽ちゃん流“運を呼ぶ”オーディションでブレークした当時15歳の無名女性歌手【増田俊也 口述クロニクル「茶の間を変えたコメディアン 欽ちゃんのぜ~んぶ話しちゃう!」】
【増田俊也 口述クロニクル「茶の間を変えたコメディアン 欽ちゃんのぜ~んぶ話しちゃう!」】#43
【前回を読む】萩本欽一〈42〉伝説の「ぴったしカン・カン」の司会に新人の久米宏アナが抜擢された真相
作家・増田俊也氏による連載、各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。待望の第2弾は、「視聴率100%男」として昭和のテレビ界を席巻したコメディアンの萩本欽一氏です。
◇ ◇ ◇
萩本「そう。運についてもう1つ話するよ」
増田「はい」
萩本「松居直美*だよ。『欽ドン!』のオーディションでね。『ここにハガキがあるから、そのセリフだけ1つ言って去るだけだからやって』と1人ずつやらせたの。それで当時15歳だった直美ちゃんの番になって、俺、何度も『もう1回!』ってやり直しさせたの。最終的に20回やらせたのよ。それで『あぁ、やっぱり一番最初が一番良かったね。じゃあ最初ので行こうか』と言って終わった。そしたら(当時のフジテレビのディレクター)常田久仁子さんが怒ってどかどかやって来て、『あんたね、何度もやらせるっていうのはね、あそこが良くないとか、こうしなさいって変えてやらせるんだよ。あんたのは同じことをただ繰り返させてるだけじゃない。いい加減にしてよ』って。だから俺、『なぜそうするのか、話をすると運がなくなるんで今は話しません。番組が当たったら本当のことは話せるけど、今は答えろと言っても答えません』って言ったの」
※松居直美(まついなおみ):タレント、歌手。1968年茨城県生まれ。中学生だった1982年に「電話のむこうに故郷が」で歌手デビュー。同年、萩本欽一の『欽ドン!良い子悪い子普通の子』(フジテレビ系列)で「普通のOL」役に抜擢され、茨城訛りを生かした素朴なキャラクターで人気者となる。生田悦子、小柳みゆきと「よせなべトリオ」を結成。その後はものまねやバラエティー番組を中心に活躍し、『はやく起きた朝は…』では磯野貴理子、森尾由美と長年レギュラーを務めた。
増田「結局、なんだったんですか」
萩本「それはですね、直美ちゃんが1回目で帰ろうとしたんですよ。そのとき、ふと現場の空気を感じたの。ちょっと待てよと。この15歳の子がこの1回で終わったら、例えばカメラをしているおじさんが40歳過ぎなんだよ。他にもたくさんおじさんのスタッフがいるわけ。そのおじさんたちががっかりするなと。それで俺、『もう一回やろう』って言ったの」
増田「その一瞬で判断して?」
萩本「そうです。セリフは『ねぇ、母ちゃんなんとかだよ。私なんとかと思います』って去るだけなんだよね。大したことないんだよ。で、5回終わって『もういいよ』って言おうと思ったんだけど、そこで俺また考えたんだよ」
おじさんカメラマンが…
増田「今度は何を?」
萩本「この子きっと、すぐ嫁に行く子じゃないなと思ったの。もしここで合格して芸能界入ったらずっと続けるだろうなって。だからちょっと苦労しといた方が、運がつくだろうって」
増田「なるほど(笑)」
萩本「それでもう5回行っちゃおうと思って、やったの。そこでさらに考えたの」
増田「何を?(笑)」
萩本「5回とかじゃ運にならないよなって。あとは運作りだな。有名になればさ。この話は私の宝だって言うに違いない。そうすると萩本欽一のインチキ物語としては最高だなと思って、ついでにあと10回やっちゃったわけだ」
増田「素晴らしいですね」
萩本「うん。だから僕としては最初の1回でよかったんですよ。でも、松居直美って子に運をつけてやりたかった。そして『欽ドン!』にも運が必要だと思った。だけど、それをその場で常田さんに理由を言うと運にならないんだ。現にあの子は20回やらされて心が折れそうでスーッと帰ろうとしたの。そしたらカメラのおじさんが『直美ちゃん頑張ろうね』って声をかけた」
増田「それで来たと」
萩本「うん。この40歳に応援してもらったらものすごい運だよ。1回ですーっと通ったら何にも言わないけど、20回やらされた15歳の子にやっぱり優しいよ。で、俺『あーこの子、有名になる』って確信した。そして『この子が数字取るぞ。もう安心だ』と思った。そしたらやっぱり30%」
増田「なるほど。まさに運を呼ぶ少女ですね。運が運を呼んでいく」
萩本「そう。その通り。その後もずっとその運が直美ちゃんを助けてくれたの。若いときに有名人になってもね、みんなどっかで辞めるって言うのよ」
増田「松居さんにもそれがあったんですか?」
萩本「そう。彼女にもあったの。『芸能界もう辞めたい』って泣いて相談に来た。その話は今まで誰にもしてないんだけどね。今日はもうみんな話しちゃうよ」
増田「はい。ぜひ」(つづく =火・木曜公開)
▽はぎもと・きんいち 1941年、東京都生まれ。高校卒業後、浅草での修行を経て、66年にコント55号を結成。故・坂上二郎さんとのコンビで一世を風靡した。その後、タレント、司会者としてテレビ界を席巻し、80年代には週3本の冠番組の視聴率がすべて30%を超え、「視聴率100%男」の異名をとった。社会人野球「茨城ゴールデンゴールズ」の初代監督、2015年には73歳で駒澤大学仏教学部に入学するなど挑戦を続け、25年10月にスタートしたBS日テレ「9階のハギモトさん!」は今年4月からSEASON3に突入した。
▽ますだ・としなり 1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。
