スポニチ

写真拡大

 女優の風吹ジュン(74)が5日放送のTBS「人生最高レストラン」(土曜後11・30)に出演。波瀾万丈の人生を振り返った。

 MCの「極楽とんぼ」加藤浩次から「富山ですよね、出身。子供の頃どういう子供だったんですか?」と聞くと、風吹は「ハイハイしてる時からあちこち出て行ってしまう、親が探し回ってたんですけど」と苦笑。「でも、なんか家庭事情が変だなって思っていて。6年間ほとんど両親のケンカに付き合ってた感じがしますね」と振り返った。

 両親は結局離婚したそうで、「11歳で離婚して、私は自分の判断で母のところに。“母が弱者だ”と判断して。そこから母がちょっと苦労しちゃって。中2の時に(母が)お店やったんですけど、失敗して“出奔(逃亡)するから、あなたは京都に行ってちょうだい”みたいな」と驚きの展開を明かした。

 これには加藤も「どういうことですか!?」と質問。風吹は「京都に兄が1人で就職で行ってたんです。皆さんにサヨナラしないで富山を離れた。春休みだったので中学3年になるわけですね。私は保護者はいないわけですよ。保護者がいないまま、兄のご飯を作りながら中学に通ってた」とした。

 正直「非常識だと思います、今思うと」と風吹。「だから、本当は保護者がいないので施設に入らなきゃいけない状況だったと思うんですけど」としつつ「担任の先生が突然“堀川、お前保護者おらへんやないか”って言われて。“そうですよ”って言ったら“あかんやろ、明日から俺んち来い”って言われて。先生の家の屋根裏に下宿したんです。中学卒業するまで」と話した。

 その後、そのまま京都で暮らしていたというが、「このままでは成長できない」と思い、東京から来てる友人を頼りに東京へ行くことに。それでも「その日を過ごせればいい」という感覚で生きていたというが、「20歳を迎えた時に“これではあかん”と思って、ちゃんとしたところに、社会に出ないといけないと思って、紹介されて行ったところがたまたまモデル事務所」だったという。

 「モデル事務所なんだけど私モデルなんてなれる体型じゃないし、自分がそんなものを持っていないので、お茶くみかなんかさせていただけるんだと思って行った」と風吹。「“時間ありますか?”って言われて、“ありますよ”って言ったら富士フイルムのオーディションだったっていう偶然があり。で、翌週ハワイへ行き。帰ってきたら『風吹ジュン』という名前がついていて、その名前と50年付き合って。こんなにいていいんですか?私」と笑うと、加藤も「凄い人生ですね」と驚くばかりだった。