「包丁キャンセル」SNSで普及、「手間かけるだけが愛情ではない」…カット野菜やミールキット増・調理器具進化
包丁を使わずに調理する「包丁キャンセル」という言葉をSNSで見かけた。
食材を切ったり、刻んだりするのは料理のはじめの一歩では? キャンセルの理由などを探ると、家庭料理を巡る状況や意識の変化が見えてきた。(野倉早奈恵)
袋ごともんで細かくしたカット野菜を使ったチヂミ、スライサーで薄切りにしたタマネギをそのままフライパンに入れて作る牛丼--。「ママインフルエンサー」としてSNSでレシピを紹介する高田早希さん(30)が7月に出版した「るいちゃんねるの爆速親子ごはん」(主婦の友社)では、掲載レシピの約4割が、包丁を使わず完成する。
7月下旬、高田さんの自宅を訪ねると、長女(3)と夫(33)が、市販のカット野菜をみじん切り器に入れてさらに細かくし、その横で高田さんが、塩サバをキッチンバサミで切っていた。
30分で3品
一人暮らしを始めたのを機に、いかに手早く調理するかを考えるようになった高田さんは、結婚、出産を経て「10分でも時短できれば、家族との時間がとれる」と、さらなる時短を模索してきた。その工夫の一つが包丁キャンセル。今は30分で3品作れるという。「料理が好きで、家族が喜んでくれると何よりうれしい。手間をかけるだけが愛情ではない」と話す。
包丁を使わない調理は、20代から40代前半を中心に広がっている。
「キユーピー」が昨年10月に行った20~74歳の既婚女性1500人への調査では、「包丁を使わない料理」を取り入れている62歳以上は2%、46~61歳は5・9%にとどまるが、30~45歳は12・4%、29歳以下は14・6%と1割を超えた。調査を担当した出井明子さんは「共働き世帯が増えており、楽しく料理を続けるための前向きな工夫だ。カット野菜などを上手に活用している」と話す。
カット野菜メーカー大手「サラダクラブ」は、1999年の設立時の商品数は5品だったが、現在は35品にまで増えた。食品宅配大手「オイシックス」は7月中旬、包丁もまな板も使わず作れるミールキット「超ラクKit3ステップ」を発売。包丁を使わないメニューは、昨年の倍の273種に増えたという。
包丁に代わる道具も進化した。調理道具専門店街「かっぱ橋道具街」(東京)にある「飯田屋」では、カボチャの皮むきからキャベツの千切りまでできる「エバーピーラー」や、冷凍のカニの脚も切れる「ムテキバサミ」が人気だ。ピーラー、スライサー、キッチンバサミの扱い数は、ここ5年で包丁の扱い数に並ぶ計約200種になった。社長の飯田結太さん(41)は「30分以内で料理を作りたい時短派が増えた印象だ」と話す。
保有率9割切る
包丁離れの傾向は顕著だ。キッチンメーカー「クリナップ」の研究部門「おいしい暮らし研究所」の調査では、20~60代の配偶者またはパートナーと同居している女性の包丁保有率が減少傾向で、2011年は99・7%だったが25年は96%となり、20代では88・9%と9割を切った。所長の手塚佐恵子さんは「調理器具の所有点数が減り、キッチンにおける合理化が進んでいる」と指摘する。
こうした流れの中で、日本栄養大短期大学部教授(調理学)の豊満美峰子さんは「学生の包丁技術が落ちている」と危惧する。近年は、新入生が包丁のどこを持つのか分からず戸惑う様子が見られ、さいの目切りや拍子木切りなど、切り方の用語が分からない傾向もあるという。豊満さんは「家庭の中で細やかな包丁技術を継承するのは難しくなっていくのでしょう。ミールキットやカット野菜で補えない食材もあり、食卓に上る食材の幅も狭まっていくのかもしれません」と話す。
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みじん切りや千切りなど、無心になれる作業が好きだ。包丁は手放せないが、包丁に代わる道具の進化には驚いた。我が家の台所も「更新」の時期なのかも。
風呂も食事も睡眠も
「キャンセル」されるのは包丁だけではない。芝浦工業大教授(若者論)の原田曜平さんによると、代表的なものは2024年頃にはX(旧ツイッター)で話題になった「風呂」。「風呂キャンセル界隈(かいわい)」として入浴をしない様子をイラストや漫画にしたものが投稿されて話題になった。「界隈」はコミュニティーのことで、原田さんは「SNS社会における広く浅い人間関係の中で絆を深める手段として使われたワード」とみる。
その後、「睡眠」や「食事」もキャンセルの対象になった。忙しくて、やらなければいけないこともできない、という充実ぶりをえん曲に表現しているのだそう。「キャンセルは、自慢も含んだSNS独特の言葉の言い回しなのでしょう」と原田さんは指摘している。
