毎日があわただしく、暮らしに余裕がない。そんなときは、視点を少し変えてみると、心地よい暮らし方が見つかるかもしれません。今回は、海外で暮らすライター・Ritaさん(50代)が、スペイン、ジョージア、タイの3か国で暮らすなかで気づいた、自分らしく心地よく過ごすための考え方を紹介します。

50代、3か国を回って気づいたこと

4年前、53歳で日本を離れ、スペインへ渡りました。その後、ジョージア、そして現在はタイで暮らしています。

【写真】スペインの街かど

言葉も文化も食べ物も異なる国々で生活するたびに、「こんなに価値観が違うんだ」と驚くことの連続でした。

でも、暮らしを重ねるうちに気づいたことがあります。それは、国ごとに違いはあっても、暮らしの心地よさには、どこか共通するものがあるということです。

それぞれの国で見つけた何気ない日常の風景は、忘れかけていた「暮らしを楽しむ」という感覚を、少しずつ思い出させてくれました。今回は、3か国で暮らして見えてきた、「心地いい暮らし」の共通点についてお話ししたいと思います。

国は違っても、“心地いい暮らし”に共通点がある

文化も言葉も食べ物も違うのに、不思議と共通した感覚を抱きました。

それは、家の中より外に人がいること。食事を楽しんでいること。太陽や風、季節を生活の一部にしていること。

スペインでは昼も夜も公園に人が集まり、ジョージアでは海辺をゆっくり散歩する人が多く、タイでは夕方になると市場が一気に活気づきます。

夕方になると家へ急ぐより、公園や海辺、市場、カフェへ向かう人が増え、家族や友人とその日の時間を楽しむ姿をよく見かけます。

どの国にも、「暮らしを急がない」空気が流れていました。

さらに印象的だったのは、「予定」よりも「今日」を大切にしていることです。

日本での「来月の○日はあいてる?」というやりとりも、海外では「来月? そんな先はわからないよ」「また近くなったら決めよう」という反応が返ってくることが何度もありました。

もちろん仕事や大切な約束ごとはありますが、先々まで予定を埋めるより、「今日をどう過ごすか」を大切にする人が多いように感じました。

便利さだけでは満たされないもの

海外で暮らしていると、不便を感じることも少なくありません。バスが時間どおりに来ないこともありますし、きめ細かなサービスはあまり期待できません。それでも、不思議と心が軽く感じる瞬間がありました。「便利さ」よりも心の「ゆとり」があったからです。

夕方になると散歩をする。屋台で少し立ち話をする。公園でぼんやり過ごす。街のベンチでは年配の人たちがのんびり日差しを浴び、ときには歩道沿いのベンチで新聞を読み、芝生があれば寝転がって空を眺める人もいます。そんな景色を見ていると、いつの間にか私も「今日は少しだけここで日向ぼっこをしてから帰ろうかな」と思うようになりました。

急がなくてもいい。なにもしない時間があってもいい。そんな空気が、暮らしをやわらかくしてくれていると感じます。

自分のペースで立ち止まり、心地よく過ごせる時間や場所があることも、同じくらい大切なのだと感じるようになりました。

今、大切にしている暮らしの習慣

スペイン、ジョージア、タイで暮らした今、私の習慣もだいぶ変わりました。

毎日少しでも外へ出て、市場やカフェで店員さんとひと言でも会話をすること。急いで食べずに、食事の時間を楽しむこと。太陽の光を浴びながら歩くこと。そして、「完璧じゃなくても大丈夫」と思うことです。

さっぱりバスが来なくても、工事の日程がずれても、直ったはずの扉がまた壊れても、「生活しているんだから、そんなこともあるよね」と笑って過ごせるようになりました。

以前の私は、予定どおりに、思ったように進まないとあせっていました。でも海外で暮らすようになってからは、自分ではどうにもできないことに振り回されるより、その日の小さな楽しみを見つけるほうが、ずっと心地よく過ごせると気づきました。

どれも特別なことではありません。お金も特別な道具も必要ありません。

海外だからできることではなく、日本でも今日から少しずつ取り入れられる暮らしだと思っています。心地よい暮らしは「どこに住むか」ではなく、「今日をどう過ごすか」の積み重ねなのかもしれません。