ライフルを構える赤石正男氏

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 全国でクマの出没が相次ぐ現在、駆除を担うハンターにも危険が伴う。だが、そうしたリスクがあるなかで、「日本一の羆撃ち」は半世紀を超える狩猟歴で300頭ものヒグマを撃った。伝説の男・赤石正男氏(74)に、ノンフィクションライターの中村計氏が密着した。(文中敬称略)【前後編の前編】

【写真】100万円相当の超高性能スコープを使用し、狙いを定める赤石正男氏

20歳のときに狩猟免許を取得、年間でクマを撃たなかったことはない

 まさに糸の切れた操り人形だった。

 夕暮れ時、広大な牧草地に轟音が鳴り響く。瞬間、シカの白い首筋が伸びたかと思うと、草むらの中に崩れ伏した。

「はっはっはっ」

 羆撃ち・赤石正男の顔に刻まれた深い皺が浮かび上がる。その軽い笑いは腕を誇るというよりも、単なる照れ隠しのように感じられた。

 ハンターたるもの獲物を仕留めるときは全身から張り詰めた殺気が漂うものだと思っていた。しかし、赤石は違っていた。まるで公園の散歩を楽しむかのように肩の力を抜いて「撃つよぉ」と引き金を引き、命中すると子どものようにニンマリと頬を緩めるのだ。

 獲物を仕留めた直後、突然、初期設定のままの着信音が鳴った。赤石が「もしー」と応じる。

「なんもなんも。今、1つ獲ったとこだぁ」

 リアクションがいちいちのんびりとしている。電話はごく短いやりとりで終わった。

「いっつも肝心なとき鳴んだ。ビリビリって」

 ビリビリ――。それが赤石なりの着信音の擬音だった。

 赤石の愛車は1991年製のトヨタのハイラックスだ。俗にピックアップトラックと呼ばれる荷台の付いた四駆である。ところどころに錆が浮いた黒い車体は狩猟歴50年超、生きる伝説と呼ばれる痩身痩躯の、74歳の老ハンターの車にふさわしい気がした。この車にこれまで何百頭ものヒグマと何千頭ものシカを積んできたのだ。

 赤石は知床半島の付け根、標津町古多糠で生まれ育った。ヒグマの高密度地域である。赤石は小さい頃から釣りが大好きなアウトドアマンだった。20歳のときに狩猟免許を取得。1年目からヒグマを仕留め、以来、年間でクマを撃たなかったことはない。ひと月で14頭仕留めたという衝撃的な記録もある。その昔、トド撃ちだった時代には3か月で1000万円近く稼いだこともあるそうだ。

 赤石は現在、標津町にある南知床・ヒグマ情報センターの業務課長という肩書きを持つ。同センターは野生動物の調査および管理等を行なうNPO法人で、赤石はそこのエースハンターでもある。

 主任研究員で、赤石を描いた『羆撃ちに人生を賭けた男』の著者でもある藤本靖は言う。

「北海道で狩猟免許を持っている人たちの中でもクマを撃ったことのある人は1%もいないんじゃないかな。普通は獲れない。赤ちゃん(赤石)は単独で200頭近く、巻き狩り(集団狩猟)を入れたらさらに100頭近く獲ってるから。そんな人、いないと思うよ」

 クマを撃った人数が極端に少ない理由は簡単である。北海道に生息しているクマは大きいものだと300キロから400キロにもなるヒグマだ。撃ち損ねたら反撃に遭い、命を落としかねない。

 町民が主にシカを撃つ猟師を「鉄砲撃ち」、ヒグマも撃つ猟師を「羆撃ち」と区別するのは命がけのハンターに対する畏敬の念の表われでもある。

名ハンターとしての重要な資質である「足」に関しても規格外

 北海道には名ハンターと呼ばれる者が、昔も今も少なからず存在する。その多くは評価の陰で懐疑の目もつきまとう。しかし、赤石に限っては彼の腕を疑う声を聞いたことがなかった。

 名ハンターとしての重要な資質である「足」に関しても赤石は規格外だった。普通の人なら丸1日かかる山の上り下りを日に3回もこなした。しかも10キロ近いライフルをかついで、である。

「今はもうダメだけどな。糖尿病になって、体質が変わっちまった」

 藤本は赤石に対して全幅の信頼を寄せながら、こうオチを付けた。

「赤ちゃんはハンターとして何でもできる。ただ、嫁だけはできなかったな。3回お見合いしたらしいんだけど、一度なんて、喫茶店で1時間ぐらい無言だったらしいから」

 その姿は想像できた。無愛想ではないのだが、言葉で自分を飾ることに関心がないようなのだ。

 ただ、彼がふと口にする短い言葉は、いつも本質を突いていた。

「俺はおもしれぇ話はねぇどぉ。1回もやられたことねえから。危ねぇ目、遭ったことねんだ。クマが避けていくからな」

 最後のひと言は半分冗談だとしても、名人たるものは致命的なミスさえも犯さないのだという真理を物語っていた。

(後編へ続く)

【プロフィール】
中村計(なかむら・けい)/1973年生まれ、千葉県出身。ノンフィクションライター。著書に『甲子園が割れた日』『勝ち過ぎた監督』『笑い神 M-1、その純情と狂気』など。スポーツからお笑いまで幅広い取材・執筆を行なう。近著に『さよなら、天才 大谷翔平世代の今』。

撮影/二神慎之介

週刊ポスト2026年8月28日・9月4日号