年収1000万円→定年で急落「204万円・新卒以下」に…日本IBMを訴えた組合が“6年越しの和解”に至ったワケ
“大卒の新入社員より下の最下位の等級”--。大手IT企業・日本アイ・ビー・エム(日本IBM)のベテラン社員は、60歳の定年を境に、そんな立場となった。
再雇用後の月給は17万円で賞与はなく、年収は204万円。
組合側によれば、同社では定年後のシニア契約社員は担当業務にかかわらず一律で大卒の新入社員以下の等級に置かれる。
定年前と同じ部署で、同じような仕事を続けながらの激変だった。
制度の是正を求めた労働組合の争いは6年に及び、8月20日、中央労働委員会(中労委)での和解が成立した。組合側は同日午後、都内で会見。代理人・水口洋介(みずぐち・ようすけ)弁護士は「和解したが、これからがスタートだ」と語った。
再雇用は全員最下級の等級に日本IBMは2013年4月、改正高年齢者雇用安定法に対応し、定年退職後も雇用継続を望む社員を65歳まで再び雇う「シニア契約社員」制度を設けた。
ところが、その賃金は担当業務にかかわらず一律で月17万円。定年前に年収1000万円以上を得ていた社員も、再雇用後は年収204万円に下がった。
組合の声明によれば、当時の最低賃金法に違反しかねない“すれすれ”の水準で、賞与も支給されず、退職前の正社員と比べて賃金額は約2割の低水準に陥ったという。
この待遇を象徴するのが、IBM独自の「バンド」と呼ばれる職位の等級だ。組合側の説明では、バンド3は社員の中で最も低い等級で、大卒の新入社員でもバンド6から出発する。
ところがシニア契約社員は、担当する仕事にかかわらず一律で最下位のバンド3に置かれる。定年前にバンド7やバンド8だった社員も、再雇用されると「有無を言わさず」バンド3へ落とされる仕組みだったと組合側は指摘した。
組合が団体交渉で一律月17万円の理由の説明を求めても、会社側は「担当業務の重要度・困難度を勘案して決定している」と述べるにとどまったとされる。
交渉は決着せず、こうした待遇を受けた社員のうち2人が原告となり、2020年4月、パートタイム・有期雇用労働法8条が定める「均衡待遇」に違反するとして、東京地裁に損害賠償を求めて提訴していた。
「不誠実な団体交渉」認定組合は訴訟と並行し、2020年11月、日本IBMとの交渉で情報開示が行われなかったことなどが、労働組合法7条2号の禁じる「不誠実な団体交渉」(使用者が正当な理由なく組合との交渉に誠実に応じない不当労働行為)にあたるとして、東京都労働委員会(都労委)に救済を申し立てた。
その後、日本IBMは2021年9月、原告2名が所属していた部門を、分社化したキンドリルジャパン社へ承継させた。原告の有期雇用契約もキンドリルジャパン社へ移り、訴訟や労働委員会の手続きでも、同社が被告・被申立人の地位を引き継ぐことになる。
2024年3月18日、都労委は日本IBMの対応を不当労働行為と認定し、救済を命じた。これに対し、キンドリルジャパン社側は命令を受け入れたものの、日本IBM本体は不服として中労委に再審査を申し立て、争いを続けていた。
日本IBM側は、定年後の業務はバンド3相当の補助的な内容で定年前とは異なり、年収204万円は不合理ではないと主張。これに対し原告側は、実際の仕事は定年前と変わらないと反論し、この「業務は同じかどうか」が争いの核心だった。
先に動いたのはキンドリルジャパン社側だ。同社は2025年1月6日、定年を60歳から65歳へ引き上げ、60歳時点の待遇を65歳まで維持すると発表。同年3月18日には東京地裁で、双方の互譲により同社が一定の金銭を支払う和解が成立した。
そして今回、残る日本IBM本体との間でも中労委の和解が成立。水口弁護士は「和解の詳細は明かせない」としたうえで、骨子は、2019年11月から2020年5月にかけての団体交渉での対応が不当労働行為と認定されたことに会社が遺憾の意を示したことと、今後の協議方法についての合意だと説明した。
「これまでは交渉すら難しかった」水口弁護士は、この和解で団体交渉の「方法」そのものを定めた点を重視する。
「理由をきちんと説明し、求められれば互いに誠意をもって資料を示す。こうしたルールを設けたことで、これまで交渉すら難しかったバンド3の扱いについても、改善を求める協議のテーブルにつけるようになった」と説明。
一方、労組側は処分でも解雇でもなく交渉のやり方を巡る問題で、2019年の団交から6年もの手続きを要したこと自体にも触れ「常識的な労使関係であれば、当然と思える内容の確認にここまでかかった」と振り返った。
この間、組合の交渉によって月17万円だったシニア契約社員の賃金は25万5000円まで引き上げられた。
ただし一時金や諸手当はなく、年収では新卒の初任給にも及ばない水準にとどまるという。
組合側は、均等待遇が完全に実現したわけではないとしつつ、「均等待遇を目指して労使が話し合わなければならないことを、和解を通じて確立した」とした。
なお、弁護士JPニュース編集部の取材に対し、日本IBMの広報担当者は「和解が成立したことは事実です。今後も良好な労使関係の構築に努めてまいります」とコメントした。

