「逮捕後、安福久美子被告の夫を見かけた」名古屋主婦殺人で妻を失った高羽悟さんが「被告の夫」を見て感じたこと…法廷では「時効撤廃を知った時の気持ちを問いたい」
1999年11月に名古屋市西区のアパートで主婦の高羽奈美子さん(当時32歳)が殺害された事件。犯人の安福久美子被告(逮捕当時69歳)が2025年10月末に逮捕され、今年3月上旬には殺人罪で起訴されたが、依然として詳しい犯行動機は分かっていない。
【写真を見る】「同級生だった」という高校時代のセーラー服姿の安福被告。高羽さんに思いを寄せていたという
事件現場のアパートには安福被告の血痕が残されていたため、遺族の高羽悟さん(70)は、現場保存の目的で家賃を払い続けてきた。総額は約2288万円(7月末時点)。口座引き落としではなく、高羽さんは毎月、市内の自宅から車を運転し、銀行へ通って振り込んだ。その途中の道路沿いに、安福被告の自宅は建っていた。
安福被告が逮捕されたのちにこの自宅前を通った時、高羽さんはある思いに駆られたという--事件の取材を続けるノンフィクションライターの水谷竹秀氏がレポートする。【前後編の後編。前編から読む】
カボチャを切った時に怪我をした
「安福っていう珍しい苗字があるな」
ハンドルを握る高羽さんは表札を見て、そんなふうにしか思っていなかった。ところが安福被告が逮捕された後、26年間も前を通っていたその家が、元同級生の安福の自宅だと知ることになる----。
高羽さんは高校時代、同じ軟式テニス部に所属する安福被告から好意を寄せられていた。卒業後、高羽さんが進学した大学のテニスコートにまで安福被告は姿を見せたが、交際の申し出はきっぱり断った。それでもまたコートに現れた……。
以来、20年近く音沙汰はなかった。久しぶりに再会したのは、事件が発生した年の6月、テニス部のOB会だった。その5か月後、アパートにいた奈美子さんが安福被告に刃物のようなもので刺し殺された。安福被告は手に大きな怪我を負い、血痕が現場から約500メートル離れた路上まで点々と残っていた。
安福被告は事件当時、夫と小さな子供2人と暮らしていた。周囲には事件のことを伏せていたが、手の怪我については近所の住人に「カボチャを切った時に怪我をした。だから運動会の準備には出られません」などと説明していたという。
庭先で見た安福被告の家族
報道によると、事件直後、安福被告は警察の取り調べに「事件の発生日ごろになると悩んで気持ちも落ち込んだ。だが、家族に迷惑をかけられないし、捕まるのが嫌だった」と逃亡生活中の心境を語る一方、「子育ての苦労を分からせてあげたかった」と事件の動機をほのめかす供述もしていたが、その後は黙秘に転じた。
その態度にやり場のない怒りを募らせながらも、高羽さんはアパートの家賃を振り込むため、いつものルートを車で走った。安福被告の逮捕後も借り続けているのは、血痕から採取できるDNAの遺伝子情報を捜査にもっと活用してもらうため、DNA捜査に関する法制化を訴えたいからだ。
それは今年春先のことだった。たまたま安福被告の夫とみられる男性が、自宅の庭にいるのが窓越しに見えた。高羽さんが振り返る。
「庭先で何か作業をしていました。間違いなく安福の旦那だなと思って通過しました。車で走っていたので本当に短い時間ですよ。もしまた出くわしたら、声をかけたい気持ちはありますね」
夫は事件後も安福被告と26年間、一緒に暮らしていた。だから高羽さんの頭の中には、こんな思いがある。
「逮捕から半年以上も経つのに謝罪の手紙もない。僕がもし夫と同じ立場で、犯人と26年間同居していて、しかも犯人だと気づかなかったのなら、遺族に対して申し訳ないと思う。
知っていたら自首させたんだけど、知らなかったと。自分の妻が26年間逃げ回っていた事実にもショックを受けているのかな」
高羽さんが安福被告に「問いかけたいこと」
安福被告が殺人罪に問われている刑事裁判の初公判はまだ先のようだ。息子の航平さんとともに被害者参加制度を利用して裁判に参加する予定の高羽さんは、こんな心境を吐露した。
「私ではなくてなぜ奈美子だったのか。正直なところ、彼女の口から動機の真実が語られることにはあまり期待をしていません。こちらから問いかけても、自分に不都合なところは黙秘します、という展開になると思う」
それでも高羽さんには問いかけてみたいことがある。代表幹事を務める殺人事件被害者遺族の会「宙の会」はかつて、凶悪犯罪の時効廃止を目指して署名活動を行い、7万3471筆を集め、2度にわたって法務省に提出した。世論の追い風も受けて2010年4月27日、時効廃止が成立した。
奈美子さんが殺害された当時、時効は15年。もし成立していなかったら、捜査は2014年11月に打ち切られていた。時効廃止を知った安福被告はその時、何を思っただろうか。
「あと4年で逃げ切れると思っていたところ、さぞかしがっかりしたでしょうね。その時の気持ちを聞いてみたい」
皮肉を込めた高羽さんの言葉に、安福被告は法廷でどう反応するだろうか。
(了。前編から読む)
【プロフィール】水谷竹秀(みずたに・たけひで)ノンフィクションライター。1975年生まれ。上智大学外国語学部卒。2011年、『日本を捨てた男たち』で第9回開高健ノンフィクション賞を受賞。他に『ルポ 国際ロマンス詐欺』(小学館新書)などの著書がある。10年超のフィリピン滞在歴を基に「アジアと日本人」について、また事件を含めた現代の世相に関しても幅広く取材を続け、ウクライナでの戦地ルポも執筆。
