「細木先生の改名で運気が上がった」仕事ゼロのドン底から最高月収1000万を更新も! おさるが見せた“スパダリ”素顔「妻の授乳中は起きて隣で腕立て伏せを…」
占い師・細木数子さん(享年83)の半生を描いたNetflixドラマ『地獄に堕ちるわよ』が大きな話題を呼んだ。細木さんといえば、お笑い芸人・おさる(57)を"モンキッキー"へと改名させた一件も世間に強烈なインパクトを残している。
【写真を見る】14歳年下の美人妻・山川恵里佳さんとのツーショットなど
改名後には仕事が激減。現在は芸名を元に戻したおさるだが、前編で「改名のおかげで運気が上がり、2007年に14歳年下のタレント・山川恵里佳さんと結婚を引き寄せた」と感謝の言葉を口にした。彼には"恐妻家"のイメージもあるが、実際はどうなのか。夫として、父としての知られざる素顔と、現在の仕事事情について直撃した。【前後編の後編。前編から読む】
妻も細木先生と同じ
──山川さんと結婚できたのは改名のおかげで運気が上がったから、ということは、仲が良いということ?
「ケンカはしませんね。私が一方的に叱られてますけど、指摘されることは、『ごもっとも』と納得できることばかり。今朝も説教されました(笑)」
──朝から説教ですか。
「ウチには高校2年の長女と中学2年の長男がいるんですけど、息子が試験の前日に釣りに行くと言うので、『勉強したほうがいいんじゃないか』と注意したんです。そうしたら妻が『あなたは芸人なのに、普通のお父さんになりかけてる。それでいいの?』『そもそも、あなたがどれだけの者なの!?』とピシャリと言われまして。令和版『ズバリ言うわよ!』ですよね(笑)。
でも、妻も細木先生と同じで、自分のブランディングが上手なんです。だから恐妻家というのはテレビ用に作りあげたイメージですよ」
──言い返したりはしないのですか。
「言い争うこと自体が嫌いなんです。夫婦といっても違う人間。私は相手に合わせていく。たとえば結婚前、私がお酒を飲んで道で寝てしまったりするのを『気になる』と指摘されたので、『じゃあお酒はやめる』と宣言し、それから一切飲んでいません」
──なかなかできないことですね。
「一緒に暮らす人が嫌がることはやらない。喜んでもらえることをやる。実はお笑いも一緒なんです。お客さんに楽しんでもらうにはどうしたらいいかを常に考えていますから。家庭でも同じで、子どもが生まれたときは、私も子どものオムツを替えたり、お風呂に入れたり。夜中、妻が30分おきに起きて母乳をあげているときは、私が代わってあげることはできないので、起きて腕立て伏せをしたり(笑)」
──奥様からすれば、横でグーグー寝ていられるよりいいかもしれませんね。
「今は皿洗いも僕の担当。5、6年前、妻が風邪で寝込んだとき、皿洗いをしたら『助かるわ』と言うんで、こんなんで助かるんや、と思ってから僕がやるように。あとは掃除もしますし、お弁当作りも、妻が仕事でできないときにやっています。妻のクオリティとは全然違いますけど」
──時代を先取りした夫だったんですね。
「妻が私と話をしてくれて、付き合って、結婚してくれて、私の子どもを産んでくれて、子どもにご飯を作ってくれる──これ全部感謝なんです。妻は厳しい指摘もしますが、基本は優しいですよ。
書道をやりたい、と言ったときも協力してくれましたから」
芸人時代の最高月収1000万円を更新
──今、書家として活動されていますね。いつ頃始めたのですか。
「38歳で結婚したと同時に、『やってもいいかな』と相談して始めました。いつかちゃんとやらないといけないな、とずっと思っていたので」
──やらないといけない?
「母親の影響かな。母が書道とそろばんの先生で、私は4歳から中学までずっと習っていたんです。とくに書道については厳しく、幼稚園の頃は絵本の『ガリヴァー旅行記』を1ページ目から最後まできちんとした字で書き写して、母がOKを出してくれるまで遊びに行かせてもらえなかったり……。
母が言うには、字と姿勢と声は、自分で磨けて武器にできるんだと。それで、結婚を機に、松川昌弘先生という書家に師事して、先生のお宅に妻や子どもも一緒に通っていたんです」
──書を仕事にしようと思ってのことですか?
「仕事になれば最高だな、という気持ちはありましたけど、現実には書道教室は減り、パソコンやスマホが出てきて、字を書く機会は減っていましたからね。妻には『書道に向ける熱意はすごいし、やると決めたらとことんやる人だとわかっているけど、その熱意をちょっとお仕事のほうに向けられないかな』と、あるときから言われていました」
──今では書が仕事になった?
「3メートル×2メートルとかの大きい作品を、企業が1点数百万円で購入してくださったり、企業のパーティーやイベントに呼ばれてパフォーマンスしたりと仕事になりましたね。
書に縁起の良い龍や恐竜の絵も入れ、喜んでいただいています。あと、8年前から、都内の保育園で園児に書道を教えています。今では書の仕事とお笑いの仕事は半々くらいで、書家としての収入が、お笑い芸人としていただいた最高月収の1000万円と同じくらいになることもあります。妻は安心したのか、何も言わなくなりました」
──それは良かったです。
「書も表現。紙の上で何をどう書くか。自由で、書く人のそれまでの人生が反映されるものなんですよ」
一度は"地獄"を見たおさる書き下ろす文字には、味わい深い生き様が刻まれていた──。
(了。前編から読む)
(取材・文/中野裕子)
