すっぽり見逃しちゃってる…2018全米オープンの大坂なおみ戦で「炸裂した事態の一部始終」を、「IBM・ワトソンがすっかりスルー」してしまったわけ
急速に広がるAI。すでに生活のあらゆる場面に浸透しつつあり、googleやYahoo!など、大手の各検索サイトでは、検索結果より前に「AIによる回答」が表示されるまでになりました。
一方で、「AIにも限界がある」「AIに向いている仕事、向いていない仕事がある」「AIは人間には敵わない」などとも、よく指摘されます。しかし、その具体的で合理的な解説に出会うことは、まだ多くはないようです。
AIの限界と、AIに使用されている現在のコンピュータを凌駕する切り札とは?
理論物理学、理論化学を専門とし、量子コンピュータについての特許の発明者でもある筑波大学計算科学研究センター准教授の小泉裕康さんが、「量子コンピュータとはなにか」をテーマに、現在の「古典コンピュータ」をエンジンとするAIの限界と、それをはるかに凌(しの)ぐ「量子コンピュータ」の処理能力についてわかりやすく説明する、特別連載をお届けします。
まずは、2018年の全米オープンテニスでの、AIハイライト動画から受けた“ちょっとした違和感”から考えていきます。
「ハイライト動画」に感じた違和感
2018年の全米オープンテニスでは、大坂なおみが日本人選手として初めて、シングルスでグランドスラムタイトルを獲得しました。私は、この試合の模様を全米オープンテニスのホームページで配信されていた無料のインターネットラジオ中継で聴いていました。
大坂が対戦相手のセリーナ・ウィリアムズを下すと、ほどなくして同ホームページ上に、IBMの「ワトソン」を使った「AI Match Highlights」(AIが編集したゲームのハイライト動画)がアップされました。
ワトソンはIBMが作った商用の人工知能で、2011年にアメリカの「Jeopardy!」というクイズ番組で歴代のチャンピオン2人を倒したことで有名になりました。ワトソンはその後、白血病の診断に使われて人間の医師を上回るパフォーマンスを上げるなどの話題も提供しています。
そのワトソンが作製したハイライト動画によって、ラジオ中継では目にすることのできなかった大坂とセリーナの試合の見どころを確認することができました。ワトソンの処理能力は迅速かつ的確で、2人のラリーの応酬などのプレーの妙技を堪能することができました。
しかし私は、このハイライト動画にもの足りなさを感じました。それは、この試合のハイライトが、“プレーとは別のところ”にあったからです。
前代未聞の出来事を「スルー」したAI編集の動画
この試合では、通常ではありえない異常な出来事が起こっていました。
始まりは、セリーナが試合中に、ハンドサインなどを通じてコーチからの指示を受け、規則に違反したとして注意を受けたことです。その後、フラストレーションのたまったセリーナは、ラケットの破壊行為をおこない、これもまた規則違反として2度目の違反行為と認定されました。そして、2度の違反行為のペナルティーとして、1ポイントが大坂に与えられたのです。
セリーナはさらに、主審と口論になり、侮辱的な発言をしたとして3度目の違反行為を犯しました。3度の違反行為のペナルティーは重く、1ゲームが大坂に与えられました。
前代未聞の事態に試合会場は騒然とした雰囲気に包まれたのですが、私がAI編集のハイライトにもの足りなさを感じたのは、この“異常事態”がまったく含まれていなかったからです。
人間の感性とAIの「ハイライトの捉え方」
その後、ワトソン編集のハイライト動画にかなり遅れて、スポーツチャンネルESPNもハイライト動画を公開しました。
こちらでは、最初の違反行為に対するセリーナの弁明に始まり、それが聞き入れられないことによるフラストレーションの蓄積、不満が爆発してラケットをコートにたたきつけて破壊する行為、それに続くセリーナと主審のやりとりと、1ゲームが大坂に与えられた重いペナルティーで異様な雰囲気になった会場のようすなどを確認することができました。
この試合のように、ハイライトが純然たるテニスのプレー「以外」の部分にあった場合、AIは「人間がハイライトだと思う部分」を見逃してしまいます。この問題は、AIといえどもプログラムされたものであり、結局は「何がハイライトであるか」ということを学習させなければ理解できないということに起因しています。
たとえディープラーニング(深層学習)を使っても、この試合のような事態が起こったときに、そのハイライトに対する特徴量を見つけることができるとは思えません。そもそもこのような事態は、人間ですら予想できなかったことです。
しかし、人間の感性は、初めて直面するこの異常事態をゲームのハイライトとして的確にとらえることができます。
もしAIが審判だったら?
他方、コンピュータに得意な部分に限って考えれば、ワトソンは人間に比べて良い仕事をしたと言えます。
およそ1時間20分の長い試合映像から、人間にはとうてい不可能な短い時間でハイライト動画を作ることができています。この、「短い時間で大量のデータを処理する」能力は、コンピュータが人間をはるかに凌(しの)ぐ得意分野です。
この例からはまた、人間のおこなっている行為をAIが代行した場合に、利点が生じる可能性があることも見出すことができます。たとえば、もし主審がAIであったなら、このような異常事態は起きなかったかもしれません。
現在のコンピュータや測定機器の性能なら、人間よりも正確に通常のプレーに関する判定を下すことが可能です(実際、現在のテニスの主要大会では、カメラやセンサーでボールの軌道と落下点を自動解析し、インかアウトかのライン・コールを自動判定するシステムが導入されています)。
選手の立場に立てば、機械を相手に抗議をしてもしょうがないので、もしあの試合の主審がAIであったなら、セリーナは主審と口論など起こさず、侮辱的な発言もなかったかもしれません。そうであれば、その後に続く異常事態も起こらなかったことになります。
このように、AIを採用することでメリットの生じる分野は数多く存在します。しかし、現実的な諸課題にAIを適用しようとすると、きわめて大きな問題が立ちふさがることがあります。「フレーム問題」とよばれる問題です。
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膨大な情報から瞬時に結論を導き出すようなタスクは、人間に比べ、AIが圧倒的に有利であることがわかります。しかし、現在のAIには越えられないきわめて大きな問題として、「フレーム問題」が立ちはだかっているといいます。
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