紛争地で急増する医療への攻撃 現場の安全対策は?「国境なき医師団日本」事務局長インタビュー
世界各地で大規模な軍事衝突が相次ぐ中、医療施設を標的にした攻撃が急増し、医療など支援従事者の犠牲者も増加している。紛争地などで活動する「国境なき医師団日本」の村田慎二郎事務局長に、「医療への攻撃」が常態化している現状や、活動の前提となる安全確保のための取り組みについて聞いた。(聞き手 国際部・坂井英人)
■急増する医療への攻撃 目立つ「正当化」

ウクライナやイラン、パレスチナ自治区ガザ地区、ヨルダンなど、各地で大規模な戦争・軍事衝突が相次ぐ中、医療施設を標的にした攻撃が急増し、大きな問題になっている。
WHO(世界保健機関)のデータでは、ロシアによるウクライナ侵攻が始まった2022年、世界の紛争地における医療への攻撃件数は前の年の841件から倍以上となる1795件となり、2025年も1425件が報告された。また、医療など支援従事者の死者数は2025年だけで350人にのぼっている。(The Aid Worker Security Databaseより)
7月、日本テレビのインタビューに応じた「国境なき医師団日本」の村田慎二郎事務局長は2005年に国境なき医師団に参加し、派遣先でのプロジェクトを指揮する「活動責任者」などを務め、シリア、南スーダン、イエメンなどの紛争地で活動してきた。近年の状況について、医療への攻撃の「正当化」が1つの特徴だと指摘する。
国境なき医師団日本 村田慎二郎事務局長
「一昔前までは、例えば(現地の空軍により)病院が空爆された後、『誤爆だった』という言い訳をすることが多かったが、最近は『その医療施設が(軍事利用され)保護される役割を失っている』という、軍事攻撃の正当化が行われている」
「その一番の例がパレスチナのガザで、『病院の地下にハマスがいるのではないか』という疑いを持って、そのテロリストグループとの戦いという名目で軍事攻撃を正当化する。そこに一般市民の女性や子供の患者がいたとしてもテロとの戦いが最優先され、病院を標的にするという傾向があると考えている」
――なぜ、紛争当事者による医療への攻撃がはばかりなく行われるようになったのか?
国境なき医師団日本 村田慎二郎事務局長
「ずっと遡るが、9.11のあの出来事(2001年アメリカ同時多発テロ)というのは非常に大きかった。あそこで対テロというものに対しての国家の認識がだいぶ変わってしまった」
「テロリストという名前、ラベルを貼ればそれに対する攻撃が最優先され、本来であれば一般市民を保護する国際人道法というものの優先順位が完全に下にさがってしまう。その傾向がどんどん強まり、保護される権利が脅かされているといえる」
「10年前、2016年の5月に国連安保理の決議2286号というのがあり、それは紛争地での医療への攻撃を強く非難するという決議だった。あの時は全会一致で、アメリカもロシアも中国も、どの国も賛成に回った。それから10年経ち、状況はよくなっていないどころか、(攻撃が)常態化し、むしろ激しさも増している」
「日本政府も元々は共同起案国の1つだった。決議を主導した側だったが、それから10年経って、こういう傾向(医療への攻撃)がずっとある。日本は本来はルールが本当に守られているのかを確認する側にいると思う。10年前の決議をリードした国が何をするかというのが問われているのではないか」
■「医療が失われる」ことが意味するもの

国境なき医師団日本 村田慎二郎事務局長
「医療への攻撃は、そこの病院で働いている医師や看護師、そこにいる患者さんたちが被害になるだけでなく、その病院を命綱にしている現地の何千人、何万人という人たちから医療へのアクセスが完全に奪われてしまうことが問題。それによって救えるはずの命、助かるはずの命がどんどん助からなくなっていく」
――医療へのアクセスが絶たれるということは、住む人にとって何を意味するのか?
国境なき医師団日本 村田慎二郎事務局長
「単純に、病気になっても怪我をしても攻撃されても、蛇に噛まれても熱が出てもお医者さんがいない、病院がないということ。そこで治ればいいが、治らなければそのまま死を迎える。そうすると、そこの地域の死亡率がどんどんと上がっていくことになる」
「医療へのアクセスは一番基本的な人権だと思うが、それが絶たれると言うこと。人間が人間らしく生きていくための尊厳が絶たれる」
「(医療機関が整備された)日本であれば助けられた命というものがどんどんと助からなくなっていく。救えたはずであろう命が救えなくなっていく。そのケースが増えていくというのが医療への攻撃の影響だ」
■102人が死亡 安全に活動するための「アクセプタンス」

――国境なき医師団の職員で仕事・活動中に亡くなった方の数は?
国境なき医師団日本 村田慎二郎事務局長
「国境なき医師団は1971年12月にできたので、今年で55年。1971年から今年の7月1日まで、全部で102名のスタッフが勤務中に殺害されている。その中での内訳は(派遣先とは別の国からの)派遣スタッフ15名、現地スタッフ87名。日本人職員の犠牲者はいない。年間平均では約1.8人ということになる。2020以降(の死者)が13名なので、こちらも年間平均で約1.8人。55年間の平均としても、また2020年以降の平均でも同じ」
「主にミャンマー、ウクライナ、パレスチナ、スーダンといったところで(医療への攻撃が)非常に増えているという傾向は全体としてあるが、国境なき医師団は紛争地で長年活動し、しっかりした安全対策をもち、それを守れている。全体の数が右肩上がりになっていても、我々の死者数は横ばいで抑えられている。
――スタッフの安全確保について聞きたい。例えば日本から派遣される人への事前講習などあるのか?
国境なき医師団日本 村田慎二郎事務局長
「医師や看護師、非医療スタッフを含めて毎年大体100人くらいが派遣されているが、彼ら、特に新しく入ったスタッフをトレーニングするのはヨーロッパにある統括本部というところがやっている。あとは現場でのトレーニングが主になる」
「いわゆる紛争地での安全対策には主に3種類のストラテジーがある。現地にいる様々な関係者全てから我々の医療・人道援助活動に対する理解と支持を得ていくためのアクセプタンス(受け入れ)。2つ目は泥棒などの軽犯罪に対して自分たちの身を守るプロテクション。最後が、武装したグループから自分たちを守るためにこちらも武装し、抑止(ディタランス)するためのストラテジー」
「国境なき医師団が一番大事だと考えるのは、一番最初のアクセプタンスストラテジー。なので、自分たちが誰で、なぜそこにいて、何をしようとしている団体なのかを、現地の様々な利害関係者にしっかり伝えて理解と支持を得るための取り組みや交渉が非常に重要。それができていれば、安全かつ継続的に仕事を続けていくことはほとんどのところで可能」
■自分たちの存在が現地の人の希望になりうる

村田氏によると、国境なき医師団のスタッフの犠牲者は年間平均で約1.8人。医療への攻撃が常態化する中で増加していないとはいえ、この数字がもつ意味は重い。命のリスクがある現場に、なぜ向かうのか。村田氏はシリアで患者からかけられた言葉を教えてくれた。
国境なき医師団日本 村田慎二郎事務局長
「10年ぐらいずっと現場で仕事をしてきて、正直言って何回か辞めようと思ったことはある。私の場合はシリア内戦がそうだった。何度プレスリリースで国際人道法を遵守すべきと訴えても、まったく医療への攻撃が収まらない。自分たちがやってることは本当に焼け石に水じゃないかと思ったことがある」
「その時に1人の患者さんから『あなたたちは私たちの希望なんだ。だからそういうことは言わないでほしい』と言われた。そういう風に見られていたのかと、はっとした。今のガザやパレスチナでもそうだと思うが、我々のように現地の人たちと一緒になって前線で働いてる人のたちの姿は、現地の人たちからすると、『世界中の全てから完全に見捨てられたわけじゃないんだ』という、そういう希望にもなれるということを学んだ」
「この仕事の意義は、世界で一番弱い立場にいる人たちに、しっかりと貢献できること。やっぱり医療というのは人間の尊厳を守る一番最後の線だと思っているので、そこが攻撃されてしまうと、もう完全に無差別になってしまう。事務局長の任期が終わったら、また現場に戻りたいと考えている」
