ドーハ組 空中分解の危機あった 柱谷哲二氏が回顧 絶対的司令塔に「賛同できないなら自分から辞めて」
サッカー元日本代表DFで主将も務めた柱谷哲二氏(62)が、3日放送の日本テレビ系「しゃべくり007」(月曜後9・00)に出演し、ドーハ組の知られざる空中分解危機について明かした。
W杯初出場を目指していた日本代表は93年10月、アジア最終予選のため、FWカズ、MFラモス瑠偉氏、現日本代表の森保一監督らが決戦の地カタール・ドーハへ。オランダ人のハンス・オフト監督率いる日本は、勝利が義務づけられたイラクとの最終戦に、アディショナルタイムに同点ゴールを許して引き分け、初出場はお預けとなった。
MCの「くりぃむしちゅー」上田晋也からは、当時のドーハ組だった出演者たちに、オフト氏についての質問が飛んだ。ラモス氏は、「彼のおかげで41歳までサッカーができた。恩人だと思っていますけど」と感謝しつつ、「最初は彼のやり方が気に入らなくて」と素直に打ち明けた。森保監督によると、2人の口論は「選手全員の前でやってました」というほどだったという。
すると、柱谷氏は根深かった2人の確執について明かした。「(ラモス氏が)最初、“つまらない”から始まるんです。“オフトのサッカー、つまんない”って。そこから僕の部屋に来て」。柱谷氏は当時、森保監督と同室で、空気を察した森保監督はすっと部屋を後にしたといい、2人きりで話をしたことも明かした。
92年アジア杯の際には、柱谷氏がラモス氏を説得したこともあったという。「アジアカップの前の時に、“ラモスさんの部屋に行ってくる”って、ばーっと行って。“ラモスさん、入ります”って」。そこで、ラモス氏に大きな決断を迫ったという。
「“ラモスさん、もう日本代表は、オフトジャパンで行くと決まっています。ラモスさんだけですよ、ああだこうだ言っているのは。もし賛同できないのであれば、自分から辞めて下さい”って。辞退して下さいって」。チームの絶対的司令塔に対するまさかの一言に、スタジオは大きなどよめきに包まれた。
柱谷氏は「言った瞬間に僕、ばーっとすぐ帰って、はあ…って」と、胸に手を当てるジェスチャーで回顧。今度は爆笑が起きた。
ラモス氏は、柱谷氏からの言葉を補足した。「“監督をやろうとしていることを全然、やっていないんじゃないかな。監督がやることをやって、もしそれがはまらなかったら、私も(代表を)辞めます”って言ったんです」。柱谷氏の言う通り、監督の指示に従っていなかった自覚はあったという。「なるほど、ちょっとやってみようかな。雰囲気を悪くしたくないから、まじめにやろうかなって」。こうして、チームは空中分解の危機を免れたという。

