ゴキブリはなぜ怖い?『ざんねんないきもの事典』動物学者が解説する意外な理由
部屋の隅を突然走り抜ける黒い影を見て、思わず叫んでしまった経験がある人もいるかもしれません。そう、ゴキブリです。なぜ私たちは、これほどまでにゴキブリを「怖い」と感じるのでしょうか。
その理由を紐解くのは、『ざんねんないきもの事典』や動く図鑑「MOVE」シリーズの監修でも知られる動物学者・今泉忠明先生。著書『気がつけば動物学者三代』(講談社)には、今泉先生の子ども時代や動物との出会い、そして動物学者として歩んできた中で経験したさまざまなエピソードが綴られています。本連載では、本書から一部を抜粋して紹介。第8回では、今泉先生が考える「人が動物や虫を嫌いになる理由」についてお届けします。
三代続く動物と自然への好奇心
父の教えは、僕の息子にも受け継がれています。
息子は、僕と同じ東京水産大学(現・東京海洋大学) に入りましたが、僕とは違い、イルカが出す超音波の研究に携わっていました。今は、茨城県にある研究所で働いています。魚群探知機で海の中を観察し、漁獲量の計算などを行っているのだそうです。
こうして親子三代で動物学者になったわけですが、僕は息子に対して動物学者になってほしいと望んだことは一度もありません。ただ、自然の中で遊ばせてやりたい、動物や虫に親しんでほしいという思いはあったので、子どものころから、山や海などさまざまな場所に連れていきました。
息子は3歳のときに、早くも富士登山に挑戦しました。大人ならひと晩で登るところを、山小屋に3泊するというゆっくりしたペースでしたが、きちんと頂上まで登りきりました。
小学生の夏休みには、千葉県の館山湾でウミホタルを捕まえたこともあります。ロープをつけたザルに魚のアラ(頭や中骨、尾などのこと)を入れて海に沈め、30分ほど待って引き上げると、魚に寄ってきたウミホタルでザルはいっぱいになりました。ウミホタルは、三ミリメートルほどの楕円形の甲殻類で、青や紫にピカピカと光っているように見えます。「上唇腺」と呼ばれる部分から液体を発射し、それが水中の酸素と反応することでネオンのように光るのです。息子は興味津々で、夏休みの自由研究の題材にしました。
もちろん、山での調査にも連れていきました。父が僕や兄にしてくれたように、ネズミやモグラの捕まえ方や、標本の作り方も教えました。そのため、息子は動物の死体や血を見るのを怖がることはありませんでしたし、暗闇だってへっちゃらでした。
僕が育った家がそうであったように、我が家にはいつも研究用の動物がいましたし、標本や研究に使うための糞などもいっぱいです。だから、息子にとってもその環境が当たり前になっていました。もっとも、息子の友達からは、「今泉君の家、動物の骨とかいっぱいあって怖い」なんて言われたこともあったそうです。
最近では、まだ3歳の孫にも動物のことを教え始めました。ちょうど研究に使う、美しいタカチホヘビが我が家にいたので、顔に近づけて、ほおずりさせてみました。
「かわいいぞー。触ってごらん」
孫は怖がる様子もなく、ヘビに興味を示していました。本の第1章でも少し触れましたが、小さな子どもは恐怖心よりも好奇心が勝っているので、ヘビだって怖いと感じません。親や周囲の人が「怖い」と教えなければ、怖がったり嫌ったりしないのです。
なんでゴキブリは怖いの?
子どもが動物や虫を嫌いになる大きな原因のひとつに、「お母さんの反応」があると僕は考えています。たとえば、家にゴキブリが現れたら、たいていのお母さんは「キャ〜」と悲鳴をあげますよね。母親の悲鳴を聞いて子どもは、「ゴキブリは怖い」と無意識のうちに判断するのです。人間も含め、動物には母親の反応によって危険を認識する能力が備わっており、それは生き抜くための知恵でもあります。とはいえ、危険ではないものまで怖がったり嫌いになってしまっては、もったいないような気がします。
ちなみに、追い払おうとしているにもかかわらず、ゴキブリが人間のほうに向かってくることがよくありますが、これは「ゴキブリが勇敢だから」とか、「人間を攻撃しようとしているから」ではありません。ゴキブリをはじめ、昆虫の目は周囲のものがよく見えておらず、「明るいか暗いか」だけで世界を判別しています。ゴキブリは暗いほうに逃げる性質があり、近づけばそれが影になるので、向かってくるというわけです。
こういった知識があれば、「ゴキブリが怖い」という気持ちが少しは和らぐのではないでしょうか。もしかしたら、ゴキブリに興味が湧く人だっているかもしれません。
動物や虫が「怖い」「気持ち悪い」と思う人は、まずは生き物の特徴を知ることから始めてみてはどうでしょう。そのうち興味が湧いて、「実物を見てみたい!」と感じたら、しめたものです。そこから、「山の中で実際に探してみたい!」と思うようになるかもしれません。
みなさんにもぜひ、自然と接し、生き物のことを調べる楽しさを感じてほしいと思います。だって、人間も生き物であり、動物のひとつなのですから。

