2021年9月28日深夜から29日未明にかけて、長野県塩尻市にある老舗の酒造会社で、当時県議会議員だった丸山大輔の妻が殺害される事件が起きた。

捜査に浮上したのは夫の丸山。しかし丸山がその日自宅に戻ったという証拠は見つからず、捜査は難航する。そんな中、丸山はメディアの取材に堂々と応じ「早く何かしら手がかりを見つけて解決してほしい」と語った。丸山にアリバイもある中、のべ4万5千人もの捜査員を投入した執念の捜査が続くことになる。

29日朝、丸山の息子が目を覚ますと、母親が倒れて息をしていないことに気づき、兄弟に伝え通報。父親の丸山は、議会の会期中で長野市内の議員会館に寝泊まりしていた。息子からの電話で「お母さんが倒れてて息してない」と告げられた丸山は、同僚議員に「妻が倒れて」とだけ伝え自宅へ向かうことに。長野市から自宅のある塩尻市までは車で1時間半から2時間ほどかかる距離だった。

警察、救急隊が駆けつけ、妻の死亡が確認された。遺体は家族の住居とつながる酒蔵の事務所で発見。金庫からは現金が盗まれ、その机だけが荒らされていた。

現場には靴の足跡がいくつもあった。事務所は自宅とつながっているため、家族は普段そこで靴を履いていなかったという。刑事たちは犯人の足跡である可能性が高いとみたが、遺体の周辺には足跡がまったく見当たらなかった。

そこへ駆けつけた丸山が姿を見せる。刑事たちに金庫の場所を知る人物について問われると「事務員はみんな知っています。お酒を買いに来るお客様の中にも見ていた人がいるかもしれません」と話し、鍵は同じ机の別の引き出しに保管しており、すぐに見つけられると答えた。

そして、事件当夜どこにいたかと聞かれた丸山は「先週から議会が始まって、会期中はいつも議員会館の宿舎に寝泊まりしています。昨晩も、議員会館でその原稿作成をしていました」と説明した。

検視の結果、妻の死亡推定時刻は発見された29日当日の午前1時から午前4時ごろまでの間だという。強い力で首を絞められていたが、首のかすり傷以外に目立った外傷はなく、抵抗した形跡もなかった。

金庫から盗まれたのは5万1117円のうち3万7000円。犯人は窃盗目的だったのか。だとしたら、なぜ金庫ごと持ち去らず多少の現金を残したのか。そしてなぜ妻を殺害しなければならなかったのか。捜査本部は疑問を深めていく。

現場に残された足跡を改めて調べると、13個のうち12個はつま先が入り口から机の方向に向かうもので、残る1個だけが出口に向けたもの。遺体の近くには足跡がない。

刑事たちは、靴を脱いで殺害し外に出て行ったのではないかと推測した。しかし、わざわざ靴を脱いでまで殺害するのは不自然。さらに、同じ足跡は事務所の出入り口だけでなく、隣接する瓶詰め工場でも18か所見つかった。遺体の横にあったペンチも、瓶詰め工場にあったものの可能性が高かった。

捜査幹部の一人は、窃盗ではなく最初から殺害が目的だったのではないかという逆転の発想を示した。犯人は靴を脱いで事務所に入り妻を殺害した後、窃盗に見せかけるため机を荒らし、あえて足跡を残して出て行ったのではないか。事務所が土足禁止だったことや金庫の場所を知る、身内を含む関係者の犯行である可能性が浮上した。

近隣住民への聞き込みでは新たな証言が。深夜、酒蔵の駐車場に人影があったという。目撃者によれば、車の後ろのドアを上げていたその人物は身長170センチくらいの男性で、車種はハッチバックタイプ。目撃時刻は米の乾燥機を確認する時間だったため間違いなく午前3時ごろで、これは死亡推定時刻である午前1時から4時の間に当てはまる。

刑事たちは近隣の防犯カメラの提供を求めた。防犯カメラには、午前1時43分ごろ酒蔵に向かう車や、午前3時4分ごろ酒蔵方面から逆方向に向かう車が記録されていた。この時間帯に犯行が行われた可能性が高いとみて、映像の解析が進められることになった。

刑事の一人は、事務所に見知らぬ人物が現れたのなら妻は逃げるか声を上げるはずだと指摘。逃げも騒ぎもせず、犯人に近づいていける相手だったとすれば、妻とかなり親しい人物ということになる。そしてその犯人像に当てはまるのが、深夜の事務所にいても何ら不思議ではない丸山自身。しかし丸山にはアリバイがあった。

事件前夜、丸山は同僚議員と食事を共にしていた。議会が終わったのは午後4時36分、店に入ったのは午後6時過ぎだったという。翌日の一般質問の担当だった丸山は午後9時過ぎには「明日の一般質問の原稿がまだだから」と、議員会館2階の自室に戻った。同僚議員は、午後11時ごろに解散するまで丸山が部屋から出てくるのを見ていないと証言。また別の同僚議員は、午後11時過ぎにコンビニへ行った帰り、丸山の部屋の電気がすでに消えていたのを見たと話した。

つまり夜9時40分以降、丸山の姿を見た者は誰もいなかったことになる。翌朝6時前、共同のシャワー室に向かう丸山とすれ違った議員がおり宿舎にいたことは確認できたが、夜9時40分ごろから朝6時ごろまでの空白の時間、丸山が本当に原稿を書いていたのかは分からなかった。

捜査により、殺害現場となった事務所の電気が午前2時44分ごろについていたことが判明。近くの防犯カメラには午前1時43分ごろに酒蔵方面に向かう車が、近隣住民が目撃したのは午前3時ごろ、そして午前3時4分ごろ酒蔵方面から逆方向に向かう車が記録されていた。映っていた車は丸山の車と似ており、また車で片道2時間、往復するのは十分可能だった。

だが、丸山の車は「Nシステム」という自動車のナンバープレートを瞬時に読み取り照合するシステムには引っかかっていなかった。高速道路を利用した形跡がなく、長野と塩尻を往復した証拠がなかったのだ。下道であれば何通りものルートがあり、「Nシステム」に引っかからずに移動できる可能性がある。しかし下道のあらゆる道の防犯カメラを調べるのは気の遠くなるような作業だった。

丸山はどういう人物だったのか。公認会計士を目指して専門学校に入学したものの、その翌年に父親が急死。実家は明治時代から続く酒蔵で、酒造りの知識がなかった丸山が4代目の社長に就くことになった。

社長就任から1年後、後の妻となる女性と出会い、2年の交際を経て結婚。

そんな丸山について警察は衝撃の事実をつかむ。丸山が一人の女性にかなり入れ込んでおり、二人が一緒にいるところを見た者が大勢いて噂になっていたというのだ。女性は、長い間交際していたことを認めた。

県議会議員に初当選した丸山は、その後この女性に積極的にアプローチを重ね、8か月ほど経った頃に親密な関係になったという。丸山は「明日までに準備しないといけないことがある」などと妻に伝えては議員宿舎に泊まり、女性のマンションで過ごすことが多くなっていった。しかし、妻が丸山のポケットの中にあったマンションの鍵に気づき、夫が見知らぬマンションに入っていくのを目撃した妻は、部屋を突き止めて訪ね女性と対面した。

こうしてこの不倫は妻の両親の知るところとなり、丸山は謝罪。女性とは関係を切り、離婚もしないと誓ったという。

しかしその誓いは守られなかった。丸山は女性にメッセージを送り続け、二人の関係は事件直前の時期まで続いていた。女性は、離婚していない丸山と付き合い続けることはよくないと考え、連絡を拒むなど距離を置くようになる。それでも丸山からの連絡は続き、最終的に女性は「他に付き合っている人がいます。もう連絡を取るのは難しいです」とメッセージを送った。このやり取りは女性の携帯電話に残されていた。

事件から1年が過ぎても、決定的な証拠がないまま丸山への疑いは消えなかった。捜査員は改めて丸山に事件当夜の行動を確認。丸山は「少しお酒を飲んでしまい、なかなか原稿が完成できず、考えているうちに朝になった」と説明し、証言は変わらなかった。

そんな中、事件解決につながる糸口が見つかる。捜査員が丸山の車を確認したところ、大きく目立つ傷が3か所あり、事件より前からついていたものだと分かる。さらに、丸山のものと思われる車が映った防犯カメラ映像が8つ発見された。8つの映像に映っていた時間はすべて、長野市内から塩尻へ向かい、妻を殺害し、再び長野市内の宿舎へ戻ってくるまでの行程と辻褄が合っていた。

専門家による映像解析が行われ、丸山の車にあった傷がこの映像で確認できないかが検討された。傷のない同型・同色の車を用意し、同じ時刻・同じ条件で防犯カメラの映像を撮影する実験を実施。実験の結果、傷のない車と事件当日に映っていた車とでは、光の当たり方や凹んだ部分の影の出方に違いがあり、その違いが出ていた場所は丸山の車の傷の位置と一致。さらに事件の1週間前、同じ時間・同じルートを走った映像も見つかり、あらかじめ下見をしていたことも判明した。

家宅捜索が行われ、丸山の携帯電話やパソコンが押収された。パソコンの解析では、丸山が「原稿を作っていた」と話していた事件当夜、パソコンを起動しUSBメモリーを挿してはいたものの、原稿データを開いた形跡はなく、早朝午前5時24分と6時40分に上書き保存をしていただけで、その間文字は一文字も打たれていなかったことが分かり、原稿を作成していたという丸山の供述とは一致しなかった。

こうして事件から1年2か月後の2022年11月28日、丸山は妻の殺害容疑で逮捕された。

裁判で認定された犯行の動機はこのようなもの。妻のいる丸山と距離をとろうとし、会うことを避けるようになった女性。彼女を手放したくなかった丸山は、妻との離婚を本気で考えたが、離婚し議員生命が絶たれることも避けたかった。妻が何者かに殺されたことにできれば、県議会議員も続けられ、女性との関係も続けられる。そう考えた丸山は、妻殺害を計画。議会の会期中であれば自宅から遠く離れた長野市内にいつもいるため、アリバイも作りやすいと考えたとみられている。

同僚たちが部屋に戻るのをじっと待ち、部屋の電気をつけたままにするか迷った末に消した丸山は、9月28日午後11時15分ごろ、あらかじめ下見していた高速道路を使わないルートで自宅へ向かった。2時間以上かけて到着した丸山は、10年以上履いていなかった靴を探し出し、瓶詰め工場から工具を持ち出して事務所へ向かった。丸山は妻を殺害した後、窃盗に見せかけるため机を荒らし、捜査をかく乱するためかあえて足跡を残して事務所を出たと検察側は主張した。そして丸山は再び2時間以上かけて長野市内の議員宿舎へ戻った。これらの点は裁判で争われたが、丸山本人は最後まで殺害を認めなかった。

事件を知らせるニュースを見て、以前不倫相手だった女性は丸山の犯行かもしれないと怖くなり距離を置いていた。しかし丸山は、妻が亡くなってまだ間もない時期から執拗に連絡を送り続けた。女性が「今、お付き合いしている人と別れるつもりはないです」と拒み続けると、丸山は女性が自分のもとへ戻ってくるよう、「別れさせ屋」に依頼までしていたのだ。

今回の事件の捜査の決め手となったのは「Nシステム」。通過する自動車のナンバーを自動的に読み取り、手配車両のナンバーと照合する自動車ナンバー自動読み取りシステムで、警察庁により1986年に導入。これまでにも多くの事件解決に寄与してきている。

裁判の結果、長野地方裁判所は丸山に対し懲役19年の実刑判決を言い渡し、判決はその後確定。丸山は今も無罪を主張し続けているという。