工藤会のトップ交代 背景に組織の弱体化 「頂上作戦」指揮した元刑事部長に聞く 福岡
福岡県公安委員会は、特定危険指定暴力団、工藤会のトップが交代したと認定し、16日に官報に公示しました。20年以上にわたって組織を支配した野村悟被告(79)。トップ交代の背景には、組織の弱体化がありました。
■記者
「午後2時です。福岡県警の捜査員が、野村被告の自宅にやってきました。」
野村被告のトップ交代を受け16日午後、組員の立ち入りを禁止する使用制限命令の標章が取り外されました。
福岡県公安委員会は16日、工藤会のトップが、総裁の野村悟被告(79)から、ナンバー2で会長の田上不美夫被告(70)に交代したと官報に公示しました。
■記者
「事件があったのは、小倉の繁華街のビル1階、火炎瓶のようなものが投げ込まれました。」
2000年に工藤会の4代目会長に就任した野村被告。その後、26年にわたり実質的なトップとして組織を支配してきました。
市民を標的にする「凶悪性」で、北九州を「暴力の恐怖」に陥れた工藤会。
長年にわたり工藤会と対峙してきた福岡県警OBの尾上芳信 元刑事部長は、当時の野村被告を「誰も逆らえない存在だった」と振り返ります。
■福岡県警OB・尾上芳信 元刑事部長
「自分に逆らう、もしくは異を唱えるような人物は、粛清するなり、辞めさせるなりしながら、絶対君主というような地位を固めていましたので。みかじめを払わなければ、 刺しても、拳銃で撃っても構わないと。ましてや、手りゅう弾を投げ込むとかですね。」
2012年に福岡県警の元警部が銃撃され重傷を負った事件をきっかけに、県警は工藤会の壊滅を目指し、「頂上作戦」を開始しました。
■記者
「捜査員たちが、続々と工藤会最高幹部の家に入っていきます。」
最高幹部を相次いで逮捕しました。
野村被告は、元警部銃撃事件を含む市民を狙った4つの事件に関わったとして殺人などの罪に問われ、2審で無期懲役の判決を受け、最高裁に上告しています。
「頂上作戦」とその後の徹底した取り締まりで、2008年のピーク時には1200人余りに上った工藤会の勢力は、2025年末時点でおよそ200人にまで減少しました。
■街の人
「本当の話という感じがしないというか、映画の話みたいだなと思っています。警察が夜多いので、すごく平和に暮らしています。」
「お客さんの中に、もしかしたらそういう方もいるかもしれないですが、全然気がつかない。」
「おもちゃかもしれませんが、拳銃を構えて、こっちに向けられたこともあります。そういうことが近辺で起きていました。このまま撲滅してほしい。事務所関係も全部潰れて、駐車場に変わったのを見ていますから。」
「頂上作戦」を指揮した尾上元刑事部長は。
■尾上 元刑事部長
「今まで恐怖に陥れられていた北九州市民を救うことができるのかなと、そんな思いにかられたことを、今でもよく覚えています。」
Q.このタイミングでのトップ交代について
「個人的な見解でもありますが、拘置所から、いろいろな要求が野村被告から出ているのではないかと。」
捜査関係者によりますと、事件の被害者から起こされた複数の訴訟で、1億円を超える賠償命令が確定しています。
今回の交代は、金銭的な負担に耐えられなくなった工藤会が、野村被告を説得したとみられています。
■尾上 元刑事部長
「社会対暴力団の構図が深まって、暴力団員の数が減少してきている。匿名・流動型犯罪グループ(=トクリュウ)が新たな治安の脅威となって、その背景には暴力団とのつながりもあるだろうと。県警としては、暴力団対策と合わせてトクリュウ対策に力を入れながら、県民の体感治安の向上にも努めていただきたいと思っています。」
警察は「代表交代は通過点にすぎず、工藤会壊滅に至るまで手を緩めることなく、県警の総力を挙げた対策を徹底していく」としています。
