「ゴミ屋敷」の掃除をしながら取材を行う笹井恵里子氏(写真:著者提供)

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 ゴミ屋敷は“社会から取り残された人”が陥ると思われがちだが、実態は違う。ジャーナリストの笹井恵里子氏はこれまで数多くの現場を取材(掃除)してきた。そうした中、大手企業に勤めていたり、医療従事者、教師など社会的地位の高い職種に就いている人の自宅が、物であふれかえっていることが少なくなかったという。そして今春目にした「国家公務員の実家」もまた、恐ろしいほどのゴミ屋敷であった――。

※新潮QUEで配信中【実家を片付けられない「国家公務員」はなぜ「ゴミ屋敷」を認識できないのか】を再編集した記事です。

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【写真を見る】認知症患者による「ゴミ屋敷化」も社会問題となっている

 今から2年前、取材先の医師からこんな相談を受けた。

ゴミ屋敷」の掃除をしながら取材を行う笹井恵里子氏(写真:著者提供)

「Aさんという患者さんがいるのだけど、最近お母さんが亡くなってね、実家を片付けてくれる業者を探しているんだけど……。笹井さんなら『潜入・ゴミ屋敷』(中公新書ラクレ)を取材執筆した経験があるから、いい業者を知っているかと思って……」

 Aさんは50代男性で東京都内でひとり暮らし、長年国家公務員として勤務しているという。実家は、都心から車で2時間ほどの距離にあり、数年前に父親が亡くなってからは母親がひとり暮らしをしていた。が、その母親が亡くなったため室内を片付けてほしいという相談である。

 私はまずAさんの仕事が休みの日に、電話で状況を聞いた。「僕のほかに片付けられる人がいない」「とにかく早く応急処置をしてほしい」と、Aさんは繰り返す。何だか追い詰められているような様子で、とても片付けを急いでいる。

 そこで私は生前・遺品整理会社「あんしんネット」に連絡をとり、一緒にAさんの実家に「片付けの見積もり」に行くことになった。同社事業部長の石見良教さんは、孤独死現場の第一人者で遺品整理人だ。

 遺品整理人とは、高畑淳子主演のTBSドラマ『遺品整理人 谷崎藍子』で話題になったが、故人の物を遺族になりかわって整理する人である。石見さんは同ドラマの遺品整理業に関する監修も行っている。私は、先に述べた本を執筆する際に、石見さんはじめ同社の作業員と、数多くのゴミ部屋を一緒に片付けてきた。だが、この時点ではまさかAさんの実家がゴミ屋敷だと思わなかった。

ゴミ屋敷を認識できない国家公務員

「ちょっと物が多いのですが、どうぞ上がってください」

 Aさんは私たちにそう言って、自然な口調で室内に入ることを促した。しかし、「ちょっと物が多い」レベルではない。玄関入ってすぐ、これはかなりのレベルのゴミ屋敷だと感じた。室内に足を踏み入れると、すさまじい物の量でうまく歩けない。どこかに手をつこうとすると、そこら中にある山積みの物の雪崩が起きてしまう。私はよろよろしながら前に進んだ。Aさんがそんな私を振り返った。

「母は80代でしたが、ここに一人で住んでいて、転ばずに歩いていたんですよ」と、胸を張って言う。いやそこは自慢できるところではないだろう、と内心思いつつも「すごいですね」という言葉が口をついて出た。Aさんが微笑む。外見は、全く普通の会社員に見える。Aさんを紹介した医師からも「大学卒業後から30年、国家公務員として勤務し、職場からの信頼は厚い」と聞いていた。

 でも、「この家が恥ずかしい」という気持ちはないのだろうか。彼の心情がわからなかった。Aさんは、この家をゴミ屋敷と認識していないのだ。

 あんしんネットの作業員が見積もりをし、2階建てのこの家の物を撤去するのに、1階だけで60万円という額が算出された。Aさんは「そんなには払えない」と言う。そこで「2トンロングトラックに処分する物がいっぱいになるまで詰める」という作業を2回、行うことになった。2トンロングトラックといえば、一般的に家族3人分程度の荷物が入る大きさである。

 2日間作業を行い、処分費用は2回でおよそ30万円。それでも1階にある物の半分も処分できなかったが、一旦これで作業は終了となった。

 以上、ここまでは2年前の話で、その後Aさんと連絡をとることはなかった。

草刈り用のカマが次々と……

 だが今春、再びAさんから電話連絡が入った。「実家の片付けを進めたい」というのである。あんなに急いで始めた片付けだったのに、まだ「2年前のまま」ということを聞き、驚いてしまった。

 そこであんしんネットの作業員とともに3月末、Aさんの実家に行った。「ゴミ屋敷」は健在だった。そして2年ぶりに会ったAさんは、以前よりもイライラしているように見えた。この日を迎えるまでにあんしんネットの溝上大輔さんが見積もりに行き、【1階の物を全て処分する】という約束で作業日が設定されたはずなのに、作業日当日になって「どうすればいいかわからない」とつぶやくのだった。

「この家を片付けて処分したい」と言ったかと思えば、「売ってしまったら定年して将来住むところがなくなってしまう」と頭を抱えるAさん。

「とにかく現状では住むことも売ることもできませんから、片付けの作業を進めましょう」と本件の現場チーフである溝上さんが声をかけると一旦納得したものの、「ひとつひとつ、自分でいるかいらないかの確認をしたい」という。ゴミ部屋を片付ける場合、全ての物を撤去か、取っておきたい物をあらかじめ作業員に伝えるのが一般的で、いちいちその場で判断していては時間がいくらあっても足りないのだが、そう説明してもAさんは譲らない。

「わかりました。それではひとつひとつ確認しましょう」

 溝上さんが、Aさんに要不要を尋ねていくことになった。

 例えば玄関にある灯油の入ったポリタンク。――いるか・いらないか。
「この家に住むなら、いります」

 玄関から何枚も出てくる軍手。
「より綺麗なもの、もっと手のサイズに合ったものがあるかもしれないから、取っておきたい」

 次々に出てくる草刈り用のカマ。
「ひとつだけ取っておきましょうよ」と溝上さんが声をかければ、「どれを選べばいいんですか?」とAさん。溝上さんが「これにしましょう」と言うと、「その根拠は?」と尋ねる。溝上さんは顔色を変えることなく「他は刃が欠けているからです」と答える。

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 なぜ社会的地位が高くても家を整理することができないのか。「新潮QUE」では、【実家を片付けられない「国家公務員」はなぜ「ゴミ屋敷」を認識できないのか】【教師、医師、大企業の社員がなぜ… エリートたちが抜け出せない「ゴミ屋敷」という迷宮】として、エリートがゆえに家がゴミ屋敷化してしまう「特有の事情」を詳述する。

笹井恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト。1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランス。日本文藝家協会会員。『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)、『宇宙飛行士を支える医師“宇宙酔い”への挑戦』(金の星社)など著書多数。「根拠ある医療健康情報」(PRESIDENT)、「著名人の健康法」&「救急箱」(Hanada)などを連載中

デイリー新潮編集部