ANA「AirJapan」がわずか2年で運航休止へ…好調ZIPAIR、ピーチとの明暗を分けた“中距離の壁”

2026年3月末で運航休止する「AirJapan」(写真:Oleg Botov/Shutterstock.com)
ANAホールディングス傘下で中距離国際線を担うAirJapanが、2026年3月末の日本発便を最後に運航休止する。2024年2月の就航からわずか2年余りでの決断となった。機材調達の遅れやコスト増といった外部環境の変化を受け、グループのリソースをANA本体へ集約し、グループ国際線戦略をANAとピーチ・アビエーションのデュアルブランドへ再整理するという。先行するJAL系のZIPAIRとの明暗を分けた要因は何か。経済ジャーナリストの河野圭祐氏がレポートする。
コロナ禍のインバウンド需要を狙うも…AirJapanを阻んだ機材不足とコストの壁
2024年2月から運航を開始したAirJapan(運航会社はエアージャパン)が、2026年3月28日(日本発最終)をもって運航休止となる。
昨秋、同社の親会社であるANAホールディングスの芝田浩二社長は会見で、AirJapanの休止理由についてこう述べていた。
「(ロシアのウクライナ侵攻による)ロシア上空通過回避の長期化によるコスト増、機材やパイロット、客室乗務員の必要数の高止まり、機材の受領遅れやエンジン部品の供給不足で稼働機数に制約が生じていること、長距離国際線の高収益傾向などが主な原因で、今後はANA(全日本空輸)に人員と機材を集中させていく」
機材が現有3機体制にとどまり、思うように路線や便数を拡大できなかったことを踏まえると、AirJapanの一旦休止はやむを得ないかもしれないが、それにしても就航後2年余りでの休止はいかにも早い。
ここでまず、AirJapanがどんな経緯で就航に至ったのかを振り返ってみよう。同ブランドを担うエアージャパンは、高価格帯のFSC(フルサービスキャリア)と低価格帯のLCC(ローコストキャリア)の間を受け持つMCC(ミドルコストキャリア)の位置付けで、「松竹梅」にたとえれば「竹」の立て付けイメージだ。ちなみにANAサイドはエアージャパンについてLCCとは呼ばず、ハイブリッドキャリアと呼んできた。

2024年2月9日、成田空港で行われた出発式で、テープカットするエアージャパンの峯口秀喜社長(中央)ら(写真:共同通信社)
エアージャパンの峯口秀喜社長は、2011年から10年間にわたってANAやANAホールディングスで経営企画部長などを務めるなど、長らく会社全体を俯瞰、ないし横断して見る立場にあり、エアージャパン立ち上げの中枢メンバーでもあった。
同氏に以前取材した際、設立過程についてはこう語っている。
「2017年頃から、中距離国際線の領域にも新たなビジネスモデルが必要ではないかと検討し始めていました。理由は当時、すでに20年に羽田空港の発着枠が拡大することが決まっており、増枠分だけでは羽田から新規就航できない路線については、成田空港から飛ばそうと考えたからです。
その際、従来のANAブランドとして就航するのがいいのか、あるいはもう少し低コストで運航できる航空会社がいいのかを議論しました。最終的な結論を出したのは20年のコロナ禍の時期です。
コロナ禍で出張などのビジネス需要が激減した一方、観光などのプレジャーニーズは、コロナ禍が収束すれば再びインバウンド需要が伸びることが確実でしたので、その受け皿となる低コスト型のエアラインが必要だと判断したわけです」

エアージャパンの峯口秀喜社長(撮影:内海裕之)
とはいえ、コロナ禍でANAグループ全体が疲弊していた中での新航空会社設立だけに、可能な限り立ち上げのイニシャルコストは下げたい。そこで着目したのが、すでに1990年に設立されていたエアージャパン(設立当初の社名はワールドエアーネットワークで国際チャーター路線の運航を担った)の存在である。
既存のエアージャパンを母体にすることで早期立ち上げが可能になったわけだ。
AirJapanとJAL系ZIPAIRのトップが歩んできた対照的なキャリア
エアージャパンでは以前よりANAから受託した一部の国際線を運航してきたが、AirJapanの運航開始以降もANAからの受託路線運航を継続し、乗務員はANAとAirJapanの2つのブランドを担当してきた。
今回、AirJapanとしての運航は休止となっても、エアージャパンという企業はそのまま存続し、従来通りANAからの受託便も続けていく。つまりAirJapanは当初から、親会社の意向でいかようにもなる“玉虫色”のブランド要素があったことは否定できない。
だからか、かつてエアージャパンからAirJapanのブランドがお披露目された会見の際も、業界関係者の間では「既存のANAグループ各社との違いが見えにくく、新鮮味やワクワク感がやや乏しい」といった声も聞かれたものだった。
一方で、エアージャパンと何かと比較されてきたのが、日本航空(JAL)の子会社で中長距離LCCを就航するZIPAIR(運航会社はZIPAIR Tokyo)である。会社立ち上げは2018年でコロナ禍前だったが、それまで近距離国際線のイメージが強かったLCCにあって「ゼロから立ち上げるLCCで長距離路線も狙うのか」と、こちらは当初から業界関係者の注目度が高かった。

中長距離LCCを就航するZIPAIR(2023年7月、ⒸFabrizio Gandolfo/SOPA Images via ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ)
また、立ち上げ当初から社長を務めてきたZIPAIR Tokyoの西田真吾社長はJAL在籍時、資金部や関連事業室、マイレージ事業部長などのキャリアがあり、社長就任会見で「(JALでは)保守本流でない部門を歩いてきた分、利用者目線で逆に思い切りやれる」との抱負を語っている。

2019年3月8日、「ZIPAIR Tokyo」のロゴを発表した西田真吾社長(写真:共同通信社)
この点は、前述した峯口氏が、ANAやANAホールディングスで保守本流の経営企画部門が長かったのと比べて対照的だ。ただし、ZIPAIRの初就航は20年10月とコロナ禍真っただ中だっただけに、西田氏としてもスタート時は苦難の連続ではあった。
AirJapanとZIPAIRはともに中型機のボーイング787型機を使用しており、基本運賃をベースに、座席指定や機内食利用、手荷物預け入れなどは都度、基本運賃に加算していく、いわばトッピング方式であることも共通点だ。
「全席エコノミー」の誤算、AirJapanがこだわったシートピッチと収支
一方で、座席シート構成の考え方は分かれた。AirJapanでは全席エコノミーの324席で、その代わり座席間隔を示すシートピッチは広めに取っている。一方、ZIPAIRはフライト時間が長い長距離路線も就航するため、フルフラットシートも備えた2クラス構成の290席。両社の相違点について、前出の峯口氏はこのように語っていた。
「確かに、フルフラットシートやビジネスクラスのシートをお求めになるお客さまもいらっしゃいます。ただ、われわれは採算性も考えた上でシートピッチにこだわることにしました。ギャレー(厨房設備)を前方と後方のみとし、パーテーションなどもない分、各シートの足元は本当に広々として足が伸ばせる点がエアージャパンの最大の特徴です。
また、座席サイズを大きくすると当然、前方の座席収入は高いわけですが、その分、後方座席はシートピッチを狭くせざるを得なくなり、LCCの運賃に揃えなくてはいけません。われわれはいろいろなシミュレーションを検証した結果、最終的には全席、単一のエコノミークラスにしたほうが収支上も良くなるという計算のもと、今回の座席モデルを打ち出したのです」
AirJapanはソウル(韓国)、バンコク(タイ)、シンガポールの3路線に就航し、中距離路線を核としているだけに、LCCに比べたシートピッチの余裕度を優先しつつ、座席数をあまり削らない考え方が強かったわけだ。

AirJapanのエコノミークラスの座席デザイン(2023年3月のサービス発表時、写真:つのだよしお/アフロ)
もう1点、ボーイング787型機はもともと長距離路線が十分にカバーできる機材であり、峯口氏も先々の事業拡大構想については、こうも言及していた。
「アジア圏のお客さまから見た時に、成田空港だけでなく関西空港にも路線があればそれだけ選択肢が増えます。今後、段階的に機材を増やしていき、先々は新千歳空港(北海道)での就航も視野に入っている。アジアの方々は札幌をはじめ北海道のファンという方が非常に多く、われわれにとっても大いに事業チャンスがあるからです。
また当面はアジアですが、オーストラリアなどのオセアニア諸国からの訪日観光客も多いですから、そうした国々へもネットワークを拡大していく。北米などの長距離路線はANAに任せ、アジアオセアニアから訪日される方々にフォーカスする点を、今後もぶらさずにやっていく考えです」
だが、AirJapanは初就航が機材トラブルで欠航になるなど、出足から暗雲漂うものがあった。前述したように機材も3機留まりとなり、峯口氏が描くような拡大軌道にはなかなか乗ってこなかったといえる。

模型飛行機を持つエアージャパンの峯口秀喜社長(2022年3月、写真:ロイター=共同通信社)
結局は「ピーチ」頼み? ANAグループのLCC再編とブランド統合の歴史
そんな競合社の足踏みを横目に、ZIPAIRは着実に規模を拡大して8機体制となり、26年度までに10機体制を見込み、30年代前半には現在の2倍超の事業規模を目指している。
また、国内のLCCでは唯一、太平洋を横断して北米にも路線を展開。まだコロナ禍だった21年12月にロサンゼルスに就航以降、アメリカ西海岸の主要都市に路線ネットワークを張り、将来的にはニューヨークなど東海岸方面も視野に入れる。
北米などの長距離路線はANAが担い、アジア圏の中距離路線をAirJapanが受け持つ棲み分けを敷いていたANA陣営と違い、ZIPAIRはJALが就航する長距離路線にも果敢に打って出ている構図だ。
こうなるとJALとZIPAIRの自陣営内での客の奪い合いも気になるところだが、いまのところ、ZIPAIRは従来のJAL利用層とは重なりにくい海外の若いビジネスマンや、海外在住の若手日本人が主顧客で、カニバリゼーションは少ないという。また、例えば経費削減で出張規定が厳しい国内中小企業のビジネスマンも、ZIPAIRの利用頻度は意外と高いかもしれない。
日本で本格的なLCC時代が到来したのは2012年のことで、同年、初のLCCとして「空飛ぶ電車」をコンセプトに、ANA系のピーチ・アビエーションが関西空港を拠点に就航した。
その後、ANA陣営はLCCの再編を繰り返すこととなる。同じ12年に就航を果たしたエアアジア・ジャパン(ANAとマレーシアのエアアジアの共同出資による合弁)は、両社の経営路線の食い違いから、翌年の13年には早くも合弁を解消し、ANAホールディングス100%出資のバニラ・エアに社名変更している。
さらに、短距離LCCはピーチを軸にするとして、19年にピーチとバニラが経営統合し、ピーチに一本化。24年にはANAホールディングスがピーチを100%子会社化した。そのピーチで、立ち上げ時から9年間にわたって社長を務めたのが井上慎一ANA社長(3月末で退任し、4月からANAホールディングスの特別顧問に就任予定)だった。
いまでこそダイバーシティが進む航空業界だが、井上氏は三菱重工業からの中途入社組であり、その意味ではZIPAIRの西田氏と同じように、いわゆる本流人事とはやや異なる経歴の持ち主だ。しかし、ピーチのトップとして率先垂範して利用者の声をつぶさに拾い、それをサービスに反映するべくニーズやウォンツの分析を積み上げていった。
井上氏が育ててきたピーチはいまも業績好調で、関西空港と成田空港を拠点に、今後はAirJapanの役割も担っていく形となる。ANAとピーチの2社に集約されることとなった現在、ピーチにかかる期待度は、AirJapanのブランドが消える中でさらに高まっていくのは間違いない。

関西空港から離陸するピーチ(2023年7月、ⒸFabrizio Gandolfo/SOPA Images via ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ)
一方、井上氏同様、18年のスタート時からZIPAIRを率いてきた西田社長も4月からはJALに帰任し、同社の執行役員マイレージ・ライフスタイル事業本部長となる。
今後は、AirJapanよりも認知度が高かったピーチがある意味、ZIPAIRとしのぎを削ることになりそうで、LCCの攻防は新たなステージに入ったと言えそうだ。
筆者:河野 圭祐
