「NISA、やりすぎました…」6年前投資に覚醒。月30万円・非課税枠限界を攻めた〈手取り月37万円の52歳サラリーマン〉、一度は資産が増えて血が沸き立つも、資産の半分を失った“暴落以外の原因”【FPの助言】
将来のために、と投資を始める人が増えました。しかし、投資によって資産は増やせても、足下の家計が破綻するケースもあって……。本記事ではAさんの事例とともに、資産運用の注意点について、FPオフィスツクル代表・内田英子氏が解説します。※本記事で取り上げている事例は、複数の相談をもとにしたものですが、登場人物や設定などはプライバシーの観点から一部脚色を加えて記事化しています。読者の皆さまに役立つ知識や視点をお届けすることを目的としています。個別事例の具体的な取り扱いは、税理士・弁護士・司法書士など専門家にご相談ください。
夢中になった投資、気づかなかった家計の歪み
Aさんは52歳。中堅商社に勤務する会社員です。妻のBさんと、中学3年生の息子、小学5年生の娘の4人で、10年ほど前に購入したマンションで暮らしていました。
Aさんの年収はボーナスを含め、およそ750万円。月ベースの手取りでは37万円です。Bさんの年収は約400万円で、2人は共働き世帯として、夫婦別財布で家計管理を行っていました。家賃や光熱費などの基本的な生活費は分担し、それ以外の管理はお互い必要に応じて――そんなスタイルに、いままで不安などなかったといいます。
転機が訪れたのは約6年前のこと。Aさんは、月3万円の積立投資を始めました。値上がりを実感するにつれ、投資の面白さに目覚めていきます。徐々に投資への拠出額を増やし、2024年に新NISAがスタートすると、年間360万円の非課税枠を使い切る勢いでさらに加速させました。
「資産運用は家族のため」Aさんはそう信じていました。実際、運用成績は良好で、約6年間で投資元本は700万円を超え、評価額は1,200万円を突破。週末には運用状況を確認したり、SNSで投資に関する情報を収集したりする時間が楽しみになります。
「いますぐのお金」に疲弊する妻との乖離
そのようななか、Aさんは妻Bさんから、子どもたちの教育費について相談を受けていました。息子の高校受験と娘の中学受験対策で物入りのため、Bさんの負担が重くなっている。Aさんからも出してもらえないかという話です。
AさんとBさんは夫婦で基本的な生活費は二人でわけあって負担していましたが、子どもたちの教育についてはBさんに任せきりとなっていました。塾の夏期・冬期講習などの想定されていなかった支出は、Bさんが出すというのが習慣になっており、長期休暇の時期にはBさん側だけ毎月数万円の持ち出しが常態化していたのです。
しかしAさんは、「Bさんも稼いでいるだろう」という共働きの安心感と、好調な運用環境から売却を渋ります。「いまは運用を崩したくない。大学に入るときにはカバーするから。いまは少し苦しくてもそっちでもっておいてくれ」とBさんからの頼みを断りました。
「大学に入る前が大変なのに……」Bさんは絶望的な気持ちになります。
何度か話し合いや口論を重ねていくものの、折り合いがつかず、Aさんが投資に資金を回し続けた一方で、支払いに追われるBさんは、疲弊していきました。Bさんは自分の息抜きのためのお小遣いも削らざるを得なくなり、貯蓄も確実に減っています。「受験が終われば、次は高校や中学校の入学金や制服代も必要になるのに……」Bさんの心がAさんから離れていくのに、時間はかかりませんでした。そして、Aさんは長女の中学入学と同時に、Bさんから離婚を切り出されました。
離婚、そして財産分与
離婚協議で最も揉めたのは財産分与でした。Aさんが運用していた金融資産も共有財産とみなされ、原則として半分に分割されます。結果として、資産は望まないタイミングで売却を余儀なくされました。さらに養育費の支払いも始まり、離婚後のAさんは住宅ローンも抱えたまま、投資に回す余力を失ったのです。
「投資を継続できていたのは、家計を支えてくれていた妻のおかげだったのか」
Aさんははじめて自分が失ったものの大きさに気づき、膝をついてうなだれるほかありませんでした。
原因は、投資ではなく「家計設計」の失敗
Aさんのケースは、運用に失敗していたわけではありません。むしろ市場を読み、着実に資産を増やすことには成功していました。真の問題は、投資を始める前に整えるべき「家計の設計」が欠けていた点にあります。
原因1:目的別にお金をわけなかった
お金には「役割」があります。生活費、緊急時の備え、数年以内に使う予定の準備資金、そして老後や将来のための長期資金や余剰資金。これらはすべて性質が異なり、適切な持ち方も異なります。
投資に充てていいのは、長期資金もしくは余剰資金であるのがセオリーです。Aさんは、生活費の全体像がみえていなかったうえに、ほとんどすべての金融資産を投資に充てていました。本来であれば投資に充てるべきではない、子どもの教育費も投資に回してしまっていたのです。A家の場合、子どもの教育費は生活費もしくは準備資金にあたります。これらは、しっかりと予算を確保したうえで、元本割れのリスクがある投資ではなく、確実性の高い現預金でもっておくべきものです。値上がりを期待して準備資金まで投資に回した結果、必要なときに現金化できず、妻に負担が集中してしまいました。
原因2:家計の役割分担の偏り
Aさんは「資産を増やしている」という自負がありましたが、その「増えるまでの時間」を支えていたのは妻のBさんでした。家計はチームプレーです。どちらか一方が将来の夢に投資し、もう一方が現実の支払いに追われるという構図は、いずれ信頼関係を損ないます。投資額を増やす前に、それぞれの負担割合を定期的に見直し、夫婦で共有しておく必要がありました。
原因3:出口設計がない
投資を行うとき、投資額にばかり注目しがちですが、同様に重要なのは「いつ、どのようなタイミングで、どのように取り崩すか」という出口設計です。Aさんの出口設計はあいまいで、具体的な計画がありませんでした。離婚という予期せぬ出口を強いられたことで、複利の効果も運用計画も失ってしまったのです。
投資計画は「続けられること」を前提として設計すべきものです。入口(拠出)ばかりに気を取られ、出口(取り崩し)を考えていないと、最終的に大きな損失につながりかねません。
資産運用の前に整える「3つの設計」
資産運用により得られるメリットは家計にとって大きなものであるからこそ、投資の前に整えておくべき「3つの設計」があります。
1.守るお金を確保する
まず最初に確保すべきは、生活防衛資金です。これは、失業や病気など予期せぬ事態に備えるお金で、目安は生活費の3ヵ月分〜1年分。この資金は投資に回すべきではありません。銀行の普通預金や定期預金など、すぐに引き出せる形で確保しておきます。今後の物価上昇を見込むと、物価上昇に耐えうる「バッファー資金」も用意しておくと安心です。
2.使う時期が決まっているお金を分離する
教育費や住宅の修繕費、車や家具家電の買い替え資金など、数年以内に使うことが決まっているお金は準備資金として、投資とわけて管理しましょう。たとえば、3年後に大学入学を控えているなら、受験費用や入学金、初年度の学費、新生活費用など、関連して必要な金額をあらかじめ確認しておきます。そのうえで、定期預金や個人向け国債などの安全資産で確保。この順序を守ることで、長期資産運用の継続を可能にします。
3.出口設計を先に決める
旅行でも目的地が決まらなければ交通手段は選べません。投資も同様で、目的が決まらないと、適切な運用方法が決まりません。老後資金として65歳から取り崩すのか、住宅の取得資金として10年後に一部現金化するのか、早期退職の資金とするのか……。投資を始める前に、具体的なシナリオを描いておくことで、具体的な運用方法も自然と見通すことができます。逆に、出口を考えずに「とにかく満額積み立てる」というやり方では、Aさんのように思わぬタイミングで現金化を迫られたとき、大きなリスクとなって返ってくることがあります。
目先の投資額の増額よりも続けられる家計設計を
Aさんの失敗は、投資判断そのものではなく、家計の設計順序を取り違えたことにありました。日本銀行の『2025年第3四半期の資金循環(速報)』によれば、家計の金融資産は2,286兆円に達し、ゆるやかな増加傾向です。その内訳をみると現預金の比率は横ばいである一方で、投資信託や株式の保有割合は着実に増えています。これは、政府が掲げる「貯蓄から投資へ」が実際に進んでいることを示しています。
一方で、そこで増えているのは“投資残高”であって、“運用計画の持続可能性”とは異なる点には注意が必要です。投資がブームになればなるほど、Aさんのように短期的な思考で取り組むケースは多くみられるようになるでしょう。
長距離ドライブをするためには、燃料を確保するだけでなく、走りやすい環境を整備し、適切な速度を維持することが欠かせません。運用を長く継続するためにも、事前の準備と計画が不可欠です。目の前の運用環境が好調だからといって、投資のアクセルを踏みこむ前に。まずは自分だけでなく家族の状況も振り返り、家族と一緒に「わが家のライフプラン」を点検してみてはいかがでしょうか。
内田 英子
FPオフィスツクル代表
