怪談作家は「とある場所」で全身のうぶ毛がチリチリと逆立つのを覚えた

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【前後編の前編/後編を読む】「あんたに似た遺体を見つけた」母に告げられたその晩、枕元に“それ”は現れた… 怪談作家が読み解く「正体」とは【川奈まり子の百物語】

 これまでに6,000件以上の怪異体験談を蒐集し、語り部としても活動する川奈まり子が世にも不思議な一話をルポルタージュ。今回は、川奈自身がかつて案内された「自死の多発スポット」と、そこにまつわる事件を紹介する。

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 埼玉県の某市に住んでいる友人が「近所の公園の一角で、毎月のように首吊り自殺がある」と言うので、案内してもらったことがある。

 そろそろ7〜8年前になるけれど、件の場所のなんともいえない陰気な雰囲気が、いまだに脳裏にこびりついている。

怪談作家は「とある場所」で全身のうぶ毛がチリチリと逆立つのを覚えた

 訪れたのは2月の昼間で、その公園の付近で満開の河津桜を見た記憶がある。雲ひとつない青空に薄紅色の花が美しく映えていた。

事件現場

 友人に導かれて行った公園は古城の跡を整備したもので、かつては城を守る空堀だった深い溝が遊歩道になっていた。凹みに道があり、さらに、小高くなった両側が木立に覆われているため、太陽が少しでも傾けばあらかた日陰になる次第で、私たちが通ったときも空は晴れているのに、足もとは薄暗く翳っていた。

 そんな道で肩を並べて歩きながら、突然、友人がポツリとつぶやいた。

「ここで襲われたって言っていたな……」

 襲われたとは穏やかではない。私は「えっ、それはどんな話ですか?」と訊ねた。

「ああ、はい。本当にあった出来事で、怪談ではないんですよ?」と友人は私に応えた。

「それを言ったら、これから行く自殺が多い場所というのも事実ですよね?」

「そうですね。ただ、なぜか顕著に多発するという点が怪談じみていませんか?」

「はい。そんな話はよく聞きます。古戦場跡や戦災や震災の被災地、大きな事故現場、元は埋葬地だった土地や古墳の周辺では珍しくないようですよ。そういう土地柄だと知った上で、後の世になっても同じその場所で人が不慮の死を遂げるような出来事が何件も起きると、偶然だとは思えなくなってしまうのでしょうね」

 私が持論を述べると「……なるほど」と友人は何事か考え込む表情になって、しばし沈黙してしまった。

カップルの悲劇

 口を開くまで待っていようと思い、その間、元は空堀だったという遊歩道を観察した。

 道がカーブしていて、見通しが悪いせいもあり、長く感じる。しかし実際には450メートルあまりしかないようだ。
 
 遊歩道といっても舗装されているわけではなく、樹々に囲まれた土を踏み固めただけの地面を歩いていくので、山歩きの風情がある。
 
 遠くから子どもの歓声が聞こえてくるのは、公園の広場で遊んでいるのだろうと思われた。公園の正門から遊歩道の出入り口まで来る間に、親子連れや小学生の集団がいる芝生の広場を通過した。

 その向こうに赤い欄干の橋の架かった池が水を湛えており、シラサギやカルガモの姿もあった。

 自殺が多発したり、人が襲われたりするにはふさわしくない、良い公園だ。

 友人が、ようやく話しはじめた。

「高校の先輩から聞いた話です。10年以上前のことですが、先輩の中学時代の同級生の男性が、同い年の彼女を連れて、夜、この公園でデートしていたところを不良グループに襲われて、彼女は遊歩道のどこかで酷い性暴行を受け、男性の方は殴る蹴るの暴力を振るわれたそうです」

「ここで?」と私は訊きながらゾッとした。深い堀の形状である。逃れようにも、道から這い上がれそうになく、道沿いに走って逃げるしかないが……。

「きっと、女性の足ではすぐに追いつかれてしまったでしょうね。複数の若い男たちに追い駆けられるのは、どれほど恐ろしかったことか!」

自死

「ええ。夜は真っ暗ですから誰も通りませんし……。デートするなら、もっと明るい、池のほとりのベンチかどこかでしょう? もしかすると、その女の子は、そいつらから逃げて、ここに隠れたつもりだったのかも……」

「かわいそうに……」

「はい。それで、そのカップルは、2人とも精神を病んで自殺してしまったそうです。彼女の方はどこで命を絶ったのかわかりませんが、男性はこの公園に来て首吊り自殺した……と、先輩から聞きました」

「犯人グループは?」

「捕まったようですけど、詳しいことはわかりません。被害者が2人とも死に至らず、重傷でもなかったようなので、たぶん刑罰は軽かったでしょうね」

「許しがたいなぁ! 結局2人とも亡くなってしまったのに……」

 そうこうするうち、私たちは頻繁に人が自死する場所に到着した。

 そこは遊歩道から階段を上って、ほんのわずか歩いた先にあった。

 私は辺りを見回して、「よくわからない場所ですね」と友人に言った。

 幹の太い広葉樹が何本か、2〜3メートルずつ間を開けて立っているだけで、ベンチや遊具は置かれていない。花壇も無く、樹々の下は平らな地面で雑草もほとんど生えていなかった。

最適スポット

 茶色い土からニョキニョキと木だけが生えて、風に梢を揺らしているだけなのだ。

 樹々の向こうに公園の外周を通る車道とガードレールが透けて見えていた。

「とても殺風景で物寂しい雰囲気ですし、これでは、外から丸見えですよね?」

 友人は「だから良いのでは?」と私に応えた。

「深夜ここで首を吊ると、翌朝には必ず発見してもらえますから。そこの道路ですが、日中は交通量が非常に多くて、それなりに人も歩いていますけど、夜間は車も人通りもパタッと途絶えるんですよ」

「そういうことは地元民しか知りえない情報ですね。と、言うことは、ここで亡くなるのも近隣住民なのかな……」

「さあ……。でも、わざわざ遠くから来るような場所ではないでしょう。古城マニアと歴史オタクには人気がある公園ですけど……川奈さんはご存じでしたか?」

「いいえ。残念ながら存じませんでした」

 特に首吊り用のロープを掛けやすそうな下枝が張り出した木が3本ぐらいあった。

 そのうちの1本の根もとに煙草の吸殻がいくつも落ちているのを見た途端に、なぜか足もとから寒気が這い上ってきて、全身のうぶ毛がチリチリと逆立つのを覚えた。

「さっきの話の男性も、ここで?」と友人に問うと、

「たぶん」という答えが返ってきた。

「この界隈ではここが最適な場所なんだと思いますよ。私が知っているだけでも10人以上ここで首を吊っていますからね!」

小さな記事

 その後、私はそこが城跡というだけではなく、戦国時代の古戦場跡でもあって、北条氏の軍勢と血で血を洗う戦闘が繰り広げられたり、豊臣秀吉の小田原征伐の折に攻め滅ぼされて落城したりといった歴史を有することを知った。

 しかし何百、何千という人が亡くなったとしても、それは遠い過去であって、自殺が多い理由にはならない。

 偶然に過ぎないと私には思え、時間を割いてくれた友人には申し訳ないが、これだけでは怪談として書くのは難しいと判断した。

 その後、2022年の春にこの場所で男性の遺体が発見された。首にロープを巻きつけて木の枝にぶら下がっているところを、近くで野球をしていた青年がファールボールを探していて発見したということだ。
 
 この件は埼玉の地方紙で報じられたから、たまたま私が知るに至った。
 
――しかし、報道されるのは起きたことのごく一部で、知られざる事件、世間の目からは隠された悲劇の方が、はるかに多そうだと思うのだ。

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 埼玉県某市の公園で起きた悲しい事件と、その後に続く自殺…【記事後編】では、またも「私」の耳に入った「公園での首吊り自殺」の詳細を明かしている。

川奈まり子(かわな まりこ)
1967年東京生まれ。作家。怪異の体験者と場所を取材し、これまでに6,000件以上の怪異体験談を蒐集。怪談の語り部としても活動。『実話四谷怪談』(講談社)、『東京をんな語り』(角川ホラー文庫)、『八王子怪談』(竹書房怪談文庫)など著書多数。日本推理作家協会会員。怪異怪談研究会会員。2025年発売の近著は『最恐物件集 家怪』(集英社文庫8月刊/解説:神永学)、『怪談屋怪談2』(笠間書院7月刊)、『一〇八怪談 隠里』(竹書房怪談文庫6月刊)、『告白怪談 そこにいる。』(河出書房新社5月刊)、『京王沿線怪談』(共著:吉田悠軌/竹書房怪談文庫4月刊)

デイリー新潮編集部