「被保佐人は警備員になれない」は違憲、最高裁が初判断 原告男性「ちょっとうれしい。国会には早く改善してほしい」
家庭裁判所から審判を受けた「被保佐人」は警備員になれないとした旧警備業法の規定をめぐり、最高裁大法廷は2月18日、職業選択の自由や法の下の平等を保障する憲法に違反していたとの判断を初めて示した。
この規定を改正しなかった国会の立法不作為については違法性を認めず、原告による国家賠償請求は退けた。
原告の男性は、最高裁の判決後の記者会見で「障害があろうが普通の人であろうが、国会には早く改善してほしい」と話した。
●2017年3月に保佐人をつけた後に雇用契約終了
原告には軽度の知的障害があり、2017年3月、成年後見制度に基づいて、判断能力が不十分な人の生活を支援する「保佐人」を付された。
2019年に改正される前の旧警備業法には、成年被後見人や被保佐人など「成年後見制度」の利用者は警備員になれないと定めた規定があった。
男性は警備業に従事していたが、保佐人が付された後、会社側から雇用契約の終了を告げられたため、この旧警備業法の規定が憲法に反するなどとして、国を提訴した。
●争点は旧警備業法の違憲性と国賠法上の違法性
主な争点は、被保佐人であることを警備員の欠格事由として定めていた2019年改正前の警備業法が、憲法22条(職業選択の自由)や14条(法の下の平等)に反するかどうか。
また、この規定が違憲であるにもかかわらず、国会が長期にわたり法改正などの立法措置を怠ったことが、国家賠償法上、違法と評価されるかどうかも争われた。
●2017年3月には「不利益が看過し難くなっていた」
最高裁大法廷はこの日の判決で、問題とされた旧警備業法の規定が設けられた1982年当時や、本人の判断能力を個別に審査する規定が設けられた2002年の法改正当時は、憲法に違反するものではなかったと認定した。
一方、1999年の成年後見制度の導入や、その後の利用拡大にともない、欠格条項の見直しが求められるようになったと指摘。2014年の障害者権利条約の批准や2016年の障害者差別解消法の施行などを経て、障害者を取り巻く社会や国民の意識が大きく変わってきた経緯に触れた。
そのうえで、遅くとも2017年3月の時点までには、旧警備業法の規定による不利益が「もはや看過し難いものとなっていたというべきである」と結論づけた。
●補足意見や反対意見も
ただし、違憲となった具体的な時期については明確に示さなかった。
その結果、「2017年3月の時点で本件規定が憲法に違反するものであることが明白であるにもかかわらず国会が正当な理由なく長期にわたって改廃等の立法措置を怠ったということはできない」と判断し、原告の国家賠償請求は退けられた。
この判決では、複数の裁判官が補足意見を述べたほか、2002年の時点など、より早い時期に違憲だったとする見解や、国の立法不作為による違法性を認めるべきだとする反対意見も示された。
●原告の男性「国会が放置したら意味がない」
判決後、原告と代理人が東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見を開いた。
代理人によると、違憲判断は、裁判官15人全員一致の判断だったが、国家賠償請求については10人対5人で判断が分かれ、請求は認められなかったという。
原告の男性は、最高裁が違憲との判断を示した点について「ちょっとうれしいと思った」と述べた一方で、国家賠償請求が認められなかった点については「自分で一生懸命働いて稼いで生活しているのに、国会でそういうこと(問題を放置すること)をしていたら意味がない。障害があろうが普通の人であろうが、改善は早めにしてほしい」と話した。
●代理人「最高裁の判断は本来の司法の位置付けと違う」
原告代理人の内河惠一弁護士は「この事件は随分放置されていたと考えざるを得ない。その間、原告は思わぬことで仕事を奪われ、生きる道を絶たれた」と問題の重大性をうったえた。
同じく代理人の熊田憲一郎弁護士は次のように述べ、最高裁の判断方法に疑問を呈した。
「今回の最高裁判決は、障害者を取り巻く社会の意識の変化を非常に重要視しています。ただ個人の意見として、法は少数者を助けるものであると考えると、逆に国民が関心を持っていないものこそ救わなければならないはずで、(社会の意識が変化しているからというのは)本来的な司法の位置付けと違うのではないかと思います」
