【定年後の働き方】年収950万円だった元部長が、なぜ74歳で「コンビニのレジ」に立つのか? 年金月26万円でも消えない“老後資金”の不安
定年後の働き方は、多様化しています。経済的余裕をもとに趣味や地域活動に時間を使う人がいる一方で、年金に収入を上乗せするため、70代になっても働き続ける人もいます。中には、現役時代に管理職として高収入を得ていたにもかかわらず、アルバイトをする高齢者も。その背景には、表からは見えない人生が隠されています。今回は、一時期は「安泰の老後」を確実視していたというシニアの事例をご紹介します。
若者に負けず劣らずの働きぶり…74歳“ハイパー店員”の経歴
都内の私鉄沿線、とある住宅街のコンビニエンスストア。レジに立つ佐伯さん(仮名・74歳)の動きには無駄がありません。公共料金の支払い、宅配便の受付、複雑な割引処理もてきぱきとこなしていきます。
売れ筋のたばこの銘柄番号は頭に入っており、若いアルバイトのフォローをする場面もあるほど。70代半ばとは思えない若々しさがあります。
そんな佐伯さんは、もともと製造業で営業部長まで務めた人物でした。業界内ではそれなりに名が知れており、聞く人によっては「なぜ、あの会社で働いていた人が、70代でコンビニでバイトを?」そんな印象を受けるかもしれません。
実際、佐伯さんのピーク年収は950万円。50代半ばの時点で金融資産はおよそ2,000万円。妻子を抱えながらもお金を蓄えていました。
「退職金が入ったら住宅ローンの残債に使おうと思っていた。なので、手元の貯金と投資資産を増やしていかなければと考えていました」
しかし、2008年のリーマンショックがすべてを崩しました。当時、佐伯さんは国内外の株式を中心に資産運用をしており、また、現金比率は2割程度しかありませんでした。相場の急落で含み損は膨らみ、日を追うごとに評価額が減っていく状況に、精神的にも追い詰められていきます。
「正直、パニックでした。このまま持ち続けたら老後資金がすべてなくなるんじゃないかと」
そう振り返り、佐伯さんは苦笑します。結果として、多くの資産を損切りしました。売却のタイミングは、振り返れば底値に近い水準で、損失は1,000万円超え。そして、その後の回復局面の恩恵を受けることはありませんでした。
「いちばん悪いところで売ってしまった。あの恐怖で投資自体やめてしまったんですよ。妻からも頼むからと言われて。でも、あのとき我慢して持ち続けていれば。“たられば”ですが、馬鹿だったなぁと」
退職金約2,000万円の多くは住宅ローンの返済に充てられ、残りも子どもや孫への援助、自宅の手入れなどに使っていきました。決して贅沢をしたつもりはありません。しかし、投資で失ったお金の70代に入ったころ、資産は1,000万円を切っていました。
お金、記憶力、体が動くことの価値
さらに追い打ちをかけたのが、妻の体調不良です。命に関わる病気ではないものの、通院と投薬が続き、先の見通しは立ちません。
「もし自分のほうが先に死んだら、妻はどうなるのか。そればかり考えるようになりました」
そうして佐伯さんは、71歳にして再び働く決断をします。目を付けたのが徒歩圏内にあるコンビニでした。年齢を考えれば、簡単に採用されるとは思っていなかったそうですが、人手不足の影響もあり、面接は驚くほどあっさり終わったといいます。
最初は品出しや清掃、バックヤードの整理といった裏方の仕事が中心でした。しかし、覚えは早く、やがてレジを任されると、その安定感はすぐに店長やアルバイト仲間の評価を集めました。
「自分でも意外でしたね。現役時代にいろんな人と関わるポジションだったので、接客は得意。記憶力や理解力も意外と衰えていなかった。体力も、同年代と比べればあるほうだと思います。若い頃から続けてきた読書と山登りの習慣が、ここで生きたのかもしれません」
時給1,200円、月収は約10万円。年金月26万円に上乗せされるこの金額は、生活の安心感を大きく高めてくれます。
「このアルバイトしていなければ、孫世代の子と話したり、同世代のお客さんと挨拶したり、そんな機会ないでしょう? 確かに、思っていた老後とは違います。でも、後ろを向いてもしかたがないですからね」
総務省『労働力調査(2024年)』によれば、65歳以上の就業率は過去最高を更新し、男性で35.0%、女性で19.3%。内閣府の『令和7年版 高齢社会白書』によると、現在、収入を伴う仕事をしている高齢者に「仕事をしている主な理由」を尋ねたところ、「収入のため」と回答した人が55.1%と最も多くなっています。
減って初めて実感した、お金のないことの不安。そして、記憶力や体が動くことの価値。佐伯さんは今日も慣れた手つきでレジを打ちながら、人々の日常を静かに支えています。
