セナ、シューマッハ、佐藤琢磨を輩出した登竜門 マカオGP取材記(前編)ウラカンGT3最後の雄姿【不定期連載:大谷達也のどこにも書いていない話 #3】
かつては『F1への登竜門』
昨年末に『マカオGP』を取材してきた。
【画像】マカオGPにて、ランボルギーニ・ウラカンGT3最後の雄姿! 全12枚
かつては『F1への登竜門』とされたマカオGPを取材するのは15年振りのこと。『グランプリ』のタイトルがかけられた初のF3レースである、1983年のマカオGPを制したアイルトン・セナが、その後、モータースポーツ界のスターダムへと一気に駆け上がっていったことは皆さんもご存知のとおり。

昨年末、15年振りにマカオGPを取材。 ランボルギーニ
以来、ミハエル・シューマッハーや佐藤琢磨などを輩出したものの、やがてF1ドライバーへの昇格に必要な予算が高騰すると、『一発勝負』のマカオGPで優勝したことを重んじる傾向は徐々にすたれていき、2001年の勝者である佐藤琢磨を最後に、F1で活躍できるドライバーが誕生することはなかったように記憶する。
私がマカオから足が遠ざかった理由は、そんなところにもあった。
かつてのF3レースが『FIA F3』と名前を変えてF1グランプリの前座イベントと位置付けるようになった影響もあり、2024年からマカオGPは、『フォーミュラ・リージョナル』と呼ばれるレースにタイトルが与えられるようになった。これは、FIA F3とFIA F4の中間に位置するカテゴリーである。
もっとも、マカオGPの週末に開催されるのはフォーミュラカーによるグランプリレースだけではない。むしろ、1954年に地元のアマチュアレーサーが立ち上げたというイベントの成り立ちを考えれば、ロードカーをベースとしたツーリングカーやGTカーによるレースのほうがマカオの伝統に則しているといってもいいくらいだ。
その代表格が1972年に始まったツーリングカーを対象とする『ギアレース』であり、2008年に始まった『マカオGTカップ』(現在の名称はFIA GTワールドカップ)といえるだろう。
ウラカンGT3参戦は実質的に最後
今回マカオGPを取材したのは、ランボルギーニに声をかけてもらったのがきっかけだった。2015年にデビューした『ランボルギーニ・ウラカンGT3』のレース参戦は今年のFIA GTワールドカップが実質的に最後になるというのが、その理由だ。
2026年のセブリング12時間レースでは、ウラカンの後継モデルであるテメラリオのGT3モデルがデビューを果たす。それでも、一部のプライベートチームは今後もウラカンGT3でレースを戦い続けるだろうが、ランボルギーニが支援する『セミワークスチーム』の活動がテメラリオGT3へとシフトしていくのは明らか。

2015年にデビューした『ウラカンGT3』のレース参戦は実質的に最後となる。 ランボルギーニ
そこでウラカンGT3の『最後の勇姿』をマカオで見届けて欲しいというのが、ランボルギーニ側の意向だったのである。
歴史を振り返ると、GT3レースに参戦した最初のランボルギーニはウラカンの先代にあたるガヤルドだった。しかし、ガヤルドGT3がドイツのライター・エンジニアリングによって開発されたものだったのに対して、ウラカンGT3はランボルギーニのモータースポーツ部門であるスクアドラコルセによって開発されたという違いがある。
つまり、ランボルギーニの本社があるサンタアガタ・ボロネーゼで生まれた最初のGT3マシンが、ウラカンGT3なのだ。
アウディR8GT3とよく似ている
当時のことについて、ランボルギーニのチーフテクニカルオフィサーであるルーベン・モールに話を聞いた。
「ランボルギーニの歴史を考えれば、ガヤルドGT3の開発をライター・エンジニアリングに任せたのは適切な判断だったと思います。当時はまだ、私たちにはレーシングカーの開発で必要となる十分な知見はなかったので、外部のパートナーに協力を仰ぐのは自然な流れでした」

ランボルギーニのチーフテクニカルオフィサー、ルーベン・モール(右)。 ランボルギーニ
モールによれば、ウラカンGT3もまた、完全にランボルギーニだけで開発したレーシングカーではなかったという。
「私たちがウラカンGT3を自分たちで開発したのは事実ですが、それも部分的な関与に留まっています。というのも、ウラカンと技術的な共通点が多いR8のGT3モデルをアウディが開発していたため、このプロジェクトはアウディを中心に推進されたからです」
そういえば、マカオでウラカンGT3を操ったレーシングドライバーのエドアルド・モルタラにその印象を訊ねたところ、「R8GT3とよく似ている」との答えが返ってきた。
その時は「ベースモデルが兄弟車だから、それもやむを得ないことか」と受けとめたが、レーシングカーの開発も基本的に同じチームによって進められていたのだから、モルタラのコメントも当然というべきだろう。
なお、私が取材した2025年FIA GTワールドカップでランボルギーニ勢は、随所で速さを示しながらも不運につきまとわれ、8番グリッドから決勝レースに臨んだルカ・エンゲルスターはオープニングラップの多重アクシデントに巻き込まれてリタイア。
10番グリッドからスタートしたモルタラは順調にポジションを上げていたものの、12周目にメカニカルトラブルが発生してリタイアに追い込まれた。
こうした結果は残念なものだったが、彼らにはまだ希望の光がある。それが前述のテメラリオGT3である。
(中編に続きます。1月21日水曜日昼頃公開予定です)
