【ばけばけ】作中の寺や神社を恐る恐る訪ねる楽しさ いまも怪談や奇談が息づくスポット案内
「松風」の幽霊話が生まれた場所
NHK連続テレビ小説『ばけばけ』では、怪談や伝承が語り継がれている松江(島根県松江市)のスポットがたくさん登場する。のちにラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が怪奇文学作品集『怪談』を書くにあたって着想を得た、という場所も多く、それらの多くは、いま訪れても往時の雰囲気を味わえる。
『ばけばけ』の放送中に訪れればドラマが何倍も楽しめ、番組終了後に訪れても、振り返りになると同時に、別の発見もあるに違いないスポットを、以下にいくつか紹介したい。
第13週「サンポ、シマショウカ。」(2025年12月22日〜26日)では、ハーンの妻だった小泉セツをモデルにした松野トキ(郄石あかり)のもとを、別れた夫の山根銀二郎(寛一郎)が再訪。2人は連れ立って、かつて一緒に訪れた清光院(松江市外中原町194)に行った。松江城の西方にある曹洞宗の寺院で、第2週「ムコ、モラウ、ムズカシ。」(2025年10月6日〜10日)には、トキの実父である雨清水傳(堤真一)がここにトキを連れ出し、「ランデブー」する場面もあった。

この寺には芸者「松風」の幽霊話が伝わる。江戸時代の末、ある夜半、若侍に言い寄られた松風が、その侍から逃れて一夜を明かそうと、知人の住職がいる清光院へ逃げ込もうとしたが、寺の近くで侍に見つかり、逆恨みされて斬られてしまう。松風は境内まで逃げ切ったが階段の途中でこと切れた。翌朝、松風は葬られたが、位牌堂の階段に染み込んだ血は、いくら洗っても消えなかった。そしていまも位牌堂の前で謡曲「松風」を歌うと、松風の霊が出るという。
「大亀」から「飴を買う女」まで
第13週ではトキと銀二郎は、前述の場面に続いて、清光院のすぐ北方にある月照寺(松江市外中原町179)を訪れた。「大亀を見たかったけん」と口にした銀二郎とトキが連れ立って、「大亀」がいる場所に同行すると、ハーンをモデルにしたレフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)とイライザ・ベルズランド(シャーロット・ケイト・フォックス)が、錦織友一(吉沢亮)に案内されているのに鉢合わせた。浄土宗のこの寺は松江藩主松平家9代の菩提寺で、歴代藩主の墓は、いまもほぼ往時の姿をとどめている。そんな寺でトキはヘブンにせがまれ、「大亀」の怪談を語った。
その大亀は6代藩主の廟門の内側にある。安永7年(1778)につくられた巨大な石碑の台座が、大きな亀の石像なのである。この亀があるときから夜な夜な動いて境内の池の水を飲み、「母恋し、久多見(石材の産地)恋し」と声を出しては、城下に繰り出して人を食い殺すようになった。町の人たちに頼まれた住職が、亀に説法しても効果はなく、その背中に巨大な石碑を乗せた、というのだ(別ヴァージョンの怪談もある)。
第9週「スキップ、ト、ウグイス。」(2025年11月24日〜28日)には、島根県知事の江藤安宗(佐野史郎)や娘のリヨ(北香那)らに連れられてヘブンが訪れ、境内に鎮座する多くの石狐に魅了される場面もあった。
清光院の東南300メートル足らずの位置に大雄寺(松江市中原町234)がある。第12週「カイダン、ネガイマス。」(12月15日〜19日)では、毎晩金縛りに悩まされるヘブンが、この法華宗の寺でお祓いを受けた。堀尾吉晴が松江城を築いた際、安来市広瀬町から移転した寺で、かつては山門前に川が流れ、松江藩松平家初代の直政は城から舟で訪れたという。
ヘブンはお祓いを受けたあと、住職から怪談があると知らされて聞いてみたくなり、住職に促されて墓地に行き、「飴を買う女」の話を聞いた。
毎晩水飴を買いに来る女が痩せて顔色も悪いので、ある晩、飴屋は後をつけると、女は墓地に入っていった。次の晩は女が手招きするのでまた行くと、女の姿は墓石の前で消え、地面の下から子どもの泣き声が。墓を開くと女の遺骸の横に赤ん坊がいた。墓中で赤ん坊が生まれ、死んだ女は水飴で養っていたのだ。『ばけばけ』では、この話を聞いたことが、ヘブンが怪談にのめり込むきっかけになった。
狐に守られる神社、縁を取り持つ神社
第9週「スキップ、ト、ウグイス。」では、ヘブンはリヨの案内で島根県庁を見学すると、次に「ジョウザンイナリ」に行きたいといい出した。彼らのあとをつけていた江藤県知事と錦織も一緒に城山稲荷神社(松江市殿町477)に着いたヘブンは、境内に1,000以上も鎮座している大小の石狐にすっかり魅了された。実際、ハーンはここを気に入って、尋常中学校に通勤する途中に何度も立ち寄っていた。とりわけ随神門の前にある一対がお気に入りだったという。
この神社は松江城の中核である内堀の内側、亀田山中にある。松平直政が藩の守護神として祀ったのが起源で、それに関しては次のような伝承がある。直政の前に稲荷真左衛門と名乗る美少年が現れ、「私の住まいを城内にもうけてくれれば、城下を火難から守る」と告げて消えた。だからこそ、数多くの狐たちが一帯を守護しているというのだ。
ここまでは松江の市街から徒歩圏内だが、車を使うなど少し足を延ばせば、第1週「ブシムスメ、ウラメシ。」(2025年9月29日〜10月3日)以来、たびたび登場している八重垣神社(松江市佐草町227)がある。
ここは素戔嗚尊が八岐大蛇を退治して稲田姫を難から救い、2人が結ばれたと伝わる場所で、出雲の縁結びの大親神として、古くから夫婦円満にも良縁結びにもご利益があるとされている。とくに神社裏手の森にある「鏡の池」は、稲田姫が八岐大蛇から逃れて隠れた際、ここの水を飲料とし、自分の姿を映していたと伝わる。
セツの時代以前からある「縁占い」は、池に占い用紙を浮かべ、その上にそっと硬貨を乗せるというもの。早く沈めば縁が早く、遅く沈むと縁が遅く、近くで沈むと身近な人と縁があり、遠くで沈むと遠方の人と結ばれる、とされる。第1週でトキは仲間2人を八重垣神社に誘い、縁占いをした。すると2人の仲間の紙はすぐに沈んだが、トキの池の向こう岸まで流れても沈まない。じつはセツも、少女時代に友だちと八重垣神社を訪れて『ばけばけ』と同様の結果になり、「セツさんは、きっと遠くへお嫁さんにゆくのでしょう。もしかしたら、お相手は異人さんかもね」といわれたというのだ。
まだまだある怪談スポット
すでに『ばけばけ』に登場した怪談や伝承にまつわる寺や神社はこのくらいだが、同様のスポットは、松江にはまだまだある。
松江城を築いた堀尾吉晴が城の祈願所として開山した普門院(松江市北田町27)は、ハーンの怪談「小豆とぎ橋」ゆかりの場所だ。普門院前の橋で「カキツバタ」を謡ったら災厄が降りかかる、との言い伝えに抵抗し、大声で謡った侍は、帰宅すると見知らぬ女から漆塗りの文箱を渡される。そのなかには血まみれのわが子の首が入っていた――。
ハーン(八雲)が『知られぬ日本の面影』のなかで紹介している、男女の不思議な話の舞台となった妙興寺(松江市寺町170)もある。将来を約束した男女がいたが、戦に出た男は帰って来ないまま、失望した女は病死した。その後、男は帰ってきたが、すでに女はこの世におらず、絶望して女の墓の前で死のうとするが、死んだはずの女が現れて止めた。2人は遠方の地で結婚し、子どもにも恵まれたが、あるとき娘がいなくなった。布団をめくると、子どもに添い寝していたのは女の位牌だった――。
松江は県庁所在地でもあるかつての城下町では、例外的に第2次大戦の空襲をほとんど受けずに済んだ。このため、ハーンとセツにゆかりのスポットの多くが、いまも当時の雰囲気をとどめているのである。
香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。
デイリー新潮編集部
