日本食ブームに合わせて、海外でも日本酒人気が広がっている。しかし、蔵元が「一番おいしい」という生酒を輸出することは難しいとされていた。この問題を解決したのが、日本酒を急速に凍らせるという独自技術だった。酒ジャーナリストの葉石かおりさんが取材した――。

■時間とともにフレッシュさは失われていく

蔵元をはじめ、日本酒に携わる人には長年変わらぬ願いがある。それは「搾りたてのみずみずしい味を、そのまま飲んでほしい」ということだ。

しかし現実は厳しい。大きな壁となって立ちはだかるのが、輸送と温度管理だ。特に搾り立ての生酒を筆頭にフレッシュさが命の付加価値商品は、時間の経過とともに香りや味わいが変化しやすい。既存の冷蔵輸送では、どうしても限界があった。

結果として、本来もっと評価されるはずの日本酒が、国内外の市場に十分届き切れていないという課題が生じていた。

この課題に真正面から向き合い、突破口を開いたのが、株式会社TOMIN SAKE COMPANYが展開する急速冷凍技術「凍眠(とうみん)」である。

提供=TOMIN SAKE COMPANY
「凍眠」 - 提供=TOMIN SAKE COMPANY

■できたての日本酒を「凍眠」させればいい

「凍眠」は、一般的な冷気による冷凍ではなく、マイナス30℃に冷却したエチルアルコールを用いて一気に凍結させる特殊技術を使う。そのスピードは、一般的な冷凍庫で凍らせた場合の約20倍。開発元である株式会社テクニカンが国内外で特許を取得している。

「凍眠」と日本酒が出会ったことで生まれた「凍眠酒」は、今、日本酒の可能性をさらに大きく広げつつある。その中心にいるのが、TOMIN SAKE COMPANYで代表取締役を務める前川達郎さんだ。出会うべくして出会ったとも言える凍眠技術と日本酒。その秘話に迫る。

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1962年、東京生まれ。慶應義塾大学を卒業後、輸入車ディーラーのトップセールスを続けたのち2010年、テクニカン営業部長として入社。その後、常務取締役を経て、2024年1月にグループ会社「TOMIN SAKE COMPANY」の代表取締役に就任 - 編集部撮影

■老舗蔵元が感動した「冷凍カツオ」の味

前川さんが「凍眠」と日本酒の可能性を確信するに至った背景には、「南部美人」(岩手県二戸市)の蔵元・久慈浩介さんの強烈な体験がある。

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南部美人の五代目蔵元・久慈浩介さん - 編集部撮影

仕事で高知を訪れていた久慈さんは、会食の際に食べたカツオのおいしさに感動。カツオの名産地なだけに生だろうと思っていたところ、それが凍眠技術によって冷凍されたものだと聞かされ、にわかには信じられなかった。

さらに驚いたのは、生のカツオと比較したところ、おいしさやフレッシュさがほぼ変わらなかったこと。その時に紹介されたのが、「凍眠」という技術だった。

探求心の強い久慈さんは、「この技術は日本酒にも生かせるのではないか?」と思い、蔵の生酒を前川さんの元へと送った。前川さんは当時の様子をこう語る。

「私は元々、日本酒が好きだったこともあり、久慈さんからのお話は渡りに船。蔵にうかがって、『凍眠』で凍らせた生酒をはじめとする日本酒を解凍し、試飲してみるとこれがもう“おいしい”の一言。半年前に搾って『凍眠』させたものと、搾り立ての味がまったく変わらなかったんです。久慈さんが盛岡にある岩手県工業技術センターで官能検査をしてもらったところ、それを裏付ける結果が出ました」

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開発元のテクニカンが特許取得済み - 編集部撮影

■生酒特有の「劣化臭」を抑えられた

その結果は、「酒の味は基本的に変わらない。むしろ、冷凍のほうが穏やかに感じる」というもの。冷凍特有の劣化を指摘する評価は一つもなかったという。また、解凍方法による違い、長期保存による味の変化も差異がないことが判明した。

この結果を受け、前川さんはさらに検証を行った。それは生酒特有の「生老香(なまひねか)」と言われる劣化臭“イソバレルアルデヒド”の数値である。生乾きの布を連想させる青臭い刺激臭を放つ劣化成分で、香りにくすみや重さを与える原因の1つ。生酒を冷蔵保存した場合、時間の経過とともにこうした劣化成分が増えやすい。

前川さんは「凍眠」で凍らせた日本酒と、冷蔵した日本酒に含まれるイソバレルアルデヒドの数値検査を独立行政法人酒類総合研究所に依頼した。

半年間保存した酒を比較すると、冷蔵保存ではイソバレルアルデヒドやイソアミルアルコール、アセトアルデヒド、酢酸エチルといった劣化成分が有意に増加していたのに対し、「凍眠」による冷凍保存では数値上の変動はほとんど見られず、品質が安定していたのだ。

■解凍しても搾り立てのおいしさをキープ

この結果は「凍眠技術を使えば、蔵で搾ったままのクオリティが保てる」ことを表す。前川さんは、「日本酒の流通を変えられる」と確信した。

こうした経緯を経て、久慈さんは世界で初めて日本酒に凍眠技術を導入。南部美人の蔵で搾り立ての生酒を瞬間冷凍した「スーパーフローズン」が誕生した。この実証こそが、前川さんが凍眠酒を事業として展開していく、大きな原動力となった。

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「南部美人 スーパーフローズン 純米大吟醸生原酒」 - 編集部撮影

ここで前川さんを新たな分野の展開へと奮い立たせた凍眠技術とは、どういうものなのか、日本酒を凍らせるのに向いている理由も含め、前川さんに解説してもらった。

「この技術を開発したのは、僕が籍を置いていた株式会社テクニカンの創業者である山田義夫社長です。意外かもしれませんが、山田さんは研究者や技術者ではありません。もともとは食肉の卸業者としてファミリーレストラン向けの冷凍肉を扱っていました」

約40年前、外食産業の拡大とともに冷凍肉の需要が急増する一方で、現場では冷凍庫のスペース不足や品質劣化といった課題が深刻化していた。従来の冷凍方法では限界がある。その問題意識から生まれたのが、「凍眠」だった。

参考記事:1.6億円の借金→30年後に大ヒット…冷凍食品の常識を覆した「凍眠」、“売らない営業”で道を拓いた社長の執念

■一気に熱を奪う液体の性質に着目

この技術の着想の原点について、前川さんはこう振り返る。

「山田社長は趣味でスキューバダイビングをされていて、外気温が18度なら快適でも、水温が18度だと強烈に冷たく感じることに着目。そこから、『気体よりも液体のほうが、はるかに熱を奪う力が強い』という原理に行き着いたそうです」

その発想から生まれたのが、氷点下でも凍らないエチルアルコール(濃度60%未満)を用いた液体冷却による急速冷凍という方法だった。液体は気体に比べて熱伝導率が高く、対象物から一気に熱を奪うことができる。この仕組みにより、通常2時間ほどかかっていた冷凍工程が、わずか6分で完了する。

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マイナス30℃のエチルアルコールで満たされた「凍眠」に日本酒を瓶ごと入れる - 編集部撮影

凍結スピードの飛躍的な向上は、冷凍時間だけではない。品質にも大きな違いをもたらした。凍結に時間がかかると、内部に大きな氷結晶ができ、細胞が壊れてしまう。その結果、解凍時に水分や旨味を含んだドリップが流れ出る。

一方、「凍眠」は氷結晶が成長する前に凍結が終わるため、解凍してもドリップがほとんど出ない。この効果は、当初は想定外の「副産物」だったという。

■「素材の時間を止める」ことが可能に

「短時間で凍結できること以上に、解凍の際に品質が落ちない。その点が『凍眠』の最も優れた点だと思います」と前川さんは語る。

実際、筆者も「凍眠」で凍らせた肉、刺身、こんにゃくゼリー、牛乳などを試食させてもらった。肉はもちろん、鮮度が命の刺身にはかなり驚いた。フレッシュそのものだったからだ。

また冷凍するとシャリシャリになってしまうこんにゃくゼリーは、解凍しても食感が変わらず。半年前に凍らせた牛乳は、分離することなく、品質をそのまま保っていた。「凍眠」はまさに「素材の時間を止める」という言葉がぴったりである。

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「凍眠」で凍らせたこんにゃくゼリー(左)。普通に冷凍庫で凍らせたこんにゃくゼリー(右)は氷の結晶ができており、解凍するとシャリシャリとした食感に変わる - 編集部撮影

「これまで凍結酒というものはありました。しかし一般的な冷凍では、凍結までに時間がかかるため、解凍時に香りが飛んだり、口当たりが薄くなったりしやすいという問題点がありました。一方、『凍眠』は液体によって一気に熱を奪うため、氷結晶が成長する前に凍結が完了します。そのため分子構造が壊れにくく、解凍しても成分の分離が起きにくいんです。解凍後も搾り立てと変わらない香りや味わいが保たれる理由は、ここにあります」

■電気代は業務用冷凍庫と大きく変わらない

だが、技術がどれほど優れていても、コストが高過ぎたら使ってもらうことは難しい。

前川さんは、「凍眠」と他の冷凍技術との違いを比較しながらこう語った。

「『凍眠』は窒素ガスの凍結より早いスピードで熱を奪い、高コストの窒素ガスより圧倒的に低コストで、窒素ガス冷凍のおよそ8分の1です。電気代も業務用冷凍庫と大きく変わらず、『凍眠』で凍結した後に冷凍庫で保管する運用であれば、コスト増にはつながりません」

また、「凍眠」の装置自体も高耐久のステンレス素材を使用し、20年以上の使用を想定した設計だ。海外展開を見据え、消耗品は現地で交換できるシンプルな構造にしている点も特徴の一つである。この素晴らしい技術を酒蔵に広めるため、前川さんは最初にレンタルという方式をとった。

「凍眠生酒を広げるには、まず『凍眠』という技術を知ってもらわないと始まらない。でも最初から『装置を買ってください』と言っても、誰もイメージが湧かないですよね」

■冷蔵で輸出するよりコストを抑えられる

前川さんは賛同してくれる蔵に声をかけ、まずはレンタルという形で使ってもらった。一定本数までは無償で試し、その後も少額で体験できる仕組みによって、凍眠酒を扱う酒蔵は徐々に増えていった。

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「凍眠生酒」に賛同した全国各地の蔵元。左から李白酒造(島根県)、松井酒造(京都府)、富美菊酒造(富山県)、南部美人(岩手県)、土佐酒造(高知県)、出羽桜酒造(山形県)、清水清三郎商店(三重県) - 編集部撮影

途中、日本酒スタイリストの島田律子さんにコンサルタントとして参加してもらい、現在は島田さんセレクトによる約50の酒蔵が凍眠酒を帝国ホテル、イオングループなどで販売展開している。

そしてここ数年、前川さんが力を入れているのがシンガポールやオーストラリアをはじめとした海外展開である。試飲した方々の反応は「上々」と前川さん。

「海外における冷凍の物流は冷蔵よりも多いので、コストも抑えられます。酒蔵にとっては『凍眠』で凍らせた日本酒を、通常の冷凍庫で保管することで品質を維持することもできます。“搾り立てのおいしさを届けたい”という酒蔵の思いを形にできるのが『凍眠』という技術なんです」

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■日本酒を「100点満点」のまま海外へ

前川さんは、「凍眠」を「単なる冷凍技術」とは捉えていない。日本酒という文化を最良の状態で世界へ展開する「文化を運ぶインフラ」だと考えている。日本酒は、米、水、土地、そして蔵人の思想が一本の瓶に詰まった文化そのもの。それを最高の状態で海外に届けることは、日本文化を伝えることに等しい。

南部美人の久慈浩介さんも「凍眠」に期待を込める。

「現代の醸造方法では、搾った瞬間の生酒が100点満点と言えます。時間がたてばたつほど風味が変わっていき、減点されていってしまう。しかし、『凍眠』ならフレッシュなまま凍らせて、時間を止めて運べる。酒蔵から遠く離れた海外まで、生酒が出るホースをつなぐのと同じことができるんです」

前川さんは、海外展開も踏まえ、今後は海外向けのサポートチームを構築することも視野に入れているという。また、国内の酒蔵向けに冷凍保管も代行。これによって、冷凍設備が整っていない酒蔵でも凍眠酒の販売数を増やすことができる。

初年度の売り上げは約5000万円。前川さんは、短期的な数字の拡大よりも、酒蔵とともに持続可能な形で市場を育てていくことを重視している。

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冷凍庫の中で販売される日本酒。今はまだ珍しい光景だが…… - 編集部撮影

「凍眠」は、単に日本酒を「冷凍する」ための技術ではない。蔵で生まれた瞬間の味わいを、時間や距離の制約から解き放つための仕組みだ。技術はあくまで手段であり、目的は日本酒の価値とおいしさを正しく届けること。その姿勢があるからこそ、凍眠は酒蔵の共感を集め、国内外へと広がっている。

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葉石 かおり(はいし・かおり)
酒ジャーナリスト・エッセイスト
1966年、東京都生まれ。日本大学文理学部独文学科卒業。「酒と健康」「酒と料理のペアリング」を核に各メディアで活動中。「飲酒寿命を延ばし、一生健康に酒を飲む」メソッドを説く。2015年、一般社団法人ジャパン・サケ・アソシエーションを柴田屋ホールディングスとともに設立し、国内外で日本酒の伝道師・SAKE EXPERTの育成を行う。現在、京都橘大学(通信)にて心理学を学ぶ大学生でもある。著書に『酒好き医師が教える最高の飲み方』『名医が教える飲酒の科学』(ともに日経BP)、『日本酒のおいしさのヒミツがよくわかる本』(シンコーミュージック)、『死んでも女性ホルモン減らさない!』(KADOKAWA)など多数。
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(酒ジャーナリスト・エッセイスト 葉石 かおり)