東日本大震災で「都内マンション価格」はどう動いたか 「市場の異変」が表れたポイントとは
昨年12月19日、政府が最新の「首都直下地震の被害想定」を公表した。前回2013年の想定と比べると、「建物の建て替えや耐震化が進んだこと」を理由に死者数や経済被害は共に減少したが、それでも死者は「最大1.8万人」、経済被害は「最大83兆円」となっている。人的被害も社会への影響もさることながら、既に不動産を買った人にとって気になるのが、購入した物件の「資産価値への影響」だ。都内マンションの販売価格を定点観測し続けるマンションブロガー「マン点」氏は、過去のデータを分析したうえで「見逃せないポイントがある」と指摘する。同氏のレポートをお届けする。
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【写真を見る】東京都内5区で中古マンション成約単価の推移を比較 見えた「違い」とは
東日本大震災がマンション市場にもたらした変化とは
不動産価格は、いつも遅れて語られる。市場が本当に動揺しているとき、最初に変化するのは「価格」ではなく、「売れ方」だからである。
特に地震と不動産の関係については、「ハザードマップが赤い」「液状化リスクが高い」といった分かりやすい話で終わってしまうことがほとんどだが、実際の市場はそこまで単純ではない。
本稿では、2011年3月の東日本大震災を挟んだ前後の時期における、東京23区の中古マンション市場を対象に、「成約単価」と「成約件数」という2つの指標から、当時の市場行動を読み解く。
あらかじめ立ち位置を明確にしておきたい。本稿は、将来の地震発生や不動産市場の行方を予測する記事ではない。あくまで、東日本大震災という大規模災害に直面したとき、市場参加者がどのように行動したのかを振り返る試みである。この射程を踏み越えないことを、最初に確認しておく。
【分析の前提条件】
本稿では、市場の変化を客観的に捉えるため、以下の条件でデータを整理している。
・データソース:国土交通省「不動産情報ライブラリ」掲載の中古マンション成約データ。
・対象物件:専有面積40平方メートル以上〜100平方メートル未満、2LDK・3LDK。
・指数化:震災前年の「2010年」を100として指数化した。
・期間区分:震災前(2009年〜2010年)、震災直後(2011年〜2012年)回復期(2014年〜2015年)の3つの期間に分けた。
・分析対象の区:地理的条件や価格帯の異なる代表的な5区(中央区、世田谷区、江東区、足立区、江戸川区)を取り上げる。都心部・城南エリア・湾岸エリア・城東エリアという異なる特性を持つ区を選定することで、市場の多様性を捉えることを意図した。
震災直後も“耐えた”市場
分析に用いる指標は、次の2つである。
・成約単価指数:平均成約単価の推移(価格水準)
・成約件数指数:成約件数の推移(市場の流動性)
一般に注目されやすいのは「価格」だが、市場の異変は多くの場合、「流動性」に先に表れる。売り手が「ここで値下げはしたくない」と考える局面では、価格は横ばいでも、取引そのものが減少する。「値段はあるが、動かない」状態である。
このズレを確認するため、まずは価格と流動性を個別に見ていく。
図1は、5区における中古マンション成約単価指数の推移を示したものである。
2011年から2012年にかけて、中央区(指数79)や世田谷区(指数87)では一定の価格調整が見られた。一方で、江東区や足立区、江戸川区などは2010年比で100前後を維持している。壊滅的な価格暴落は起きていないため、成約単価指数だけを見れば、「震災の影響は一部の区に限定され、全体としては軽微だった」という印象を受けるだろう。
しかし、それは市場の片面でしかない。
「震災=即取引停止」とはならない
次に、図2で成約件数指数(流動性)を確認する。
ここで重要なのは、震災直後(2011年〜2012年)に、すべての区で一様な急減が起きたわけではないという点である。実際のデータを見ると、江東区や江戸川区では、2011年の成約件数はむしろ2010年を上回っており、「震災=即取引停止」という単純な図式は成り立たない。
一方で、世田谷区では2011年に件数が明確に落ち込み、他区と比べて慎重姿勢が目立つ。また、中央区では年ごとの振れ幅が大きく、震災直後は横ばいに近いが、その後の回復局面で急増するなど、流動性の変動が顕著である。
価格が変わらなくても、取引件数が激減している区が存在することがポイントとなる。
つまり、震災直後の市場は、「全体が一斉に冷え込んだ」のではなく、区ごとに、反応の仕方とタイミングが異なっていたと整理するのが妥当である。
では、価格と流動性はなぜ、ズレるのだろうか。
震災直後のように不確実性が高まる局面では、売り手は「値下げによって損を確定させる」ことを避けようとする。その結果、価格は維持されやすい。一方で、買い手は判断を先送りし、取引の成立そのものが慎重になる。
このため、市場の違和感はまず、「件数の変化」として先行的に表れる。価格が動き出す頃には、すでに市場参加者の行動は変わっているケースが多いのである。
本稿が注目するのは、まさにこの点である。価格だけを追っていると見落とされがちな、「市場の温度変化」を、流動性という指標を用いれば明らかにできると考えたのだ。
マトリクスで見る「街の分岐点」
それでは、必ずしも同時には動かない「価格(成約単価指数)」と「流動性(成約件数指数)」を重ねて見たとき、各区はどのような位置に立っていたのだろうか。
その関係を整理したのが、図3である。
横軸に成約単価指数、縦軸に成約件数指数を取り、2010年を基準線(100)とした4象限のマトリクスである。位置関係は以下のように表れる。
・右上:価格も流動性も回復した市場
・右下:価格は戻ったが動きは鈍い市場
・左上:動きはあるが価格が戻らない市場
・左下:価格・流動性ともに弱い市場
この4象限のマトリクスで注目すべきは、回復期である2014年〜2015年に、各区がどのエリア(象限)へ移動したかである。
中央区と江東区では「売れ始めたあと、遅れて価格が戻った」
中央区は、震災直後には価格・件数ともに基準値を下回り、左下象限に位置していた。しかし回復期には、成約単価指数が103、成約件数指数が121へと上昇し、明確に右上象限へ移動している。
江東区も同様である。震災前は件数がやや弱く、震災直後は流動性が先に回復したが、回復期には価格・件数ともに106、112となり、右上に定着した。
この2区に共通するのは、「売れ始め、遅れて価格が戻る」という市場における一般的な回復パターンが確認できる点だ。市場参加者の評価が、行動(取引)と価格の両面で一致したエリアといえる。
この2区は、回復期に右上象限へと明確に移動した。価格が戻っただけでなく、取引も活発化し、市場からの再評価が数字として可視化された区である。
江戸川区では「流動性が先に回復」
江戸川区は、回復期において成約件数指数が127と高く、流動性の回復が際立つ。成約単価指数も107まで戻しており、右上象限に入る。
ただし、その位置取りは中央区・江東区とはやや異なる。江戸川区の場合、まず件数が大きく伸び、それに引き上げられる形で価格が回復した構図が読み取れる。
市場の評価が一気に高まったというより、「動きやすさ」が先に戻った結果として、価格が追随した回復と整理するのが妥当だろう。
世田谷区は「慎重姿勢が継続」
世田谷区は、震災直後に価格・件数ともに低下し、回復期でも成約単価指数95、成約件数指数98と、いずれも100を下回った。左下象限から左下象限に留まった数少ない区である。
価格が大きく崩れなかった点だけを見れば「底堅い」とも言えるが、流動性が十分に戻らなかったことを踏まえると、市場は慎重姿勢を解かなかったと読む方が自然だ。
ブランドや立地の評価は維持された一方で、取引判断は先送りされた。そんな“静かな様子見”が続いた市場であった。
足立区は「特殊な動きを見せた」
足立区は、震災前の時点で価格が安定していた区であり、震災直後も価格の下落は限定的だった。回復期には成約単価指数107、成約件数指数105と、ともに100を超え、右上象限に位置する。
ただし、その回復は中央区・江東区とは性格が異なる。足立区の場合、価格と件数がほぼ同時に戻っており、「流動性先行型」でも「価格先行型」でもない。
価格と件数がほぼ同時に戻っている点は、他区と異なる特徴である。これは市場全体の評価が一様に高まったというより、価格帯や立地による物件の選別が進んだ結果、成約物件の質が変化した可能性を示唆している。
このように、同じ「回復期」であっても、各区の回復プロセスには明確な違いがあった。価格と流動性の関係から見えてくるのは、一律ではない、街ごとの固有の軌跡である。
価格より先に「流動性」を見る意味
不動産市場において価格は「結果」である。一方で流動性は、無数の判断の積み重ねの結果として表れる。そのため、市場の違和感はまず、「動きの鈍さ」として表れることが多いのだ。
マンション選びにおいても、「値段が下がったか」だけでなく、「売れているか」を見ることで、市場の温度をより正確に感じ取ることができる。
本稿で示したのは、2011年前後という特定の局面における市場の動きである。
次に市場が“揺れる”ときも、私たちは画面上の「価格」の数字に一喜一憂するだろう。しかし、その背後にある「取引の現場(流動性)」に目を向ける冷静さを持つことが、後悔しない選択への第一歩となるのである。
【著者プロフィール】
マン点(まんてん) マンションアナリスト。一級建築士。20年以上続けている不動産ブログ「マンション・チラシの定点観測」の管理人
X(旧Twitter):https://x.com/1manken
デイリー新潮編集部
